初級翻訳・良寛物語 手毬と鉢の子 第20話

新美 南吉

瀬戸内海が細長く陸へ食い込んで湾になっている。その湾に向かっている丘の上に円通寺は建っていた。
同じ港町でも、越後の出雲崎とこの玉島とでは、ずいぶん違っていた。
越後の海は、冬になると暗い雲に閉ざされ、北から来る風が波を巻き上げた。
波は怒った牛どものように狂い立ち、海岸の岩に向かって体をぶつけて、昼も夜も深い呻き声を絶たなかった。また風は、海岸の砂や小石を吹き飛ばして、海に近い家々の窓や戸を激しく叩くのでした。
そしてやがて雪がやってくると、状況はますますひどくなりました。
雪は風と共に家々の上で荒れ狂い、小さな隙間を見つけては、家の中へ入り込もうとするのでした。
そのため人々は、冬の間、外へ出ることができませんでした。
窓という窓をしっかりと閉め、暗い家の中で、冬眠するカエルたちのように、ひっそりと息を潜めていなければならなかったのです。
越後の子供たちが、雪を喜ばないのは当然のことでした。
彼らはこんなふうに歌って、雪を嫌ったものです。

ぼたぼた。
雪降るなや、
浜のかかが泣くとや。

それと比べて、玉島は冬も暖かい場所でした。
海はいつも、異国の人のお目々のように優しく青々とたたえられ、太陽の光は入り江や、その入り江を囲む丘の上に満ちあふれていました。
良寛さんが驚いたことには、冬でも丘の斜面には、緑色の野菜や麦が育っていたことでした。
雪はめったに降りませんでした。
降ったとしてもほんの少しで、大きな白鳥が羽ばたいて過ぎるときに落としていく羽毛ほどのものでした。
ですから、このあたりの子供たちは、雪を見るとこう歌って喜んだのです。

雪は殿様、
雨は草履持。

この温かい自然の懐の中で、若い良寛さんは新しい生活を始めました。
しかし、良寛さんの心は、この温かく穏やかな玉島の地に、すぐには馴染むことができませんでした。
良寛さんの心の中には、冷たい風が吹きすさぶ越後の冬の海のような、激しさが潜んでいたからです。
良寛さんは、修行を積むごとに、必死になっていました。
「真理というものが、どこかに必ずあるはずだ。ちょうど、桃の中に核があるように。それをつかみ取れば自分は偉くなれる。そうすれば、世の中の人々を救うことができるに違いない」
そう、良寛さんは考えていたのです。
良寛さんは、仲間の僧たちよりも早く起きて座禅をしに行きました。
仲間よりもずっと頻繁に、国仙(こくせん)和尚の部屋へ教えを請いに行きました。
夜は夜更けまで、お経や偉いお坊さんたちの伝記を読みふけりました。
しかし、そんな「真理」というものは、なかなか手につかめるものではありませんでした。
どこにその真理はあるのか。もう玉島に来てから三年も四年も経つのに、まだ解らなかったのです。
時々良寛さんは、このことを思っては情けなくなりました。
「こんなことでどうするのだ。お父さんやお母さんを捨てて、わざわざこんな遠い土地まで来て、日夜苦しい修行を積んでいるのに、まだ悟ることができないとは、なんと自分は愚か者なのだろう」
と、自分自身を厳しく叱り、ののしりました。

ある日、良寛さんは国仙和尚から、米を搗(つ)くようにと命じられました。
良寛さんは黙って本を閉じ、台唐臼(からうす)の踏み台にのぼりました。
そして、米を搗き始めました。
国仙和尚は、しばらく杵(きね)の音を聞いていましたが、やがて、
「良(りょう)」
と、深くて静かな声で呼びました。
「はい」
良寛さんは足をとめて答えました。
「ここへ降りてきなさい」
「はい」
良寛さんは台唐臼から降りて、国仙和尚の前に行きました。
「良よ、おぬしは、心の中に不満を抱えているな」
良寛さんは胸を突かれるような思いがしましたが、
「そんなことはございません」
と、何気ないふりをして答えました。
「いや、隠しても無駄だ」
「どうして、そのようなことをおっしゃるのですか」
「杵の音でわかる。心の穏やかな者が米を搗けば、杵の音もおだやかだ。しかし、心のいらついている者が搗けば、リズムが乱れている」
良寛さんは国仙和尚の目から逃れるように、うつむいてしまいました。
「わしの言う通りだろう」
「はい」
「馬鹿者めが」
「はい」
国仙和尚はそれだけ言うと、すっと立ち上がり、奥へ行こうとしました。
良寛さんは慌てて、
「師匠!」
と呼び止めました。
「なんだ」
「おっしゃる通りです。私の心には不満がございます。なるべく顔に出さないようにしておりますが、いつも不満が渦巻いているのです」
「…………」
「私はいつまでも、こんなことをしていてよいのかと思っております。いたずらに歳をとるばかりで、いつまで経っても、元の栄蔵(えいぞう=良寛の俗名)のままで変わりありません」
「…………」
「私は、世の中の人々がいろいろと苦しんでいるその苦しみには、二種類あると考えております。一つは体の苦しみです。病気や貧乏の苦しみです。もう一つは、心の苦しみです。親を亡くして嘆いている人や、生活に何の不自由もないのに、人と争い、人を憎んでいる人の苦しみです。こういう苦しみから、人々を救わなければならないと、私は思っているのです。それにはまず第一に、私自身が一つの真理をつかみ取って、偉くならなければならないのです」
「…………」
「しかし、その真理がいくら探し求めても、私には悟れないのです。師匠は、修行を積むことが悟りに到る道だとおっしゃいました。私はその修行を人一倍積んできたつもりです。山へ柴を刈りにも行きました。町へ乞食のように托鉢にも行きました。座禅もしました。米も搗きました。しかし、ここへ来てからもう四年にもなるのに、私には真理どころか、真理の影さえも見えないのです」「……。ですから、私には疑いが湧いてきたのです。こんなふうに米を搗いたり、托鉢をしたりすることと、私が求めている『真実の道』に、一体何の関係があるのだろうか、と疑問に思うようになりました」

良寛さんは、国仙和尚が何か答えてくれるだろうと思い、しばらく和尚の顔を見つめていましたが、和尚は黙ったままでした。

「どこに真理があるのか、私はそれを知りたいのです」
「わしは知らん」

初めて国仙和尚が口を開きました。

「私が愚か者だから、そうおっしゃるのですね。教えてもらっても理解できないほどダメな人間だと思っているのですか。それなら、そうとはっきり言ってください。もうどうしようもない人間なら、私は諦めますから」
「諦めろ」
「そんなに簡単に諦められません。私のどこが馬鹿なのですか。それを教えてください。直すべきところは直しますから」
「うるさい奴だ」
「すみません」

良寛さんは黙ってうつむきました。

「良よ」
「はい」
「おぬしがそれほど悟りたいのなら、仙桂(せんけい)和尚のところへ行って聞いてきなさい。あれはなかなかよく知っておる」

そう言って、国仙和尚は仙桂和尚がいる寺の場所を教えてくれました。そこは、ここからあまり遠くない場所でした。良寛さんの心は動きました。仙桂和尚のところへ行けば、何か教えてもらえるかもしれない、と思ったのです。

「それでは、今からすぐに行ってもよろしいでしょうか」
「うん、行ってこい。

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