寂しいからといって、泣く気も起きません。
泣いたところで、誰もどうしてくれるわけでもないのです。
また、誰かが慰めてくれたとしても、それで癒えてしまうような浅い寂しさではありませんでした。
しかし、良寛さんは思いました。
昔の偉かったお坊さんたちは、きっとこういった一人ぼっちの寂しさに耐え抜いて、とうとうその寂しさを、寂しさとも思わない境地にまで達したのだろう、と。
カタツムリが背中に自分の殻を背負っているように、自分自身の心の中に、自分の寂しさをしっかりと背負って、その寂しさに耐えていくことこそが、きっと立派な修行なのだろう。
そして初めて、人は自分の魂を、最高のものに磨き上げることができるのだろう。
そこで良寛さんも、どこまでも今日は自分を一人ぼっちにしてやろうと決心して、鉢の子を一つ持って外に出たのでした。
良寛さんは足の向くままに歩いていきました。
もっと寂しくなれ、もっと一人ぼっちになれ、と心の中で言い聞かせながら。
自分の心の中ばかり見つめていると、人は目を開いていながら、自分がどこを歩いているのか気づかないことが多いものです。
ふと我に返ると、良寛さんはある村の中を歩いていました。
どうやら自分は少し疲れたようです。
足が重いのです。
そこで良寛さんは、辻堂のそばに腰をおろして休みました。
胸のあたりに何か固いものが触れます。
何だろうと思って手を入れてみると、寺を出るときに懐に入れてきた手毬でした。
どこかで子守をしている子供たちに出会ったら、一緒について遊ぼうと思って持ってきたものだったのです。
百姓たちはみんな麦刈りに出かけてしまっていて、あたりには誰もいません。
これなら大丈夫だと思って、良寛さんは一人で手毬をつき始めました。
玉島へ来てから、よく子守の少女たちと手毬をついたり、おはじきをして遊んだりしていたので、良寛さんはもうずいぶん女の子の遊びが上手になっていました。
良寛さんのすらりとした手と、乾いた地面の間を、色の糸でかがった美しい手毬が、よい調子で往復しました。
すると良寛さんの口には、自然と女の子たちが歌う手毬唄が浮かんでくるのでした。
「麦ィついてェよォ麦ついてェ
御ォ手にまァめが九つゥ
九つゥの豆を見ればァ
おォやの里がこォひしやァ………」
もう少しで一周して終わるところでした。
突然、手毬が「ぽん」と向こうへ飛んでいきました。
誰かの足が蹴飛ばしたのです。
「こいつだ!」
「縛っちまえッ!」
と、すぐ頭の上で声がしました。
そして良寛さんは、何の抵抗もすることなく、縛り上げられてしまいました。
「図太い乞食坊主だ。泥棒に来て、人がいないと思って毬をついて遊んでやがる。」
この人たちは、自分を泥棒と間違えているのだ、と良寛さんは思いました。
しかし、「わしは泥棒ではない」と弁解する気にはなれませんでした。
もっと一人ぼっちになれ、一人ぼっちになるとどうなるのか見ていてやれ、と良寛さんは考えたのです。
百姓たちからひどい言葉を浴びせられ、後ろから小突かれながら、良寛さんは村役人の家に引っ張られていきました。
その間、百姓たちが何を尋ねても、良寛さんはまるで口のきけない人のように黙り込んでいました。
「申し上げますだ。この間からの昼間の泥棒をひっ捕まえましただ。」
と、勘又さんがまだ家の中へ入らないうちに、井戸の向こうから大声で言いました。
「何、昼間の泥棒だと?」
書類仕事をしていた役人はびっくりしました。
「庭へ引き据えておけ。今すぐ調べに出る。」
と外に向かって命じ、すぐに袴をつけ、刀を掴んで縁側へ出てきました。
「昼間の泥棒」というからには、赤ら顔で口のあたりに無精ひげが生え、目がギョロリとした屈強な男が出てくるのかと思っていた役人は、庭にちょこんと座っている痩せぎすの、悲しいほどに柔和な坊さんを見て拍子抜けしてしまいました。
「なんだ、ただの僧侶ではないか。」
と役人は、裁きをするときの姿勢で座って言いました。
「坊主だって油断はなりませんだ。河内山宗俊(こうちやまそうしゅん)っていう坊主は、お前さんも芝居で見てご存じだろうけど、えらい大詐欺師でしただ。」
と勘又さんが言いました。
それから取り調べが始まりました。
ところが、それは始まったばかりだというのに、いつまでたっても全く進みませんでした。
役人は調べの帳面を開いたままで、何も書くことがありませんでした。
というのも、坊さんが一切合切、何も答えなかったからです。
脅したり、なだめたりして問いかけてみましたが、無駄でした。
しまいには役人も声が枯れてきました。
そこで初めて、これは石灯籠に向かって話しかけているのと同じだ、ということが分かったのです。
百姓たちも業を煮やしていました。
勘又さんは、泥棒が置き忘れていった……煙草入れを突きつけて、
「これに見覚えがあるだろうがッ。お主の物だろうッ。いくら地蔵さまみたいに澄ましていようと、結局お主は、煙草吸いの昼とんびに違いない。」
と言った。
そして、それでも坊さんが返事をしないと、「てッ、ふてぶてしい煙草吸いの昼とんびだッ。」と言いながら、煙草入れで坊さんの鼻を叩いた。
――もっと一人ぼっちになれ、どうとでもなれ、と良寛さんは、心の中で言い続けていた。
とうとう良寛さんは、村はずれの松林の中へ連れてこられた。
みんなはそこへ、この「昼とんびに違いない坊主」を、生き埋めにしてしまおうというのであった。
「そんなことをして、ええだかよ。」
と、来る道で何度も弥助さんが、びくびくしながら言った。
「ええも悪いもあるめェ。こいつは人に迷惑をかけた。人の物を無断で盗んだだ。」
と勘又さんは、口をとがらせてわめいた。
「俺あ、茶釜と鶏一羽くらい、くれてやってもいいだ。あんなものなァ欲しくねェだ。」
と弥助さんは言った。
「今更、何を言うだ。お前が許したって俺が許さねェよッ。」
「ンでも勘又さ、お前はそう怒ることもないだろうが。古草履一足盗られたきりじゃないか。それに上等の煙草入れを置いていって貰ったじゃないか。かえってお前の方からお礼を申し上げなきゃならないだろう。」
「何を言うか、この阿呆ッ。あの草履はそんな安いもんじゃない。金巾(かなきん)の鼻緒がすげ(挿げ)てあっただ。」
「争うな。」
と役人は言った。
「わしがこの盗人を生き埋めにせよと命ずるのだ。」
役人は、いくら声を枯らして訊問しても、相手がまるでこちらを馬鹿にしているように返事をしないので、威厳を損なわれたと思い、腹を立てていたのである。
「ここを掘れ。」
と役人は命じた。
鍬(くわ)を担いできた勘又さんが、掘り始めた。
みんなはその周囲に立って見ていた。
良寛さんも見ていた。
まるで他人のことのように平気で見ていた。
だんだん穴が深くなるにつれて、百姓たちの方がかえってはらはらしはじめた。
こんなところへ来るのではなかった、とみんなは思いはじめた。
「ごめんなせェ。俺あちょっと家へ行ってくるだ。」
と弥助さんは向こうへ行きかけた。
みんなは心細くなっていたので、
「な、何しに?」
ととがめた。
「あのゥ、鶏に正午の餌をやってくるだ。」
「いかん。」
と役人は止めた。
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