ぼくだって生きているだろう?」
ルミちゃんは、坊や人形の話を目を輝かせて聞き入っていました。もう、おじいさんの家にいる人形が見たくてしょうがありません。そのとき、ミドリちゃんが「ちょっと」と言って、ルミちゃんの手を引っ張り、少し離れたところへ連れて行きました。
「ねえ、もう帰りましょうよ。ものを言ったり歩いたりする人形なんて、なんだか気味が悪いわ。ねえ、帰りましょうよ」
ミドリちゃんがささやきましたが、ルミちゃんは言うことを聞きません。すっかりおじいさんのことが好きになってしまったからです。それに、坊や人形が自分だけが好きだと言ったので、ミドリちゃんはやきもちを焼いて意地悪を言っているのだと思いました。
「あたし、もっと坊やのお話を聞きたいわ。ミドリちゃん、先に帰ってもいいわよ」
ルミちゃんはそう言って、ミドリちゃんの手を振り払ってベンチの前へ戻りました。ミドリちゃんは仕方がないので、しばらく待ってからまた離れたところへルミちゃんを引っ張っていき、帰るように勧めましたが、ルミちゃんはどうしても言うことを聞きません。とうとう、ケンカになってしまいました。
「じゃあ、あたし、先に帰るわ」
ミドリちゃんはそう言って、さっさと公園の外へ出ていくのでした。
生きた人形
あとに残ったルミちゃんは、白ひげのおじいさんに誘われて、とうとうおじいさんの家へ行ってみることになりました。
「なに、すぐ近くだよ。公園の外に自動車を待たせてあるから、わけはないよ。晩ごはんまでには、お家へ送ってあげるからね」
おじいさんは、優しい声でそんなことを言いました。よく考えてみれば、腹話術のおじいさんが自動車を待たせて公園のベンチに腰掛けているなんて、なんだか変ではありませんか。ルミちゃんは、もっと用心しなければいけなかったのです。いくら優しいおじいさんだって、初めて会った人について行くなんて、いけないことでした。でも、ルミちゃんは、歌をうたったり、歩いたりする人形が見たくて、もう夢中でした。
なにも考えているひまもなかったのです。
おじいさんは、坊や人形をだいて歩きだしました。
ルミちゃんはそのあとからついていきます。
公園の出口に、りっぱな自動車がとまっていて、おじいさんが近づくと、運転手がとびだしてきてドアをひらきました。
坊や人形を中にはさんで、おじいさんとルミちゃんが、うしろの席に腰かけますと、自動車は、すぐに走りだしました。
町かどをあちこちとまがりながら、進んでいきます。
もう、ルミちゃんのまったく知らない町です。
なんだか、心ぼそくなってきました。
「おじいさん、まだ遠いの?」
「なあに、もうすぐだよ。」
そんな会話が、なんどもくりかえされましたが、なかなか車はとまりません。
さっきおじいさんは、「青山に住んでいる黒沢というものだ」と名のりました。
公園は赤坂見附の近くにあるのですから、青山まで、そんなに遠いはずはありません。
自動車は、さっきからもう二十分いじょうも走っていました。
ルミちゃんは、ここでまた、うたがってみなければいけなかったのです。
ルミちゃんは、おじいさんが青山といったのを聞きもらしたのでしょうか。
それからまた十分ちかくも走って、やっと自動車がとまりました。
なんだか、焼けあとの原っぱのようなさびしいところです。
その原っぱの、草のぼうぼうはえた中に、古い一階だての木造の西洋館が立っていました。
「さあ、ここがわたしの家だよ。」
おじいさんは自動車をおりて、右手で坊や人形をだき、左手でルミちゃんの手をひいて、草の中を歩いていきます。
「ルミちゃん、この坊やもね、ほんとうは歩けるんだよ。いいかい、ほら、ごらん。」
そういって、右手にだいていた人形を、そっと地面におろしますと、これはどうでしょう。
坊や人形は、そのままたおれもしないで、機械じかけのようなへんなかっこうで、ピョコピョコと、歩きだしたではありませんか。
「ルミちゃん、はやくいらっしゃい。こっちだよ。」
歩きながら、坊や人形がそんなことをいうのです。
まるで生きているようです。
しかし、これも、おじいさんの腹話術にちがいありません。
おじいさんは、ポケットから大きなかぎを出して正面のドアをひらき、ふたりの人間と、ひとりの人形が、その中へはいっていきました。
そして、入口のドアがパタンと閉まったとき、ルミちゃんは、なんだかゾーッと、からだが寒くなってきました。
なんともいえない、恐ろしい気がしたのです。
こんな気味のわるいところへこなければよかったと、後悔しはじめたのです。
「おじいさん、あたし、もう人形なんか見なくてもいいから、帰りたいわ。ねえ、帰らして!」
ルミちゃんがそういいますと、おじいさんはやさしく笑って、
「ハハハハ……。なにをいいだすんだね。これからおもしろいものを見るんじゃないか。さあ、そんなことをいわないで、こちらへいらっしゃい。」
そういって、かたくルミちゃんの手をにぎったまま、うす暗い廊下を、ぐんぐんとはいっていくのです。
夕がたですから、家の中は、もううす暗くなっています。
廊下のドアをひらいて、部屋にはいりました。
部屋はまっ暗です。
あとでわかったのですが、その部屋の窓には、ぜんぶ、あつい黒ビロードのカーテンがしめてあったのです。
「待ちなさい。いま、ろうそくをつけるからね。」
おじいさんはそういって、マッチを出して、机の上のろうそくに火をつけました。
古めかしいしょく台に、三本のろうそくが立っているのです。
その赤ちゃけた光が、部屋の中をぼんやりと照らしました。
ルミちゃんは、かすかな光で、部屋の中を一目見ると、「あっ。」といったまま、立ちすくんでしまいました。
かなり広い部屋でしたが、その四方の壁ぎわに、洋服を着た人間や、和服を着た人間や、はだかのままの人間が、ウジャウジャと立っていたからです。
この家には、こんなにたくさん人が住んでいるのかしらと、びっくりしましたが、よく考えてみると、それはみんな人形なのでしょう。
あっちをむいたり、こっちをむいたりして、ただ、じっと、つっ立っているばかりで、すこしも動きません。
でも、なんてよくできた人形でしょう。
みんな、生きた人間とそっくりではありませんか。
たくさんの人形が、しいんとしずまりかえって、身うごきもせずつっ立っているありさまは、じつに気味のわるいものです。
見ていると、ゾーッとこわくなってきます。
「ああ、ルミちゃんは、ふり袖のおねえさまが見たいのだったね。いま、呼んであげるよ。」
おじいさんはそういって、机の横についている、たくさんのおしボタンの一つを、グッとおしました。すると、部屋の向こうの隅のドアがスーッと音もなく開き、そこから目も覚めるような美しいものが現れました。
十七、八歳くらいのきれいな女の人です。髪は島田に結い、長い袂(たもと)の友禅の着物を着て、ピカピカ光る金襴の帯を締め、しずしずとこちらへ歩いてくるのです。
ルミちゃんは、こんなに美しい顔を今まで一度も見たことがありません。ただもう、ぽかんと口を開けて、見とれるばかりです。
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