戸籍によるとこの老婆はオシノといって、敬吾の祖母にあたる嘉永生まれの高齢者ですが、耳も目も確かなようで、受け答えも意外なほどしっかりしています。
私は心安いような態度を装い、茶碗を口に近づけて、一口飲む真似をしました。
そうしてぶっきらぼうに尋ねました。
「敬吾君はいつ頃お帰りで……」
老婆は目をショボショボとしばたたきました。
右の目の下の皺を、口元と一緒に歪ませて、ペロリと一度舌なめずりをしましたが、やがてまた淋しく、頼りないしゃがれ声を出して、
「……はい。もう帰る頃と思いますが……あなた……」
と言いつつ私を見つめると、モクモクと口を動かしました。
その疑うような白い目つきを見ると、私はたまらないほど奇妙な気持ちになったので、新聞の取材のことも何もかも忘れてしまい、取って付けたようにお辞儀をしました。
「それじゃ……いずれまた……」
「……あ……そうでございますか……あなた……」
そう言いながら老婆は、何かをもっと言いたいような顔つきをしましたが、またモクモクと口を動かすと、黙り込んでしまいました。
「どうぞお構いなく、いずれまたそのうちに……どうぞよろしく……」
と切れ切れに言いながら玄関に出て、靴に足を突っ込むや否や表に飛び出し、格子戸をピシャリと閉めました。
オシノ婆さんが這いずりながら追いかけてくるような気がしたからです……。
それから一町(約109メートル)ほどのあいだ、すっかり失望した気持ちで小走りに歩いた私は、八幡前の賑やかな通りへ出る四、五軒手前の荒物屋の前まで来ると、ふと立ち止まってその店の中へ入りました。
「バット(タバコ)はありますか」
「いらっしゃいませ」
と非常に明るい声が奥の方からして、デブデブに肥った四十歳くらいのおかみさんが、乳飲み児を横抱きに抱えながら出てきました。
初級翻訳・空を飛ぶパラソル 第7話
夢野 久作
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