「おや、こんなところに、舟が待たせてあったのか。
こりゃ、しまったぞ。
」
ポケット小僧はギョッとして、立ちどまりました。
舟に乗られてしまったら、もうあとをつけることができないからです。
しかし、暗い水面を見まわしても、舟はいないのです。
舟もいないのに鉄人Qは石段をどんどん、おりていくではありませんか。
「それじゃあ、あいつ、川を泳いで、逃げるつもりかな。
」
ポケット小僧は、またギョッとしましたが、よく考えてみると、全身、重い鉄でできたQが、水に浮くわけはありません。
川へはいれば、ブクブクと、沈んでしまうにきまっています。
ところが、Qはへいきで石段をおりています。
もう水面すれすれのところまでおりましたが、それでもまだ、とまらないのです。
Qの足が、暗い水の中へ、ザブッとはいりました。
かれが一足歩くたびに水は足からひざ、ひざからもも、ももから腰、腹、胸と、のぼってきて、いまは水面から首が出ているばかりになりました。
それでもまだ、とまりません。
やがて、首も水の下にかくれてしまい、あとには、ブクブクとあぶくが浮きあがってくるばかりです。
ああ、いったいこれは、どうしたことでしょう?
ポケット小僧の冒険
ポケット小僧は、川の岸に身をかくして、じっとそれを見ていましたが、あいにく、川の底へ、もぐられてしまっては、どうすることもできません。
しばらく待っていても、鉄人Qの姿が、水面に現われてくるようすはありません。
いったい、どこへ行ってしまったのでしょう。
ポケット小僧は、腕組をして、しばらく考えていましたが、ふと気がついたのは、鉄人は、川の底から、この岸にならんでいる、どこかの家へはいっていったのではないかということでした。
その家の地下室が、川の中に通じていて、そこからもぐりこんで、階段をあがれば、一階の部屋へ、出られるのではないかと、いうことでした。
ポケット小僧は、川っぷちに立っている家を、一軒ずつ、のぞきながら、歩いていました。
すると、さっきQが、川へおりていった石段から、三軒目に、みょうな家がありました。
門のついた、三階だての、古い西洋館で、見るからに、あやしげな建物です。
門の鉄の戸を押してみると、スーッとあきましたので、ポケット小僧は、そっと中へしのびこみました。
川っぷちのことですから、庭というほどのものはありません。
門をはいると、すぐに西洋館の入口になっています。
ドアを押してみましたが、かぎがかかっていて開きません。
そこで、西洋館の横手の方にまわってみました。
一階の窓が、ひとつだけ、明るくなっています。
だれかその部屋に、いるのでしょう。
ポケット小僧は、その明るい窓に近づいて、そっと、中をのぞいてみました。
窓の中に、カーテンがさがっていますが、すきまがあるので、部屋のようすが、よく見えるのです。
へんなおじいさんが、長いすに腰かけて、たばこをすっています。
大きなめがねをかけ、白い口ひげと、あごひげをはやし、灰色の背広をきているのです。
「この人は、もしかしたら、鉄人Qを作ったおじいさんじゃないかしら?」
ポケット小僧は、ふっと、そんなことを考えました。
あのおじいさんは、鉄人Qが、悪いことをしだしてから、どこかへ姿を、かくしてしまいましたが見るからにあれから、ここのうちに、かくれていたのでは、ないでしょうか。
もし、これが、あのおじいさんならば、鉄人Qは、川の底から、この西洋館へ、帰ってくるのにちがいありません。
そこまで、考えると、ポケット小僧は、胸が、ドキドキしてきました。
窓わくに、しがみつくようにして、しんぼうづよく、のぞいていますと、やがて、その部屋の向こうがわのドアが、スーッと細目にひらき、外から、だれかの顔がのぞきました。
あっ、鉄人Qです。
あの、のっぺりした白い顔、赤いくちびる、大きな目。
ドアが、いっぱいに開いて、そいつが部屋の中へはいってきました。
ロボットのような歩き方、鉄人Qが、川の底から、いま、あがってきたのです。
洋服はべっとり、水にぬれています。おじいさんのそばに近づいて、なにやら話をしています。
窓はガラス戸が閉まっているので声は聞こえませんが、きっと宝石を盗んで、川の底からやってきたと伝えているのでしょう。
鉄人Qがポケットからキラキラと光る宝石をいくつも取り出して、テーブルの上に置きました。
おじいさんはニコニコと笑いながらそれを見ています。
この様子だと、おじいさんも仲間の一味です。
鉄人Qに色々なものを盗ませて、喜んでいるのです。
ポケット小僧は、このことを少年探偵団長の小林少年に知らせようと思いました。
それで、窓枠から手を離して外へ出ようと、くるっと後ろを振りむきますと、あっ! すぐそこの闇の中に、大きな人間の姿がヌーッと立ちはだかっていました。
ポケット小僧は「あっ!」と言って逃げ出そうとしましたが、その時、男の両手がグッと伸びてたちまちつかまえられ、小脇にかかえられてしまいました。
男の大きな手が口を押さえているので、大声を出すことができません。
ただ手足をバタバタと動かすばかりです。
ポケット小僧は部屋の中に気を取られていて、後ろからそんな男が近づいてきていることに、少しも気づいていなかったのです。
この男は、鉄人Qや怪しいおじいさんの仲間に違いありません。
男はポケット小僧を小脇にかかえたままドアを開けて家の中に入り、薄暗い廊下を通って、そこにある階段をコトンコトンとのぼっていきます。
そして、二階から三階へと登りましたが、まだ止まりません。
急な、細いはしごを伝って四階へと登るのです。
その家は三階建ての西洋館ですから四階などないはずですが、あとで考えると、そこは屋根裏部屋だったのです。
男はポケット小僧をその狭い屋根裏部屋におろすと、どこからか縄を出して小僧の手足を縛り、口にはハンカチのようなものでさるぐつわをはめてしまいました。
「ウフフフ……、おまえは少年探偵団のチンピラだな。
鉄人Qは、おまえが後をつけてきたことをちゃんと知っていたんだ。
それで、この家に気づいて入ってくるだろうから、つかまえてくれと頼まれたのさ。
おれはあのじいさんの仲間の者だ。
じゃあ、今夜はここで寝るがいい。
明日の朝になったら、メシは食わせてやるからな。」
男はそう言い残したままドアを閉め、外から鍵をかけてどこかへ立ち去ってしまいました。
ポケット小僧は「アリの町」でくず拾いをしているチンピラ隊のひとりですから、板の間に寝ることなんてへっちゃらです。
「つかまってしまったら、ジタバタしたってしかたない。
今晩はゆっくり眠って、夜が明けてから、よく考えるんだ。」
そう思って目をつむると、やがてぐっすりと眠りこんでしまいました。
体は小さいけれど、大胆不敵な少年です。
どのくらい眠ったかわかりませんが、誰かに体を触られたような気がして、ふと目を覚ましました。
あたりはまっくらです。
まだ夜中なのでしょう。
小さな窓があって、外の明かりがうっすらと差し込んでいます。
じっと目を開けていると、あたりが深い水の底のようにぼんやりと見えてきます。
カタカタカタ……とかすかな物音がします。
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