犯人は電話機を持って逃げましたが、電線はそのままにしておいた。後になって秘密がバレても、犯人には何の痛手もないですからね。つまり、犯人の一人がこの小屋に隠れて、あなたが警視庁へ電話をかけるのを待ち構えていたのです。ダイヤルをどこへ回そうが、すべてここへつながる仕組みになっていたわけです。そして一人で、警視庁の交換手の女の子の声色を使ったり、中村君の声色を使ったりしたのですよ。目的を果たすと電話機を取り外し、それを担いでスタコラと逃げ出したというわけです。敵ながらあっぱれですね。実に簡単で、見事なやり方を考えたものです」
「ふーん……」高橋さんは、思わずうめき声を出しました。
「そいつの合図で、あの四人の奴らがやってきたんだな。しかし明智さん、まだ一つ、肝心なことがどうしても分かりません……」
「賢二君を一体どうやって連れ出したか、ということでしょう?」
「そうです」
「それなら簡単なことですよ。私はあなたのお話を聞いた瞬間に、その秘密が分かりました。賢二君が連れ去られるところを、高橋さん、あなたはまさにその目で見ていたのですよ」
高橋さんと中村警部は、名探偵の言葉にびっくりして顔を見合わせました。そう言われても、まだ何のことか分からなかったからです。
(おばけ屋敷)
高橋さんは、不思議でたまらないという表情をしています。明智はニコニコしながら言いました。
「これも、あいつらの手品ですよ。賢二君はあなたの目の前で連れ出されたのです。それが、あなたには見えなかっただけなのです」「えっ、私の目の前を? それは一体、どういう意味ですか」
「手品ですよ。実に見事なやり方を考えたものです。偽の警官たちが、カブトムシの抜け殻を二人で抱えて出ていったと言いましたね。さっきのお話では、ビニールでできたそのカブトムシの体は、コウモリ傘のように小さく折りたためるというじゃありませんか。そうすれば、何も二人で抱えなくても、一人で持てるはずです。それを折りたたみもせず、元の形のまま二人で抱えていったというのは、変ではありませんか」
高橋さんは、それを聞くと妙な顔をして、しばらく目をパチパチさせていましたが、はっと気がついて顔色を変えました。
「あっ、それじゃ、あの中へ賢二を……」
「そうです。そのほかに考えようがないのです。賢二君を縛って、さるぐつわをして、カブトムシの抜け殻の中に閉じ込めたのです。だから、折りたたむことができなかったのですよ。二人で運ばなくてはならなかったのです」
「ああ、そうだったのか。そこへ気がつかないとは、私はなんというバカだったのでしょう。カブトムシが小さく折りたためることは、書生に聞いて知っていました。しかし、相手を警官だと信じていたので、そこまで疑わなかったのです。まんまと手品にひっかかりました。実に、取り返しのつかない失敗でした」
高橋さんはそう言って、さも悔しそうにうつむくのでした。中村警部は気の毒そうな顔で、
「高橋さん、そんなにがっかりなさることはありません。我々は賢二君を取り戻すために全力を尽くします。明智さんも、きっと骨を折ってくださるでしょう」
と慰め、それから三十分ほど、賢二少年の行方を探し出す手立てについていろいろ話し合っていましたが、そのとき、書生の広田が顔色を変えて飛び込んできました。
「大変です! 電話が……カブトムシから電話がかかってきました……。こちらへつなぎましょうか?」
高橋さんはそれを聞くと、思わず立ち上がりましたが、また腰かけて、
「うん、こちらへつないでくれ」
と、卓上電話の受話器を取り上げました。
「もしもし、君は誰だね……。うん、私は賢二の父、高橋太一郎だ」
「俺はカブトムシだよ。わかるかね。ウフフフフ……。おい高橋さん、さっそくだが取引の相談だ。賢二君とこのまま一生別れてしまうか、一千万円か、どちらかだ。君の身分で、一千万円はたいした金額じゃない。かわいい賢二君を買い戻したらどうだね」
「わしは今、手元にそんな大金はない」
「明日一日あればできるだろう。君が銀行にどれほど預金があるか、株券をどれほど持っているか、俺はちゃんと調べているのだ。明日の夕方までに一千万円を作るのはわけはない」
「賢二は今、どこにいるのだ」
「東京にいる。俺は手荒いことはしないから、心配しないでもよろしい。しかし、身代金を持ってこなければ、君はかわいい賢二君と一生会うことができなくなるのだ」
「身代金をどこへ持っていけばいいのだ」
「今、詳しく教える。紙と鉛筆を用意したまえ。……いいかね、明日の晩、九時だ。九時きっかりに来るのだ。場所は、新宿駅から八王子街道を西へ一キロ半ほど行くと、右に常楽寺という大きな寺がある。その寺の後ろの墓地の裏に、戦災でやられたままになっている大きな屋敷の跡がある。コンクリートの塀が壊れて、中は草ぼうぼうの化け物屋敷だ。建物は焼けてしまったが、洋館のレンガの壁だけが少し残っている。その壁の中へ入ってよく探すと、地下室への階段が見つかる。それを降りて、地下室へ入るのだ。俺はそこで待っている」
「賢二をそこで引き渡すのか」
「そうだ。一千万円の札束と引き換えだ。現金でなくちゃいけない。ちょっとかさばるし重いけれども、風呂敷包みを二つにして、両手で下げれば持てないことはない。……常楽寺の前まで自動車で来てもかまわない。だが、そこで降りて自動車を返したあと、君一人になるのだ。そして、風呂敷包みを下げて墓場の裏手まで来ればいい。俺は間違いなく地下室で待っている。暗いから懐中電灯を持ってきたほうがよろしい」
高橋さんはそこまで聞くと、少し電話の送話口を押さえて、明智と中村警部に相談しました。
「ともかく、承知したと答えておいてください」
中村警部がささやき声で指図しました。
「よろしい。承知した」「明日の夜九時までに、一千万円の現金を持って、その地下室へ行くことにする。君のほうも、賢二を必ず連れてくるのだぞ」
「大丈夫だ。いま君は、誰かと相談したね。中村警部がそこにいるんじゃないかね。よろしく伝えてくれたまえ……警察は、我々の待ち合わせ場所を知ったわけだね。だから、大勢で俺を待ち伏せして、捕まえようとするだろう。しかし、それはやめるように伝えてくれ。俺のほうには、あらゆる準備ができているのだ。捕まるようなヘマは決してしない。それよりも、そんなことをすれば、君は永久に賢二君に会えなくなる。わかったね。中村君にも、よく言っておくんだ。じゃあ、間違いなく九時だよ」
そこで、ガチャンと電話が切れました。
「しかたがありません。私の負けです。身代金を用意して、賢二と引き換えることにしましょう」
高橋さんが残念そうに言いました。
「警察としては、身代金などをお出しになることはおすすめできません。しかし、このチャンスを逃すと、賢二君を取り戻すことが難しくなります。こちらは、このチャンスをうまく利用するのです。わたしの部下の、腕利きの刑事を十人ばかり、そのお化け屋敷の地下室の周りに張り込ませます。もちろん、みんな変装をして、相手に悟られぬようにします。
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