しっかりと真理を聞いてくるのだぞ」
そして良寛さんが出かけようとすると、和尚はこう付け加えました。
「それからな、今晩あたり月がきれいだから、一杯飲みに来るようにと和尚に伝えてくれ。いい酒をいただいたから、とな」
良寛さんが山門を出てくると、そこには三、四人の女の子たちがいました。良寛さんを見ると、その中の一人が「あ、いいところへ良寛さんが来た!」と言いました。良寛さんは暇なとき、この子たちとおはじきをしたり、手毬をついたり、雪の国である越後のお話を聞かせたりして遊んでいたので、女の子たちからはとても慕われていたのです。
「良寛さん、お願い」と、頭に手拭いを巻いた子守の女の子が言いました。
「何だい?」
「悪太郎が、あの木に毬を上げてしまったから、取ってくれない?」
見ると、大きな松の木の梢の方に張り出した枝に、手毬がちょこんと乗っていました。
「あんな高いところじゃ、取れるもんか」
良寛さんは心が急いていたので、そう言って断りました。
「でも良寛さん、男の子なんだから、登って取ってよ」
「今は忙しいから無理だ」
そう言って、良寛さんはさっさと通り過ぎてしまいました。女の子たちは、いつもと様子が違う良寛さんを見て、不思議に思い、ぽかんと見送っていました。
良寛さんは、あんな冷たい態度をとってしまったことを心の中で後悔しながらも、真理を早く知りたい一心で道を急ぎました。のどかな春の丘には、明るい幸せがあふれていました。牛は海の方を見て、時折鳴いていました。海には白い帆が浮かび、その上には菫(すみれ)色の雲がじっと動かずに浮かんでいました。あたり一面に陽炎(かげろう)がゆらめき、道の端にはタンポポが、まるで黄金の小銭のように咲いていました。しかし、良寛さんは、「もうすぐ真理を知ることができる」という興奮で、そんなものには目もくれず道を急ぎました。
寺の前の畑で、百姓のような顔をしたお坊さんが、着物の裾をたくし上げて菜を摘んでいました。時々円通寺へやってくるお坊さんなので、良寛さんも顔だけは知っていました。ひどく服装がみすぼらしかったので、どうせこの寺に厄介になっている雲水(修行僧)のひとりだろうと思い、
「こんにちは。和尚さんはおられますか?」
と、軽く尋ねました。
「ああ、居るよ」
そう言いながら、また菜を摘んでいます。
「円通寺から来た者ですが、ちょっと和尚さんにお目にかかりたいのです」
「そうかい、何の用だい?」
「用件は、和尚さんに直接申し上げたいのですが」
「そうかい。わしが和尚だが」
「え、あなたが?」
良寛さんはびっくりしました。
「うん、わしがそうだよ」
「仙桂和尚さんでいらっしゃいますか?」
「うん、仙桂だよ」
「そうでございましたか……」
良寛さんは改めてお辞儀をし、「お見それしておりました」と挨拶しました。
「なあに、構うもんか。和尚だって雲水だって同じだ。同じ坊主だよ。ときに、用事は何だい?」
良寛さんは、今まで張り詰めていた気持ちが、一瞬で緩んでしまいました。もう、何も尋ねる気力はなくなってしまったのです。そこで、
「大変よく菜が育っていますね」
と、畑を見回しながら言いました。
「うん、まあ、ぼちぼちさね。何なら少しあげようか。持って帰ってお浸しにでもしなさい」
「それじゃあ、少しいただきましょう」
「うん、ほしいだけ引き抜きなさい。そこに藁があるから、縛るのがいい」
良寛さんは畑に入っていき、そこにあった鍬(くわ)を手に取ると、よく肥えている場所を少し掘り起こしました。「こんなにたくさんの菜を作って、こればかり食べているのですか?」
「ああ、そういうわけでもねえ。欲しい奴にはくれてやるんだ」
仙桂(せんけい)和尚はそう言って、せっせと菜の束を作りました。もう二十束ほどが出来上がっています。
「俺はこれからちょっと町へ行くが、お前さんは寺で待っているか?」
「そうですね。いつ頃帰って見えますか?」
「そうだなあ、晩には帰ってくるがな。いや、わからん。酒でも飲まされると、途中で寝ちまうこともあるで」
まだ日は高かったので、晩までここで待たされるのは大変だな、と良寛さんは思いました。
「そんなに待ってはいられません」
「そいじゃ、お前さんもついてくるか」
良寛さんは、いつの間にか心がのどかになっていました。もう、何のために円通寺からここまでやって来たのかさえ、忘れてしまっていました。
「ええ、お供しましょう」
仙桂和尚はふごの中に菜を入れて、天秤棒で担ぎました。良寛さんはそのあとについて、町の方へ出かけました。町へ入ると、一軒ずつ、
「今日は菜はいらんかのう」
と仙桂和尚は声をかけて回りました。そして欲しいと言った家には一束ずつ配りました。菜をもらった家ではお礼に、餅やみかん、芋などをくれました。中には、お酒を茶碗に一杯飲ませてくれる家もありました。
「お前も飲まんかい」
と仙桂和尚に言われると、良寛さんは、いつもなら断るところですが、つい釣られて、
「じゃあ一杯ご馳走になりましょう」
と頂戴してしまいました。何しろ仙桂和尚の、春風のようなのんびりした人柄が、良寛さんの心までそのように変えてしまうのでした。
町で一人の、派手で美しい身なりをしたお坊さんに行き会いました。法事の帰りか何かで、大きな扇子をパシパシと鳴らしながら、威張って歩いていました。こういうお坊さんに限って中身が浅く薄くて、俗人と少しも変わらない根性を持っていることを、良寛さんはよく知っていました。
しかし仙桂和尚は、そのお坊さんの前で、まるで百姓のように「ははあ」と深くお辞儀をしました。その坊さんは仙桂和尚の方に流し目をくれて、通り過ぎていきました。
「あれは何方(どなた)ですか?」
と良寛さんは呆れて聞きました。
「知らんて。いずれ、その辺の坊さんだろう」
と仙桂和尚は、けろりとしていました。良寛さんはますます呆れました。
「よその宗派の、わけのわからないような坊主に、あんなに丁寧に頭を下げるのですか?」
「うん」
と仙桂和尚は笑って言いました。
「自分で偉い気でいるのだから、お辞儀しておけばいいのだ」
なんてこだわりのない人だろう、と良寛さんは思いました。
帰りに麦畑の間を歩いているとき、せっかく訪ねてきて何も聞かずに帰るのも変だと思い、良寛さんは、
「あのう、国仙和尚が、あなたはよく知っているから聞いてこいと仰ったので伺ったのですが……」
と言うと、
「何だい、学問のことか。学問はわしは知らん。わしが知っているのは、菜を作ることだけだ」
と答えました。
「それでも国仙和尚は、あなたに聞けば疑いは晴れると仰いました」
「わしは何も知らん。お経も読まんし、参禅もせんし、根っからの怠け坊主じゃで」
本当にこの和尚は、お経の文句一つも知らないのではないかと思われました。円通寺へ来ても、参禅を一度もしないことは、良寛さんもよく知っていました。それがこの和尚のことだとすれば、少しも不思議ではありませんでした。
来るときとは正反対の、温かく満ち足りた気持ちで、良寛さんは帰途につきました。
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