初級翻訳・魔女の家で見た夢 第3話

The Creative CAT

あらゆる物体は――生き物であろうと無機物であろうと――全くもって言葉では言い表せないほど理解不能でした。

時折、ギルマンは無機物をプリズムや迷路、立方体と平面の塊、あるいは巨人が作ったような建物に例え、生き物からは、泡やタコ、ムカデ、ヒンドゥー教の生きた偶像、あるいは蛇のように絡み合う模様の集まりといった印象を受けました。

目にするもの全てが言いようもなく威圧的で恐ろしく、それが生き物だと気づくたびに、彼は純粋な恐怖に震え上がり、大抵はショックを受けて目を覚ましてしまうのでした。

その生き物たちがどのように動くのかは、自分自身が動く場合と同じくらい理解できませんでした。

すぐに彼は、さらなる謎を目撃しました。ある種の実体が、何もないところから突然現れ、また同じくらい突然に消えてしまうことがよくあるのです。

深淵全体に響き渡る、金切り声を上げて吠えるような混乱した音は、音程や音色、リズムといった分析を拒絶するものでした。むしろ、生き物や無機物を問わず、数え切れないほどの物体に起こるあらゆる視覚的な変化と、不思議なタイミングで同期しているように感じられました。

その暗く、絶え間なく続く避けられない揺らぎが、いつか耐えられないほどの強さになってしまうのではないか――ギルマンは常にそんな恐怖を抱いていました。

しかし、ブラウン・ジェンキンを目にするのは、こうした徹底的に異界的な流れの中ではありませんでした。その衝撃的で小柄な恐怖は、より浅く明晰な夢の中で彼を待ち構え、夢の最深部へと落ちる寸前のところで襲いかかってきたのです。
幾世紀もの時を経た部屋に淡い光がちらちらと揺らめき始め、菫色の霧となって、彼の頭脳をかくも狡猾に奪い去る「角度を持つ平面同士の交わる線」を照らし出すと、彼は暗い闇の中で身を横たえながら、なんとか目を覚ましていようと必死に戦ったものでした。
その恐怖の出所は隅のネズミ穴で、たるんだ広板張りの床をパタパタと駆け寄りながら、髭を生やした小さな人間の顔には邪悪な期待が宿っていました。しかし、ありがたいことに、この夢はその物体が彼に鼻を突っ込めるほど近づく前に、いつも覚めるのでした。
それには地獄のように長く尖ったネズミの歯があり、ギルマンは毎日ネズミ穴を塞ごうと努めましたが、夜になると決まってその板材に棲みついている本来の住人たちが、どんな障壁であろうと食い破ってしまうのです。
一度大家に頼んで、ブリキ板を釘で打ち付け、穴を覆ってもらったことがあります。
ところが次の夜には、ドブネズミどもが新しい穴を齧って開け、その際に奇妙な小さな骨の破片を部屋の中に押し出すか、あるいは持ち込んでいたのです。
ギルマンは、自分の熱のことを医者に言おうとはしませんでした。
試験に合格するためには一瞬たりともおろそかにできない今、大学の病院にでも押し込まれたらおしまいだと思ったからです。
実のところ彼は学期末にあって、解析学Dと上級一般心理学を落としており、まだ今なら失地を回復できるという一縷の望みにかけて、背水の陣を布いていたのでした。
寝入り端に見る夢の中に新たな要素が入ってきたのは三月のことで、ブラウン・ジェンキンの悪夢のような姿が星雲のような霞を伴うようになり、この霞が次第に腰の曲がった老婆に似てきたのです。
加わってきたこの要素は思いがけず彼を不安にさせましたが、最後には、廃埠頭近くの入り組んだ暗い路地で二度、実際に出くわした婆さんに似ているのだと断定しました。
それらの折には、老婆が理由もなく向けてくる邪悪で冷酷な凝視に、彼はほとんど身震いする思いでした。特に、初めてでっぷりと太ったドブネズミが隣の裏通りの暗い入り口を駆け抜けていくのを見た時は、馬鹿げた話ですが、ブラウン・ジェンキンのことを考えずにはいられなかったほどです。
今では自分の歪んだ夢は、こうした神経質な恐れが反映して現れてくるのだと考えていました。
古屋敷の持つ影響が不健全なものだという点は彼も否定し難く、それでも初めの頃の病的な興味の残滓が、なおも彼をそこに引き留めていたのです。
毎夜の幻想は専ら発熱に起因するものであり、熱っぽい感じさえなくなれば、悍ましい幻影も消えるのだと彼は自分に言い聞かせていました。
しかしながら、それらの幻影は生き生きとした説得力を獲得していき、目覚めるたびになんとなく、思い出せる以上にずっと大きな何かをしてしまっているのだという感覚が残っていました。
彼には恐ろしい確信がありました。
忘れてしまった夢の中でブラウン・ジェンキンと老婆の両方と話したことがあり、両者はさらに高い能力を持つ第三の存在と会わせるため、彼をどこかへ連れて行こうと駆り立てているのだ、という確信です。
三月も終わる頃になると、他の勉強がますます煩わしくなる一方で、数学は上がり調子になっていきました。
リーマン方程式を解く直感的な要領を掴み始め、四次元その他の問題に関する理解力でアッパム教授を驚嘆させたのです。
それは、クラスの他の学生が軒並み叩きのめされた問題でした。
ある午後にはこんな議論がありました。
曰く、空間内に特定の奇怪な曲面が存在しうる件、また曰く、大宇宙の中の我々の領域と、最遠の星々と同程度に離れた他の様々な諸領域あるいは諸銀河の狭間にある深淵とが接近し、あるいは場合によっては繋がってしまうはずの理論上の点について――それどころか、その繋がりは、途方もなく遠隔の地点へ、アインシュタイン的な全時空連続体の彼方にあると躊躇いがちに想定される単位宇宙の群れと同じくらい遠くの地点へと結びつくのだ、という議論です。
これらのテーマについてのギルマンの水際立った扱いは他の者すべての賞賛の的となりましたが、一部には、彼の仮定的な描写が、神経の状態や孤独を好む傾向などを散々あげつらう原因ともなっていきました。
学生たちが首を横に振ったのは、彼が真顔で、人は――人間には習得し難い程度ではあるにせよ、十分な数学的知識を持てば――この地上から宇宙の果てのいかなる特定の天体にでも足を踏み入れることができるという説を持ち出した時です。
彼は言いました。そのような一歩に必要なのは、わずか二つの段階のみであろうと。
まず既知の三次元宇宙圏から抜け出し、次いでまたその宇宙圏に戻るのだが、その戻る地点は果てしない遠方であってもよいのだと。
この転移は多くの場合、生命を失うことなく達成できると考えられる。
おそらくは、三次元空間のいかなる部分に住むいかなる存在であろうと、四次元空間の中でも生存できるはずなのだ、と。その第二段階で生き延びられるかどうかは、再突入先として選んだ三次元空間のその場所の状況に左右されるだろう。
ある星に住む住民が、別の星でも生きていけるかもしれない――たとえそれが、別の銀河や、別の時空の世界にある似たような場所であったとしても。だが数学的に考えれば、たとえ宇宙同士がすごく近くにあったとしても、お互いの住民が住めないような星の組み合わせは、数え切れないほどたくさんあるはずだ。

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