初級翻訳・神州天馬侠 第189話

吉川 英治

地蔵行者の菊村宮内は、その奇跡について、竹生島(ちくぶじま)に伝わる独楽(こま)である「火独楽」と「水独楽」をそれぞれが懐に入れていたおかげだと言い、その由来を詳しく話して聞かせました。
本来であれば、蛾次郎は泣こうがわめこうが、ここで侠党の士たちに首を差し出さねばならない運命でした。しかし、独楽の不思議な由来を聞いて情が動いたのか、宮内が一生懸命に命乞いをしたこともあり、ようやくその首だけはつながりました。

そのうちに神官の一人が、どこからか二人の体に合いそうな着物を持ってきてくれました。服が濡れたままでは、山を下りる途中の寒さに耐えられないからです。
「さあ、これを着なさい」
裾の短い着物と膝行袴(ひざゆきばかま)が、それぞれに一枚ずつ渡されました。
あのおしゃべりな蛾次郎も、今は口を利く元気もなく、ただ何度も頭を下げて、濡れた着物を着替えました。

すると――その様子を研ぎ澄まされたような目で見つめていた巡礼のお時が、突然、気が狂ったかのように叫びました。
「おお、おらの子だ! おらの子だ!」
そう言って、驚く蛾次郎の首筋にしがみつき、人目もはばからず、わっと声を上げてうれし泣きに泣き崩れました。
宮内も驚いてその場に駆け寄り、他人事とは思えずに問い質しました。
「お時さん、どうして? いったいどうしてなんだ?」
「お灸(きゅう)があるんです! お灸のあとがある! 宮内さま、この子の背中を見てやってください。いつかお話ししたように、わしの村でしか据えることのできない、お諏訪さまの『禁厭(まじない)灸』の跡があるんです。わしの村でも、背骨の節の四つ目に癲癇(てんかん)のお灸を据えたのは、この子だけなんです!」
「では、この蛾次郎が、三つの時に伊勢参りの途中で迷子にしたという、おまえさんの息子だったのか」
「間違いありません。ああ、親子の血は争えませんね。やっぱりわしには、なんとなく虫の知らせがあったのです……」
お時はそう言って蛾次郎の体を抱きしめ、あふれる母の涙を止めどなく流しました。

蛾次郎はただキョトキョトして、お時の手を少し拒むように尻込みしていましたが、宮内から順を追って「この人がおまえの本当の母親なのだ」と諭されると、東海道で鼻かけ卜斎(ぼくさい)に拾われたという幼い頃の記憶を思い出し、
「じゃあ、おめえが、本当のおれのおっ母さんだったのかい」
と、初めてお時の顔を真っ直ぐに見つめました。
「おお、坊や!」
「わあーっ……!」
その瞬間、蛾次郎は一生で一番大きな泣き声を上げ、お時の膝にその汚れた顔をむちゃくちゃに擦り付けました。お時もうれし泣きに、我が子を強く抱きしめました。

牝牛の乳のように甘く、慈愛に満ちた母親の涙の中に、邪気も欲もすべて消え去り、身を浸している蛾次郎の姿を見て、誰も彼を憎むことはできませんでした。竹童ですら敵意を忘れ、ぼんやりとその光景を眺めていました。
しかし、竹童の親はどこにいるのだろうか。竹童は寂しくないのだろうか。

侠党七士の人々が、御岳の麓、北多摩の裾野から青毛、月毛、黒鹿毛の馬を並べ、銀のすすきが波打つ秋の武蔵野を西へ向かって去ったのは、その翌々日のことでした。
同じ日、泣き虫の蛾次郎は、母親のお時に手を引かれ、坂東の札所へお礼参りに出かけていきました。巡礼を終えたら、きっと故郷の村へ帰るのでしょう。
うららかな秋の日差しの中に立ち、まぶしそうにそれを見つめていた菊村宮内は、遠ざかっていく七騎の影と、手を引かれてゆく母子、そのどちらを見送っても清々しい気持ちでした。
そして彼もまた、「カアーン、カアーン」と地蔵菩薩に鉦(かね)の音を手向けながら、すすきを分けていく旅人の一人として、どこへともなく歩き出しました。

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