初級翻訳・名なし指物語 第4話

名なし指物語

さっきまでカルタ遊びで賑わっていた台所のほうも、もう寝静まっていました。
チョロチョロと小川の水の流れる音だけが、この深い静けさの中から聞こえてくる唯一の物音でした。

マタンの左手がちょうど、引き出しの中の財布を覆い隠そうとしたとき、彼は「コツ、コツ」と叩く音を聞きました。
それはすぐ止んでしまいました。
マタンは空耳だったのだと思い直し、再び財布に手を伸ばそうとしました。
するとまたしても、「コツ、コツ」と叩く音がしたのです。
誰がどこを叩いているのでしょう。
ドアをノックしているようでもなく、窓を外から叩いているようにも思えません。
こんな夜更けに、まだ起きている人がいるのでしょうか。マタンは、自分の周りをそっと見回しました。
火の消えた暖炉、棚の上に置かれた古い皿、天井、黒い節穴、壁のくぼみに彫られたキリスト像。壁と床の境目で二つに折れ曲がっている自分の影ぼうし。その影ぼうしの横で鳴くのをやめたコオロギ。マタンは次々と視線を移していきました。
それらのすべては、無言のうちにマタンがしようとしていることを責めているようでしたが、ひとたびマタンがその罪を犯してしまえば、その秘密をずっと守り通してやると約束しているようにも思われました。
そこでマタンは、三度目、財布に手を伸ばしました。
すると、またしても「コツ、コツ」と叩く音が聞こえてきたのです。
「誰だろう?」
マタンは自分自身につぶやきました。
すると、マタンの耳にその問いに答える声が届きました。
「わたしです」
「わたし?」
マタンはびっくりして聞き返しました。
「わたし? わたしって誰だ?」
すると、その声が答えました。
「わたしは、名前がありません。生まれたときからずっと、名前なしだったのです」
「そんなおかしな話があるものか。ネコだって、プスとかミイとか、名前を持っているものだよ」
と、マタンは言いました。
「本当に、不思議な話ですよね。わたしには四人のきょうだいがいました。彼らはみんな、それぞれに名前を持っていましたが、わたしだけは名前がなかったのです」
と、声は言いました。
「きみはドアの外に立っているのか? さっきからノックしていたのはきみか?」
と、マタンが尋ねました。
「わたしはさっきからノックしていました」
と、声は答えました。
「けれど、わたしは強くノックすることができません。四人のきょうだいたちと一緒のときなら、もっと強くノックできるのですけれど」
「ところで、きみは今、こんなところへ何の用事があって来たんだ?」

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