その二人は、まるで手をつなぐかのように階段の上へ大きく腕を広げると、声を張り上げました。
「待て! 酔いどれめ!」
「ここを通すことはまかりならぬ!」
どちらの声も、迫力に満ちていました。
「な、なんだとッ」
頭を抑えられた狼のような男たちは、ふんぞり返って牙をむき、食ってかかってきました。
「見るところ、二匹とも乞食に近い六部と雲水(修行中の僧)だな。身のほど知らずにでしゃばると、足腰の立たぬ廃人にしてやるぞ」
「酔いを醒ませ、このバカ者! ここをどこだと心得ているのだ」
「オオ、ここは紫野の今宮神社、八神殿だと心得ている。それが一体どうしたというのだ」
「ははは。酔っ払いの本性にたがわず、見事な言い草だ。このバカ侍ども、よく聞け。本来、日の本の武士というものは、弱きを憐れみ、力のなき者を愛し、神仏を敬い、心優しく、みだりに荒々しさをあらわさず、知恵を誠の心とするものだ」
色白の若僧が、右手の禅杖を床に突き立てて諭しましたが、そんな言葉に耳を貸す連中ではありませんでした。
「エエ、口うるさいことを申すな。われわれをただの浪人者だと思っておるのか。恐れ多くも、羽柴殿よりお声がかりで、天ヶ丘一帯の取り締まりを任されている、南蛮寺の番士だぞ!」
「黙れ! 番士であろうと秀吉自身であろうと、民を虐げ、神を汚すなど、天も人も決して許さぬことだ!」
「許す許さないはこっちが決めることだ。南蛮寺へ断りもなく、大げさな祭や踊りをするから、この神主に掛け合いに来たのが悪いか。おい、邪魔だ! そこをどかないと、おまえらも血祭りに上げてやるぞ」
「きさまたちの言い分は納得できぬ。秀吉さまほどのお方が、そのような沙汰をするはずがない。ああ、わかったぞ。主君の命でもなんでもなく、勝手なことをして良民を苦しめ歩く野武士だな!」
「野武士とは無礼なことを申すやつめ。耳をかっぽじって聞いておけ。いま、天ヶ丘の南蛮寺を支配する、和田呂宋兵衛さまの身内、斧大九郎とは拙者のことだ!」
「やっ、呂宋兵衛……?」
六部は若僧と目配せして、うなずき合いました。
「うむ、呂宋兵衛の手下と聞けば、なおのこと放っておけん!」
「なおのことどうしたというのだ!」
いきり立って駆け上がってきた男を、若僧はグイと右手で猫をつかむように吊り上げました。
「問答無用! こうしてやる!」
少し力を入れたかと思うと、ふわりと宙へ投げ飛ばし、冠桜の根元の瘤(こぶ)のあたりへ、エエッ、ずどーんと気味よく叩きつけました。
「うぬッ」
と、また飛びついてきた別の男を、待ち構えていた六部が、気合を込めた拳で顎を狙い、ひと突きに突き飛ばしました。ひとたまりもありません。「ううむ」と呻いて海老反りになり、階段の中途からドスンと落ちました。
冠桜の根元に叩きつけられた男も、神罰てきめん、血反吐を吐いて倒れたまま動かなくなりました。
「わーッ、わあッ――」
と、かなたで喜ぶ群衆の声が聞こえます。まるで八百万の神々が神楽囃子を楽しんでおられるかのように響き渡ります。
自分たちを南蛮寺の呂宋兵衛の部下だと名乗った斧大九郎は、これを見てカッと逆上しました。持っていた大刀を振り上げ、二人の足をまとめて薙ぎ払おうと、再び襲いかかってきました。
「猪口才(ちょこざい)なやつめ」
手元へ引き寄せ、怪力の若僧がまた虫でもつまむように捕らえた、その時です。
いつの間にか六部の後ろまで進んできていた品の良い公達(貴族の若者)が、
「忍剣、そやつを投げ殺してはならぬぞ」
と、あわやというところでその手を遮りました。
思いがけない悪魔が現れ、呪われたかと思われた今宮祭や踊りの群れも、また思いがけない侠客の力によって、午後からは午前中に負けないほどの歓楽の街へと戻り、賑わいました。
「一体、あの若い坊さまと六部は何者だろう?」
「天狗のような力と早業、とてもただの人間とは思えませんよ」
「それに、もう一人後ろにいて、黙って見ていた公達がいたではありませんか」
「そうそう、藺笠(いらがさ)をかぶっておりましたが、年は十五、六歳でスラリとして、観音さまが武士の姿になって現れたようなお姿でしたね」
「それそれ、あの人たちは、神か菩薩の化身に違いありません。まったく、悪いことはできないものです」
噂はどこもかしこも持ちきりでしたが、その中心にいた人々は、あれからどこへ行ったのでしょうか?
紫野の芝原には、野外に小屋を建てた見世物が点在していました。多くの人々がそちらに目を奪われているのを幸いに、例の若僧が斧大九郎を小脇に抱えて、飛ぶが如く駆け抜けていきます。その後から、大股に歩く藺笠の公達と六部の姿が続いていきました。「ここらでよかろう」
立ち止まったのは、舟岡山のふもとでした。
あまり高くないこの山に登れば、西には愛宕山や衣笠山の峰々の影が見え、東は遠く、加茂の松原の向こうに比叡山を望むことができます。
さらに北を見上げれば、竹童のふるさとである鞍馬山の青々とした山並みが、呼びかければ返事が返ってきそうなほど近くに迫っていました。
「若君、こちらへお座りください」
高くそびえる杉林の下で、六部(修行僧)の忍剣は、切り株の上の塵を払うと、そばへ片膝をつきました。
「…………」
目でうなずいて、藺笠(いらがさ)をかぶった美少年は、その切り株に腰をおろしました。
この公達(貴族の若者)こそ、甲州小太郎山の雪の砦から、はるばる父・勝頼の行方を都へ探しに来た武田伊那丸その人でした。
そのわきで頭を下げているのは木隠龍太郎です。加賀見忍剣は、ひっかかえてきた斧大九郎をそこへ放り出すと、
「若君、さあ、お調べなさいませ」
と少し下がった場所で、いつもの鉄杖を持ち直しました。
「下郎、顔を上げよ」
伊那丸が命じました。
その言葉には、忍剣の鉄杖や龍太郎の早業とはまた違う、特別な気品が宿っていました。下郎の大九郎は、すでに顔色を失い、ガタガタと震えながら両手をつきました。
「ま、まったく申し訳ございません。先ほどのことは、ひどく酔っ払っておりましたゆえ……。どうか、どうかお許しを……」
つい先ほどまで、今宮神社の境内で修羅のように暴れまわっていた男とは到底思えないような、情けない弱音です。
伊那丸は、そんな言い訳を遮るように、ハッと鋭く睨みつけました。
「卑怯なやつめ。無駄口は叩くな。ただ、このほうが聞くことに答えればよいのだ」
「は……はい。命さえ助けていただけるのであれば、斧大九郎、知っていることは何でも申し上げます」
「その言葉、忘れるなよ」
キッと半身を乗り出した伊那丸の、藺笠の下の白い顔に、針葉樹の木漏れ日が美しく差し込んでいます。
「おまえは先ほど、和田呂宋兵衛の家来だと威張っていたな?」
「あ……あれは」
「いや、申した! 確かに聞いたぞ」
「言ったことは間違いございませんが、実は、こ、心にもないでたらめを……」
言いかけると、背後から忍剣の鉄杖の先が、背中に穴が開くかと思うほどドンと突きつけられました。
「この嘘つきめ! 呂宋兵衛の部下だからこそ、断りもなく祭を行った神主を懲らしめるとか、掛け合うとかほざいていたではないか。
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