初級翻訳・花物語 第5話

寺田 寅彦

門の屋根裏に巣を作っているツバメが、田んぼから帰ってきてはまた飛び立っていくのを、羅宇屋はキセルをくわえながら感心したように眺めていましたが、「鳥の中でも、ツバメほど感心な鳥はまずいないね」と前置きをして、こんな話を始めました。
村のある旧家に、昔からツバメが巣をかけていたのですが、ある日、家の主人がツバメに向かって「お前には長年うちで宿を貸してやっているが、たまには土産の一つでも持って来たらどうだ」と、冗談で言ったことがありました。
すると翌年、ツバメが帰ってきたとき、ちょうど主人が食事をしていた膳の上へ飛んできて、小さな木の実を一粒落としたのです。
主人は何気なしにそれを庭へ放り出したところ、まもなくそこから奇妙な木が生えてきました。
誰も見たことも聞いたこともない、不思議な木でした。
その木が成長すると、枝も葉も一面に気味の悪い毛虫がついて、見るも無惨な姿だったので、主人はその木を引き抜いて風呂の焚き付けにするために切り刻んでしまいました。
その時、ちょうど町の医者が通りかかって、それは惜しいことをしたと嘆息したそうです。
どうしてかと聞いてみると、それはこの国ではめったに手に入らない「麝香(じゃこう)」という貴重なものだったとか。
そこまで一人でしゃべってしまうと、もっともらしい顔をして、煙を輪にして吹きました。
ポンポンと桶を叩きながら黙って聞いていた桶屋は、この時ちらりと私のほうを見て、変な目つきをしましたが、「で、その麝香というのはその木のことかい、それともあの毛虫のことかい?」と尋ねました。
「うーん、それはだな、麝香にもまたいろいろ種類があるそうでな」と、どっちともつかない答えを返します。
桶屋はそれ以上、無理に聞こうとはしませんでした。
桶をたたく音は向こうの丘に反響し、楝の花がほろほろとこぼれ落ちていきます。

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