初級翻訳・蜘蛛となめくじと狸 第2話

宮沢 賢治

獲物がどんどんたまっていき、腐ってしまいました。
そして、クモの夫婦と子供たちにもその腐った病気がうつってしまいました。
そこで四人は、足の先からだんだん腐っていってドロドロになり、ある日とうとう雨に流されてしまいました。
それは蜘蛛暦三千八百年の五月の出来事でした。

二、銀色のなめくじ

ちょうどクモが林の入口の楢(なら)の木に、二銭銅貨くらいの大きさの巣をかけた頃、銀色のなめくじの立派なおうちに、かたつむりがやって来ました。
その頃、なめくじは林の中で一番親切だと評判でした。
かたつむりは言いました。
「なめくじさん、今度は私もすっかり困ってしまいましたよ。
食べるものはまったくないし、水もないし、少しばかりあなたがためてある『ふきのつゆ』をいただけませんか?」
すると、なめくじは言いました。
「あげますとも、あげますとも! さあ、どうぞお飲みなさい」
「ああ、ありがとうございます、助かります!」と言いながら、かたつむりはふきのつゆをゴクゴクと飲みました。
「もっとお飲みなさい。あなたと私とはいわば兄弟だ! ハッハハ! さあさあ、もう少しお飲みなさい」となめくじは言いました。
「それではもう少しいただきます。ああ、ありがとうございます」と言いながら、かたつむりはさらに少し飲みました。
「かたつむりさん、気分がよくなったら一つ相撲でもとりましょうか? ハッハハ! 久しぶりですねえ」となめくじが言いました。
「おなかがすいていて、力がありません」とかたつむりが言いました。
「それなら食べ物をあげましょう。さあ、食べてください」となめくじはあざみの芽などを出しました。
「ありがとうございます。それではいただきます」と言いながら、かたつむりはそれを食べました。
「さあ、相撲をとりましょう! ハッハハ!」となめくじはもう立ち上がりました。
かたつむりも仕方なく、「私はもともと弱いのですから、強く投げないでくださいね」と言いながら立ち上がりました。
「よっしょ! それっ! ハッハハ!」かたつむりはものすごい勢いで投げ飛ばされました。
「もう一回やりましょう! ハッハハ!」
「もう疲れてダメです……」
「まあ、もう一回やりましょうよ! ハッハハ! よっしょ! それっ! ハッハハ!」かたつむりはまたものすごい勢いで投げ飛ばされました。
「もう一回やりましょう! ハッハハ!」
「もうダメです……」
「まあ、もう一回やりましょうよ! ハッハハ! よっしょ、それっ! ハッハハ!」かたつむりはさらにものすごい勢いで投げ飛ばされました。
「もう一回やりましょう! ハッハハ!」
「もうダメ……」
「まあ、もう一回やりましょうよ! ハッハハ! よっしょ! それっ! ハッハハ!」」かたつむりは、ものすごい勢いで投げつけられました。
「もう一回やりましょう。
ハッハハ。
」
「もう死にそうです。
さようなら。
」
「まあもう一回やりましょうよ。
ハッハハ。
さあ。
お立ちなさい。
起こしてあげましょう。
よっしょ。
そら。
ヘッヘッヘ。
」かたつむりは死んでしまいました。
そこで銀色のなめくじは、かたつむりをペロリと食べてしまいました。
それから一ヶ月ばかりたって、とかげがなめくじの立派なおうちに足をひきずりながらやって来ました。
そして
「なめくじさん。
こんにちは。
お薬を少し分けてくれませんか。
」と言いました。
「どうしたのです。
」となめくじは笑って尋ねました。
「へびに噛まれたのです。
」ととかげが言いました。
「それならわけはありません。
私がちょっとそこを舐めてあげましょう。
なあにすぐ治りますよ。
ハッハハ。
」となめくじは笑って言いました。
「どうかお願いします。
」ととかげは足を出しました。
「ええ。
いいですよ。
私とあなたとはいわば兄弟。
ハッハハ。
」となめくじは言いました。
そしてなめくじはとかげの傷に口をあてました。
「ありがとうございます。
なめくじさん。
」ととかげは言いました。
「もっとよく舐めないとあとで大変ですよ。
今度また来てももう直してあげませんよ。
ハッハハ。
」となめくじはもがもがと返事をしながら、やはりとかげを舐めつづけました。
「なめくじさん。
なんだか足が溶けたようですよ。
」とかげはおどろいて言いました。
「ハッハハ。
なあに。
それほどじゃありません。
ハッハハ。
」となめくじはやはりもがもがと答えました。
「なめくじさん。
おなかがなんだか熱くなりましたよ。
」とかげは心配して言いました。
「ハッハハ。
なあにそれほどじゃありません。
ハッハハ。
」となめくじはやはりもがもがと答えました。
「なめくじさん。
からだが半分溶けたようですよ。
もうやめてください。
」とかげは泣き声を出しました。
「ハッハハ。
なあにそれほどじゃありません。
ほんのもう少しです。
あと一分五厘ですよ。
ハッハハ。
」となめくじが言いました。
それを聞いたとき、とかげはやっと安心しました。
ちょうど心臓が溶けたのです。
そこでなめくじはペロリととかげを食べました。
そして途方もなく大きくなりました。
あんまり大きくなったのでうれしさのあまり、ついあのクモをからかったのでした。
そしてかえってクモからバカにされて、熱病を患ってしまったのです。
そればかりではなく、なめくじの評判はなんだかあまりよくなくなりました。
なめくじはいつでもハッハハと笑って、そしてヘラヘラした声で物を言うけれども、どうも心がよくなくてクモやなんかよりもかえって悪いやつだというので、みんなが軽べつし始めました。
特に狸はなめくじの話が出るといつでも「ふん」と笑って言いました。
「なめくじなんてまずいもんさ。
ぶかっこうは見られたもんじゃない。
」
なめくじはこれを聞いて怒ってまた病気になりました。
そのうちにクモは腐敗して雨に流されてしまいましたので、なめくじも少し気が晴れました。
次の年のとある日、アマガエルがなめくじの立派なおうちにやって来ました。
そして、
「なめくじさん。
こんにちは。
少し水を飲ませてもらえませんか。
」と言いました。
なめくじはこのアマガエルもペロリと食べたかったので、思い切っていい声で言いました。
「カエルさん。
これはよくいらっしゃいました。
水なんかいくらでもあげますよ。
最近は日照りつづきだけれど、なあにいわばあなたと私は兄弟。
ハッハハ。
」そして水がめの所へ連れて行きました。
カエルはゴクゴクゴクゴクと水を飲んでから、とぼけたような顔をしてしばらくなめくじを見てから言いました。
「なめくじさん。
ひとつ相撲を取りましょうか。
」
なめくじは、「しめしめ」と喜びました。
自分が言おうと思っていたのをカエルの方から言ってくれたのです。
こんな弱そうなやつならば五回投げつければたいていペロリとやれるぞ。
「取りましょう。
よっしょ。
そら。
ハッハハ。
」カエルはものすごい勢いで投げつけられました。
「もう一回やりましょう。
ハッハハ。
よっしょ。
そら。
ハッハハ。
」カエルはまた投げつけられました。
するとカエルは大そうあわてて、ふところから塩の袋を出して言いました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました