初級翻訳・赤いガラスの宮殿 第2話

小川 未明

あんなに器量よしの子なんて、たとえ金のわらじを履いて探し歩いたって、ほかには二人といないっていう話だぞ」
そんな噂は、村の端から端まであっという間に広がっていきました。
それを聞いた平三は、
「いったい、どんなお嫁さんなんだろうなあ」
と言って、ぼんやりと考え込んでしまいました。
村から町へ出かけていってそのお嫁さんを見てきた人たちは、帰ってくると、その美しさを自慢げに語るのです。
平三も自分はどうにかしてそのお嫁さんを見てみたいと思いましたが、そんな伝手はどこにもありません。
いろいろと考えた末に、「自分もお酒を買いに行けば、ひょっとしたら見ることができるかもしれない」と思いついたのでした。

かわいそうな平三は、夜も眠らずにわらを編んで、雪ぐつをたくさん作りました。
そして次の日はそれを持って、村から村へと売り歩いたのです。
夕方になって家に帰ると、小さな徳利(とっくり)を下げて、町の酒屋へお酒を買いに出かけました。
彼は毎日毎日、夕方になると徳利を持って酒を買いに行きました。
しかし、三国一の花嫁さんはお屋敷の奥深くに入っているらしく、一度もその顔を見ることはできませんでした。
いつもは、頭のてっぺんがつるつるにはげあがった番頭さんが、上目遣いでジロリと平三の顔をにらみつけるように見て、一合マスでお酒を量って徳利に入れて渡すだけでした。
彼は毎日毎日がっかりして、寂しく家へ帰ってきたのです。
「あほうの平三は、いつからあんな大酒飲みになっちまったんだろ」
村の人たちは、彼がちらちらと雪の降る中を町の方へ、徳利を下げてトボトボ歩いていく、寂しそうな後ろ姿を見送っていました。

平三はもともとお酒がそんなに好きではなかったので、飲みきれずに残ったお酒を、大きな徳利に移しておきました。
そうしているうちにだんだんとお酒がたまっていき、大きな徳利がいっぱいになりそうになりました。
ある日、彼は「今日こそはあの美しいお嫁さんを見てみたいものだ」と思って酒を買いに行きましたが、やっぱり姿は見られず、それどころか番頭さんにも冷たくあしらわれてしまい、悲しい気持ちで家路につきました。
そして、徳利に残っていたお酒を茶碗に移すと、その悲しみを忘れようと一気に飲み干してしまったのです。
いつもの量よりもずっと多く飲んで酔っ払ってしまった彼は、そのままゴロリと横になり、眠ってしまいました。

この村にいてもなんだか面白くないので、平三はいよいよ、本当に旅に出ることにしました。
ボロボロの、壊れかけたような小さな汽車に乗って、だだっ広い野原の中を走っています。
まわりにはゴロゴロとした石ころがあり、短い草が風に揺れていて、向こうの方には寂しそうな丘がずっと続いていました。
その先は海のようになっているらしく、白い雲がちぎれながら飛んでいます。
「ピョーッ」と高い汽笛が響いて汽車が止まると、彼はそこを降りなければなりませんでした。
「ここは、いったいどこなんだろう……」
彼が足の向くままにフラフラと歩いていると、
「どこへ行くんだい?」
と、子供が突然声をかけてきたのでした。ふと振り返ってみると、そこにいたのは、あの亡くなった男の子でした。
「おお、坊や。お前はこんなところにきているのか。母さんが泣いていたぞ。それに、お前は死んだのではなかったのか?」
「まだ、たくさん向こうにいるよ。連れて行ってあげよう」
子どもは先に立って、平三を丘の上へ案内しました。
いつの間にか子どもの姿は見えなくなり、彼は赤いガラスで作られた宮殿の前に立っていました。
頭のとがった、三角形の赤いガラスの建物は傾斜した丘の上に建っていて、少し傾いていました。
そして、この建物には不思議なことに入り口がありませんでした。
赤いガラスを通して中をのぞいてみると、いくつか影が動いていました。
じっと見ると、おじいさんが腰かけていました。また、いつか旅に出かけた若い夫婦がいました。女房はにこにこしながら、何かをお盆にのせてあちらへ運んでいました。こちらには、足の悪い娘がさびしそうに立っていました。
それだけではありません。犬も、子馬も、みんないっしょに仲良く暮らしていました。
おじいさんは何か話しているらしく口だけは動いていましたが、ガラスのなかで話しているので、声はすこしも聞こえませんでした。
平三は、なんだかそのおじいさんも娘も、みんなどこかで一度見たことがあるような気がして、考え込んでいました。
ですが、それらがすべて、かつて自分が持っていたおもちゃだったことに、彼は気がついていなかったのです。
「もしもし、おれも仲間に入れてくんなされ! もしもし!」
と、平三は大声で叫びましたが、激しい嵐がその声を吹き消してしまいました。
青々と澄みわたった空の下で、すさまじい嵐が吹き荒れていました。
たちまちドッと押し寄せて、この赤いガラスの宮殿にぶつかったかと思うと、まるで氷をくだいたような激しい音をたてて、見事な建物はこなごなに砕け散り、空中に飛び散ってしまいました。
夢からさめた平三は、ぼんやりと外を眺めました。
めずらしく空はよく晴れていて、夕焼けが赤々と雪の平野を染めていました。
そして、何かいいことのある知らせのように、からすが鳴いていました。
「こんどこそ、心を入れ替えて働くんだ」
彼は生まれ変わったように、しっかりと悟りました。
たまたま遠い浜の方へ帰っていく、荷物を積んでいない空っぽのそりがありました。
浜へ行けば冬でも仕事があると聞いていた彼は、大きな徳利に残っていたお酒をその男にあげて、浜の方までそりに乗せてもらうことにしました。
彼は、永久にその村から去っていったのです。
からすだけが、彼との別れを惜しむように鳴いていました。

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