初級翻訳・論語物語 第25話

下村 湖人

それに、詩には、鳥獣草木をはじめとして、天地自然のあらゆる知識をしっかりと吸収できるという利点もある。
また『礼』とは、人間の最も調和のとれた美しい心の、具体的な姿のことだ。
その根本にあるのは、相手を敬い、そして自分を譲るという心構えである。
心から敬い、心から譲り合うところに、人間社会の大いなる調和が生まれるのじゃ。
これを目に見える形に表したものが礼なのだ。
だからこそ、国を治めるにしても、この礼譲の心をもって臨めば、さしたる困難もなく治まるものなのじゃ。」もしそれなしに国を治めようとすると、国が治まらないどころか、礼そのものが魂のない礼になって、自分自身の心の調和すら覚束なくなってしまうものじゃ。
詩といい、礼といい、いずれもただの言葉やうわべの形式ではない。
その点を忘れないようにして、しっかりと勉強することじゃな。」

 陳亢も伯魚も、夢中になって孔子の言葉に聞き入った。
二人の足は、気がつくと、孔子の足音を踏みそうにさえなるほど近づいていた。
そして、孔子の言葉が終わったあと、しばらくの間は、二人とも黙々と足を運んでいた。
「ところで――」と、孔子は不意に足を止め、二人を振り返った。
「私は少ししゃべりすぎたようじゃ。
お前たちも、ただ人の話を聴くだけでは本当の学問にはならぬ。
何か珍しい話はないか、ないか、と次から次へ探し求めるよりも、たった一事でもよいから、自分でしっかりと考えることじゃ。
考えるといっても、ただ頭の中で理屈ばかりをこねくり回すのではない。
大切なのは実践することじゃ。
どうしたらよいか、どうしたらよいか、と血みどろになって悩み苦しむ者でなくては、私もどう導いてやったらいいか、わからないのだからな。
そもそも、次々と珍しい教えを聞きたがる心というものは、その人の軽薄さを表しているだけで、別に大した効能はないものじゃ。
子路などは、その点では非常に感心なところがあって、一つの素晴らしい教えを聞いて、まだそれを自分の行動に移すことができていないうちは、次の新しい教えを聞くことさえ恐れるといった具合じゃ。
本当に道を求める者は、そのくらいの真面目さがあってこそいい、と私は思っている。」

 陳亢は、いい気持ちで酔いしれていたところを、不意に背負い投げを食わされたような衝撃を受けた。
そして、孔子が再び体を翻して歩き出すのを見送りながら、ぽかんとその場に立ち尽くしていた。
(孔子という人は、なんと恐ろしい人だ。)
 彼はその日、自分の宿へと帰りながら、何度もそう心の中でつぶやいた。
しかし、彼の胸の中には、もはや孔子を疑ったり、伯魚を囮に使ったりするようなセコい気持ちは、微塵も残っていなかった。
彼はしみじみと考えた。
(自分は伯魚に対して、変な下心であんな質問を投げかけたが、そのたった一つの質問のおかげで、三つの大切な事を知ることができた。
その第一は詩について、その第二は礼について、そしてその第三は、孔子が自分の実の子どもと、一般の門人たちとを、決してひいきせず、全く同じように接しているということだ。)
 翌日、彼はこの感動を隠しきれず、包み隠さず子貢にぶちまけた。
そして、
「おかげで孔夫子(こうふし)の素晴らしいお人柄も、少しは分かってきたような気がします」
と付け加えた。
すると子貢は言った。
「それは何よりだ。
しかし、本当の意味で孔夫子を完全に理解することは、そう容易いことではない。
例えば、詩や書、礼や楽などに関する孔夫子のお話なら、耳で聞くこともできるし、頭で理解することもできよう。
しかし、孔夫子のもっと根本的で奥深い部分、すなわち人間の『性(しょう)』や『天道(てんどう)』といった、人生観や世界観に関することについては、ご自身でもめったに口にされないし、たとえ口にされたとしても、私たちにはそう簡単には飲み込めるものではない。
なにしろ、孔夫子の深さは無限といってもいいくらいなのだからね。」

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**【章句の参考訳】**

1 先生(孔子)が言われた。「私は生まれながらにしてすべてを知っている者ではない。昔のすぐれた文化や歴史を心から好み、人一倍つとめて(努力して)それを追い求め、自分のものにした者なのだ」と。(述而篇)

2 先生が言われた。「自分の人間としての徳が十分に修まっていないこと、学問がしっかりと講じられていないこと、正しい道(義)について教えを聞いても、それを自分のものとして実行(移る)できないこと。これらが私の日頃の心配事なのだ」と。(述而篇)

3 先生が言われた。「心の中に黙ってしっかりと物事を記憶し、学ぶことに決して飽きず、人に教えるときもうみだすことなく倦(う)まない。そんな境地が、どうして私(のようなどこにでもある人間)にできようか、いや、謙遜せずとも、これくらいは実践したいものだ」と。(述而篇)

4 陳子禽(ちんしきん=陳亢)が子貢(しこう)に言って、「あなたはいつも先生を持ち上げてご恭順(きょうじゅん)にしているが、あの仲尼(ちゅうじ/孔子)がどうしてあなたよりそんなに賢いものか、いや、あなたとそう変わるまい」と言った。
子貢はそれに答えて言った。「君子は、たった一言の発言を聞いただけで、その人の知恵の深さを知ることもあれば、たった一言で『何も分かっていない人だ』と見抜かれることもある。だからこそ、自分の言葉というのは決して慎まないわけにはいかないのだ。
私たちが到底、夫子(孔子)の域に及ぶことのできない様子は、ちょうど人間が空へ向かって梯子をかけても、到底のぼりつめることができないようなものなのだ。
もし夫子がどこかの国や家を治める権力を得たとしたら、いわゆる『その国を安定させようと立てればたちどころに国が立ち、人々を良い方向へ導こうとすればたちどころに従い、人々を安心させれば遠くからも人々が集まり、民の心を一つに動かせば見事に和合する』という状態になるだろう。
そのご生涯は光り輝くように栄え、そのご逝去のときは国中が心から哀しんだ。
あの方の偉大さに、どうして私たち凡人が及ぶことができようか、いや、到底できない。」(子張篇)

5 子禽が子貢に尋ねて言われた。「夫子がよそ国に到着されると、必ずそこの政治のあり方を聞き出される。あれは、自ら進んでその地位や権力を求めていらっしゃるのだろうか、それとも、向こうの国から自然と与えられているのだろうか」
子貢は答えて言った。「夫子は、温和・善良・恭順・謙虚・控えめという素晴らしいお人柄によって、自然と周囲の信頼を得ていらっしゃるのだ。夫子が(政治に参与することを)求められるやり方は、一般の俗人が権力や地位を求めるやり方とは、まったく異なっているのだろう」と。(学而篇)

6 先生が言われた。「君子は、広くすべての人々と分け隔てなく調和するが、特定の仲間だけで固まって派閥を作ったりはしない。小人は、特定の仲間とばかりベタベタくっついて派閥を作るが、広く世界の人々と調和することはできない」と。(為政篇)

7 先生が言われた。「若い者たちよ、どうして君たちは『詩経』を学ばないのか。

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