だから栄蔵も他の子供たちから、だんだん遠ざかるようになってしまったのです。
「それじゃあ、角ちゃん家は旦那衆(お金持ち)だね。小判がうんとあるんだね」
と一人の子が佐渡から来た子に聞きました。
「ううん」と角ちゃんはちょっと詰まりましたが、すぐこう言い抜けました。
「お父ちゃんはたくさん小判を持っていたんだけどね、佐渡から舟で来るとき、舟があんまり揺れたろう。そしたら船頭さんが『こりゃこの中に、あんまりたくさん小判を持った人がいるから、海の中の竜神さんがそいつを寄こせ、寄こさないと舟を沈めるぞ』って脅すんだ。それで、お父ちゃんは小判を一枚一枚拝んでは、海の中へ放ってやったのさ。きらつきらっと光りながら、青い水の中に沈んでいったよ」
「ふうん」
みんなは、また唾を飲みました。
みんなの目には、風のないときに木の梢からゆっくりと落ちる木の葉の様子が浮かんでいました。
すると突然、
「小判ってどんなもの?」
と年の小さい子が無邪気に尋ねました。
なんて馬鹿な質問をするんだろうというように、みんなはその子の顔を見ました。
「馬鹿だなあ、決まってるじゃないか。小判って……」
とその子の兄さんが言い始めましたが、本当は自分も知らなかったので顔を赤くしました。
すると他の子もみんな、自分たちが今までに一度も本当の小判を見たことがないのを思い出しました。
こうなると、こんな話はもう面白くありません。
佐渡から来た角ちゃんが、みんなの心をそらさないように、
「佐渡じゃね、こんな唄を歌うんだよ」
と言いました。
「どんなの?」
とみんなは、また目を輝かせて角ちゃんの黒い顔を覗き込みました。
すると角ちゃんは、真面目な顔をして、少し癇(かん)の高い声で歌い始めました。
佐渡は
四十五里
波の道。
雨風吹いても
宿がない。
雨風吹いても
宿がない……。
どこかでいつか聞いたことがあるとみんなは思いました。
なんだ、越後にだってあるじゃないか。お爺さんやお婆さんが揺り籠を揺すりながら、乳母車を押しながら歌うのと同じじゃないか。
しかし、ちょっと違うところもある。
いや、やっぱり違う。
この角ちゃんが歌う唄の方が、どこか哀しいような響きがあって、美しいのです。
なんだかその節の中には、大昔から佐渡ヶ島を洗っている波のかすかな音が混じっているような気がします。
みんなは、いいなあと思って聞きました。
その中でも、一番その唄をいいなあと思ったのは、少し離れたところにしゃがんでいる栄蔵でした。
栄蔵はすっかりその唄に心をつかまれてしまったので、もうそれから先、みんなの話には耳を貸しませんでした。
口の中で、いくどもいくども今聞いた佐渡ヶ島の唄を繰り返していました。
お母さんも小さかった時分、この唄を歌ったのかもしれない。
ひょっとすると、今でも覚えていらっしゃるかもしれない。「家に帰ったら聞いてみよう」――そう思って、栄蔵は小声でその歌を練習してみた。
声に出してみると、なかなかうまく歌えない。
これじゃあ、ちっとも哀しくも美しくも聞こえない。
そこでまた、栄蔵は歌ってみる。
佐渡は
四十五里
波の道。
雨風吹いても
宿がない。
雨風吹いても
宿がない……。
「わあッ!」
とみんながそれを聞いて囃(はや)し立てた。
栄蔵は「しまった」と思った。
またこれは、いつものようにからかわれるに違いない。
案の定、
「あいつ、女みたいな声で歌ってたよ」
と一人がみんなに報告した。
「あいつ、女みたいなやつだよ。ごらんよ、色が真っ白で、ほっそりしてて。しょっちゅう女たちと遊んでるんだよ。こないだも女たちとおはじきしてたよ」
とまた一人が言った。
栄蔵は悔しくて、泣きそうになってきた。
「ほら、見てごらん、もう泣くぞ。ほら涙が出てきた。見られると恥ずかしいからうつむいてるんだよ」
「意気地なしだなあ。ほんとに女みたいだなあ」
「女なんかじゃない! 男だよ!」
と栄蔵が顔を上げてみんなを睨みつけた。
「そんな目で睨んだって怖いもんか。女みたいだよ」
「女なんかじゃない! 男だよッ!」
「それなら、男のすることなら何でもできるのか?」
「できるよッ!」
「よし!」
と言って、その子は周囲を見回した。
そして鐘楼に目を付けると、
「それなら、鐘を撞(つ)いてみろ」
と言った。
鐘を撞くと、舟に乗っている漁師や畑に出ている農家の人たちが、お昼ご飯を食べる時間を間違えてしまい、ひどく叱られるということを栄蔵はよく知っていた。
しかし、今ここで「いやだ」と言えば、意気地なしだと決めつけられてしまう。
それだけはいやだ。あとはどうなっても構わない、やってしまおう。
栄蔵は決心して、
「撞かないとでも思ってるのか!」
と言った。
「よし、撞けッ、撞けッ!」
栄蔵は鐘楼にのぼった。
わんぱくな子たちが四人ばかり、付き添うように後からついてのぼってきた。
撞木(しゅもく)は非常に重く感じられた。
栄蔵の腕が細かったからだ。
だんだん撞木に勢いがついてきたところで、最後の一振りを大きく振ると、体も一緒にぶつけるようにして撞木と一緒に走り、一つきついた。
鐘は嗄(か)れた声で「ごわぁーん」とわめいた。
栄蔵はもうこれでいいだろうと思って綱を離した。
するとわんぱくな子の一人が、
「なんだ、一つきりか。一つきりじゃお話にならんぞ」
と言った。
栄蔵はやけっぱちで、
「まだ撞くよッ!」
とまた綱を握って二つ目をついた。
するとまたわんぱくな子が「なんだ、それっきりか」とからかうので、また栄蔵は撞いた。
同じことを何度も何度も繰り返し、七つか八つ撞いたとき、庫裏(くり)の方からお坊さんが、
「この餓鬼どもめがッ!」
と喚きながら飛び出してきた。
子供たちはこういうことには慣れているので、ウサギのように鐘楼から飛び降りると、下にいた子供たちと一緒に一目散に山門を飛び出していった。
息切れがして、顔色がさらに真っ白になった栄蔵だけが、どこへ身を隠したものかとまごついていた。
栄蔵の家である橘屋ではびっくりした。
お寺の小僧さんが、後ろにしょんぼりと首を垂れた栄蔵を連れてやってきたかと思うと、中へ入ろうともせず、
「あんたのところの栄蔵ちゃんが、鐘をおもちゃにして撞くので困ります。叱ってやってください」
と門口で言って、そのままさっさと行ってしまったのである。
あとに残された栄蔵は、敷居の外にまるで物乞いの子のように、もぞもぞして、前掛けの端を引っ張っていた。
家の人たちはあぜんとしてしまった。
あんまりおとなしすぎるので、もう少しいたずらでもしてくれればよいと思っているくらいの栄蔵が、そんな大それたことをしでかしたというのが、わけが分からなかった。
「そんなところに突っ立っていないで、とにかく家の中にお入り」
と何はさておき、お祖母さんが言った。
栄蔵は言われるままに、黒く澄んだ目をうつむき加減にして入ってきた。
そして今度は土間の真ん中に突っ立つと、長いまつげのまぶたで、ひとしきりパチパチとまばたきをした。
「それじゃ、今さっき鳴った鐘は、お前が撞いたのか?」
とお祖父さんが、今日は厳しい顔で聞いた。
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