片手にはお土産の菜の束をぶら下げて。
「慌てたって駄目なんだ」
と大きな声で良寛さんは独り言を言いました。目の前の麦の中から雲雀(ひばり)が飛び出し、少し上がったかと思うと、囀(さえず)り始めました。
「なるようにしかならないのだ」
と良寛さんは雲雀を目で追いながら、また独り言を言いました。雲雀は太陽の前を通るときに見えなくなってしまいました。声だけが聞こえていました。
「落ち着いて、こつこつ与えられたことをやっていればいいのだ」
良寛さんはそう言って、草積み(くさづみ)を飛び越えました。今までにない安らかさが、良寛さんの胸にはあふれていました。師匠の国仙和尚が、仙桂和尚のところへ行けばわかると言ったわけが、どうやら良寛さんに納得できたような気がしました。
山門の前には、まだ女の子たちがいました。もう毬のことは諦めて、石段の上でおはじきをしていました。
「毬、取ってやろうか」
と良寛さんは女の子たちに言いました。良寛さんは、あまり木登りは上手ではなかったので、なかなか骨が折れました。枝を揺すって毬を落とし、降りてきたときには衣は破れていました。足には擦りむき傷ができていました。
「良寛さん、すみません」
と女の子たちは良寛さんをいたわって言いました。
「いいよ、いいよ。またあとから遊ぼう」
そう言って良寛さんは、にこにこしながら山門の中へ入っていきました。十 生き埋め
丘の大麦は、暑くなる頃に熟れます。
その頃になっても、空のどこかで忘れられたかのように雲雀(ひばり)が鳴いています。
しかし、雲雀の声も人々の耳にはもう珍しくなくなってしまい、人々は「雲雀というものは、あまり長く鳴きすぎるな」と思うようになります。
雲雀と比べると、子供たちは賢いものです。
子供たちが麦畑から黒穂(くろぼ)を抜いて、麦笛の平和な音を流していくのは、麦畑の緑が残っているうちだけだからです。
麦がまぶしい黄色になる頃には、子供たちはもう麦笛を吹きません。
麦が熟れると、百姓たちは大変忙しくなります。
早く麦を刈り取って、そのあとに田植えをしなければならないからです。
田植えが遅れると、お米がたくさん収穫できないのです。
朝早くから百姓たちは、麦を刈る力のある者はみんな連れ立って、野に出て行ってしまいます。
あとに家に残るのは、目の見えないお婆さんか、ゆりかごの中の赤ん坊か、日向で金の眼を細くしている猫ばかりです。
そのお婆さんだって、どこの家にでもいるわけではありません。
だから、百姓ばかりの村では、昼間に誰もいなくなることが多いのです。
太陽がかんかんと照りつけて、ひっそりとしているところへ、遠くから蛙の声が寂しく流れてきます。
こんな時を、空巣狙いの泥棒は大変好むのです。
なにしろ、お婆さんは目にやにがいっぱい詰まっているので、垣根の向こうを誰が歩いているのかさっぱり見えません。猫は見て知っていたとしても、犬ではないので吠えることができません。
赤ん坊に至っては、全く話になりません。
泥棒とお父さんの区別がつかないのですから。
出て行く間際に泥棒がお愛嬌で「べろべろべろ」とあやしてやると、手足をばたばたと動かして喜んでいる始末です。
茶釜と一緒に泥棒に連れて行かれないのが、せめてもの慰めといったところでした。
ですから、昨日も一昨日もその前も、百姓たちは夕方くたびれて家に帰ってみると、不在中に泥棒が訪ねてきたことを知るのでした。
茶釜がなくなっていたり、米櫃の蓋が開いていたり、仏壇の下の引き出しが引き出されたままになっていたり――そういったことで、泥棒がやって来たことはわかるのです。
誰だって泥棒は嫌ですが、それは泥棒が物を持っていくからという理由だけではありません。
誰もいないときを狙って、黙って入り込んでくるから嫌なのです。
ですから、草履を一足盗まれただけで、逆に泥棒が立派な煙草入れを忘れていったので、差し引きすると得をしてしまった勘又(かんまた)さんでさえ、真鍮のぴかぴか光った茶釜と雌鶏を一羽盗まれた弥助(やすけ)さんと同じように、かんかんになって怒りました。
「見つけたら、首をねじ折ってやるんだ」
と、何度も息巻いて、翌日畑へ出かけたのです。
一畝(ひとせ)麦を刈り終えると、ちょうど腰が痛くなるので、その時百姓たちは腰を伸ばします。
そのついでに小手をかざして村の方を見張るのですから、好都合でした。
すると、とうとう正午ごろ、勘又さんがそれらしい人物を見つけました。
饅頭のような笠を深く被った、乞食のような坊さんが一人、手に鉢の子を持って北の方からやって来たのです。
そして右も左も見ないで、すっと村の中へ入っていきました。
あんな風にして村に入っていくのは、まことにふてぶてしい奴だと、勘又さんはもう腹が立ってきました。
「おい、弥助! 今の奴、見たかよ」
と、勘又さんは向こうの麦畑にいる弥助さんに呼びかけました。
「おう、見たぞ!」
と弥助さんが答えました。
「とっ捕まえに行こうかよ」
勘又さんは鎌を握ったまま、弥助さんの方へ歩き出しました。
「でも、ありゃあ坊さんじゃねえか」
弥助さんは頬被りをとって、パタパタとはたきました。
「坊主だって泥棒をしねえとは限るめえ。河内山宗俊(こうちやまそうしゅん)だって大泥棒だあな」
「ほうだかなあ」
そこで弥助さんも、とにかく一度家へ行ってみる気になりました。
二人は二人きりでは心細かったので、途中で働いている百姓たちを誘っていきました。
しまいには全部で十人くらいになりました。
みんなは手に手に鎌や縄や天秤棒などを持って集まりました。
良寛さんは朝から寂しくて、やりきれない気持ちでした。
ちょうど秋の末、葉をすっかり払われて丘の上に立ち、うそ寒い風に吹かれている一本の木のように、自分の心が何の拠り所もなく、ぽつんとこの世界に取り残されているような感じでした。
涙も出てこないほどの、心の底からの寂しさでした。
この頃は、こんなことが度々良寛さんにはありました。
去年お母さんが亡くなったことが、やはり元になっているらしいのです。
あとを弔いに故郷の出雲崎に帰ったときには、弟や妹たちも大きくなっていたので、それほどお母さんの死をひどく感じはしなかったのに。
何しろ良寛さんは、もう本当に一人ぼっちなのです。
お母さんが生きている間は、「なあに、誰も可愛がってくれなければ、お母さんのところへ帰っていけばいいのだ。そうすればお母さんは、いつものように温かく優しく迎えてくれるのだ」という気持ちが、心のどこかに隠れていたのでした。そうして安心して過ごすことができていたのです。
ところが、そのお母さんはもうどこにもいないのです。
弟や妹たちが大きくなったといっても、どうして長男である良寛さんが、彼らを頼って生きていくことができましょうか。
お父さんはまだ達者です。
しかし、そのお父さんもこの頃はほとんど行方不明と同じで、どこでどうしているのか分からないのです。
本当に一人ぼっちだと感じるとき、人はなんと寂しいことでしょうか。
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