初級翻訳・鉄塔の怪人 第15話

江戸川 乱歩

いくら魔法使いのような犯人でも、ダイヤルで自動的につながる電話を外からどうこうできるはずがありません。まったく不可能なことです。これが第一のふしぎです。

第二のふしぎは、いつのまに、どうやって賢二君をさらっていったか、ということです。
あれが偽物の警官たちにしても、四人の男たちは、高橋さんの目の前を堂々と出ていったではありませんか。賢二君を連れ去ることなど、できるわけがありません。

では、その四人のほかに、別のやつが裏庭からでも忍び込んで、賢二君をさらっていったのでしょうか。それも考えられないことです。
さっきの警官たちが賢二君の部屋へ行ってから、高橋さんが同じ部屋へ行くまでに、十分ほどしか経っていません。
裏庭から忍び込み、女中を殴り倒し、奥さんを縛って猿ぐつわをはめ、それから賢二君にも猿ぐつわをはめて、窓から担ぎ出し、裏の塀を乗り越えて逃げるというようなことが、たった十分でできるでしょうか。
それに、塀の外は道路ですから、夜でも人通りがあります。人の通るすきを見て塀を乗り越えなければなりませんから、それにも時間がかかるはずです。とても、普通の人間にできることではありません。

いくら考えてもわかりません。やっぱりカブトムシの怪人は魔術師なのです。魔術でなくては、こんな早業ができるわけがないのです。

高橋さんは、書生に医者を呼ばせて気を失っていた女中に手当をしてもらい、賢二君のお母さんも縄を解いて、ひと部屋で休ませました。
そのときの様子を尋ねてみましたが、いきなり後ろから目隠しをされて縛られたので、なにもわからなかったという答えでした。女中も話ができるようになったので聞いてみますと、これも、あっという間に殴られたので、相手の服装などもまるで覚えていないというのです。

そんなことをしているうちに時間が経ち、やがて玄関にベルの音がして、中村警部の声が聞こえました。
書生に応接間へ通すように言い付けておいて、高橋さんが入っていきますと、応接間には中村警部のほかに、ふたりの背広の男がいました。そのひとりのほうが、なんだか見たような顔なのです。
高橋さんは思い出そうとしましたが、どうも思い出せません。

それを見て取って、中村警部が紹介しました。
「ご存じないでしょうが、こちらは私立探偵の明智小五郎さんです。明智さんは、やはりわれわれにも関係のある事件で大阪の方へ旅行しておられたのですが、それがうまく片付いたので、きょう東京に帰られて、警視庁へお寄りになったのです。さっきのお電話の話をしますと、『非常に面白い事件だから、自分も一緒に行ってみたい』と言われるので、お連れしたわけです。こちらはわたしの部下の刑事です」

「ああ、あなたが明智先生でしたか。なんだか見たようなお顔だと思いました。新聞の写真でお目にかかっていたのですね。カブトムシの怪人のことはご存じでしょう。あなたのお留守中に、あいつはあなたに化けてここへやってきたのです。そして、わたしと賢二を自動車に乗せて連れ出したのですが、あなたのお弟子さんの小林君の働きで無事に済みました。わたしは、あなたのお帰りをどんなに待っていたかわかりませんよ」

高橋さんがうれしそうに言うと、明智もにこにことして答えました。
「そのことは、小林が大阪へ電話をかけてくれましたので、詳しく知っています。とんだやつに見込まれて、あなたもご心配でしょう。実はもっと早く帰るつもりだったのですが、あちらの仕事が手間取って、一週間も伸びてしまいました。しかし、もう大丈夫です。わたしは当分、このカブトムシ事件に全力を尽くすつもりです。賢二君は、きっと取り返してお目にかけます」

「ありがとう。それで、わたしもどんなに心強いかわかりません」

高橋さんは、名探偵の自信に満ちた言葉にすっかりうれしくなって、頼もしげにその顔を見上げるのでした。

「それに、けさ小林が丸ビルでひどい目に遭っています。小林ははずかしくて、わたしに合わせる顔がないと言ってしおれています。その仇討ちも、しなければなりません」濃い眉、鋭い眼光、鼻筋の通った鼻、親しみやすそうでいて、同時に引き締まった口元。そして、あの有名なもじゃもじゃの髪の毛。名探偵は、そのトレードマークであるもじゃもじゃ頭を指でかき回しながら、真剣な口調で語り始めました。
 高橋さんは、明智探偵と中村警部に向かって、今夜起きた出来事を詳しく説明しました。
「それにしても、警視庁の電話番号をダイヤルして、間違いなく捜査課につながったはずなのに、出たのが中村君のニセモノだったというのは、本当に不思議でなりません。また、あの連中が一体どうやって賢二を連れ出したのか、その点もさっぱり分からないのです。この件について、お二人の意見を聞かせていただけませんか」
 高橋さんは、二人の顔を交互に見比べました。
 すると中村警部が、首をかしげながら言いました。
「私も電話の件については、不思議でたまりません。もしや捜査課の中に犯人の仲間が紛れ込んでいて、私の声をマネしたのではないかと思い、厳重に調べさせましたが、交換手は『高橋さんから警視庁への電話を受けた覚えはない』と言い張るのです。つまり、あなたは警視庁のダイヤルを回されたはずですが、つながった相手は警視庁ではなかった、ということですね」
「しかし、もし電話線がどこか別の場所へつながっていたのなら、『こちらは警視庁です』などと答えるはずがないではありませんか。中村君の声をマネした奴が悪人であることは間違いありませんが、私が回したダイヤルで、うまい具合に悪人の電話へつながるなんて、そんな芸当ができるはずがないのです」
「それは、おっしゃる通りですね。実に不可解だ」
 警部も腕を組んで、深く考え込んでしまいました。
 二人の話を黙って聞いていた明智探偵は、そのとき「ちょっと失礼」と言ってどこかへ出ていきましたが、しばらくすると、ニコニコしながら戻ってきました。
「分かりました。電話の秘密が解けましたよ。ちょっと庭に出てみてください」
 明智はそう言うと、先頭に立って廊下へ出て、庭の方へと降りていきました。高橋さんと中村警部、そしてその部下の刑事も、理由は分からないながらも、とにかく明智の後を追いました。
「高橋さん、あの庭の隅に小さな小屋がありますね。あれは物置ですか?」
「ええ、そうです。ガラクタを放り込んであるだけの小屋ですよ」
「あの中に、私設の電話局が作られていたのです」
 明智が、突拍子もないことを言いました。
「えっ、私設電話局ですって?」
「ここに懐中電灯があります。これで物置の中を照らしてごらんなさい」
 高橋さんは言われるままに懐中電灯を受け取ると、物置小屋の戸を開けて中を覗き込みました。
「ほら、天井から二本の電線が垂れ下がっているでしょう。あの先に電話機が取り付けられていたのです。それから外へ出て、屋根をご覧なさい。向こうの母屋の屋根から、この小屋の屋根へ向かって、やはり二本の電線が引っ張ってある。分かりましたか? この二本の電線は、本来あそこに立っている電柱につながっていたのです。それを切り離してこの小屋へ引き込み、電話機を据え付けて、即席の電話局を作ったのですよ。

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