自分の言葉が、図星に中りすぎて、さすがに先生も困って居られるな、と思った。
彼は何とかその場を繕わなければならないと思ったが、残念ながら、そんな場合の技巧は、彼の得意とするところではなかった。
で、彼も丸太のようにおし默っていた。
そのうちに、彼は次第に孔子の沈默が恐ろしくなり出した。
孔子の沈默は、いつもただ事ではなかったからである。
彼は孔子の横顔をぬすみ見ながら、そろそろ自分を反省しはじめた。
(自分は、今先生に云ったとおりのことを、ほんとうに信じているのか。)
いや!と、彼は即座に自分に答えざるを得なかった。
(子羔のためにならないのは、先生の言葉をまつまでもなく、知れ切ったことだ。
すると、自分は、一体誰のために彼を採用したのだ? むろん費の人民のためではない。
子羔自身のためでもなく、費のためでもないとすると――)
彼はここまで考えて来て、もう孔子の前にいたたまらなくなった。
何とか機会をとらえて逃げ出す工夫はないものか、と考えた。
向う見ずの彼だけに、一旦反省し出すと、矢も楯もたまらないほど恥かしくなるのであった。
その時、孔子の顔が動いた。
子路にはそれが電光のように感じられた。
孔子の声は、しかし、ゆったりと流れた。
「私は、議論が立派だというだけで、その人を信ずるわけには行かない。
なぜなら、真に道を行わんとする人であるか、表面だけを飾っている人であるかは、それだけでは判断がつかないからじゃ。
吾々は、正面から反対の出来ない道理で飾られた悪行、というもののあることを知らなければならない。
己の善を行わんがために、人を賊うのがその一つじゃ。
そんな行いをする人は、いつも立派な道理を持合せている。
そして私は、――」
ここで孔子は、一段と声を励ました。
「その道理を巧みに述べ立てる舌を持っている人を、心から悪むのじゃ!」
子路は、ぼうっとなったようになって、孔子の門を辞した。
彼が、体験に即した学問というものの本当の意味を、はっきり理解し得たのは、それ以後のことだと云われている。
(子曰く、論の篤きにのみ是れ与(くみ)せば、君者か、色荘者かと。――先進篇――)
自らを限る者
冉求曰く、子の道を説ばざるに非ず。
力足らざればなりと。
子曰く、力足らざ者は中道にして廃す、今|女は画れりと。
――雍也篇――
「冉求はこのごろどうしたのじゃ。
さっぱり元気がないようじゃが。」
孔子にそう云われるほど、実際冉求はこの一二カ月弱りきった顔をしている。
別に身体に故障があるのではない。
ただひどく気分が引き立たないのである。
彼が孔子の門にはいったのは、表面はとにかく、内心では、いい仕官の口を得たいためであった。
仕官をするには、一とおり詩書礼楽に通じていなければならない。
そして、その方面にかけての第一人者は、何と云っても孔子である。孔子の門にさえ入っていれば、ともかく一人前の人間に育ててもらえるだろうし、それはきっと、お仕事(仕官)のつても見つけやすくなるに違いない。
そう思って、彼はせっせと勉強しつづけていたのである。
ところが、しばらく先生の教えを受けているうちに、彼は一つの疑問にぶつかった。
それは、孔子の学問が、最初に自分が考えていたのとは違って、なんだか現実の役には立たないように思えることであった。
なるほど孔子は、いつも頭で考えること(理論)よりも、実際の行動(実行)を大切になさる。
それはよくわかる。
よくわかるけれども、その「実行」というのが、あまりにも世間離れしたもので、もしそれに忠実にしたがっていたら、実際の生活ではすっかり負け組になってしまいそうなことばかりなのだ。
世の中の役に立たないような真理なんて、結局はただの空想にすぎないのではないか?
自分はきれいな空想を求めてこの学校に入ったわけではない。
もっと毎日の生活に役立って、実際に成功できるような教えがほしいのだ。
それに、こんな夢みたいなことばかり教わってのんびりしていては、いつになったらお仕事のチャンスが巡ってくるのか、わかったものではない。
そういえば孔子は、私たち生徒のために、お仕事の口を見つけるお世話を、ちっとも積極的にしてくれていないようだ。
「自分にそれだけの実力さえあれば、世間に名前が知られていなくても心配する必要はない」などとよくおっしゃるけれど、今の世の中そんなのんびりした話では通用しない。
自分から無理やり売り込むわけにもいかないけれど、もう少し私たちの気持ちを察して、みんなの評判が世間に広まるように手助けしてほしいものだ。
とにかく、今のままでは面白くない。
顔回(がんかい)などは、馬鹿正直に孔子の一言一句を真似して、それだけで喜んでいるようあけれど、あんなに体が弱くて、どうせ忙しい政治家などになれそうな人だからこそ、あんな風にして自分で自分を慰めるしかないのだろう。
だが、私たちと顔回を同じように扱って、「あいつの真似さえしていればいいんだ」みたいに言われるのは、ちょっと納得がいかない。
なるほど顔回は、あんな性格だから、個人的な行いの立派さという点では優れているのかもしれない。
しかし、政治の世界には、子路(しろ)のような荒削りな勇気も必要だし、子貢(しこう)のような華やかさも必要なのだ。
誰も彼もが同じ型にはまるわけにはいかない。
それぞれの個性を無視して、それが何の教育だ、何の道だというのだろう。
彼はそんな不満を心に抱えながら、長い間過ごしてきた。
そして、何度もいろんな理屈をこねくり回しては、孔子に真っ向からぶつかってみた。
しかし、いざぶつかってみると、いつもあっさりと孔子に言い負かされてしまうのだった。
言い負かされたというよりは、まるで大きな大人に軽々と抱き上げられて、ポンとやさしく頭をなでられたような、そんな不思議な気持ちになるのだった。
そのたびごとに、彼の闘志はすっかり抜けて拍子抜けしてしまった。
そして、そのああとには、なんとも言えないさびしい気持ちが、彼の心を支配するのであった。
日が経つにつれて、彼は、孔子があまりにもよく生徒たちの心を見抜いていることに驚かされるようになった。
自分自身が、どれほどうまく言葉を取り繕ってみても、孔子はいつも一足先に先回りして、彼の前にどっしりと立ちふさがっているのだ。
個性を無視するなどとんでもない、生徒一人ひとりの「心の病気」をすみずみまでよく知っていて、まるで魔法のように大事な急所をピタリと押さえてしまう。
しかも、その急所の押さえ方は、決してその場しのぎの思いつきなんかではない。
孔子の心の奥のどこかに、一つの見事な機械が据えつけてあって、そこから時と場合に応じて、自由自在に必要な対応が次々と飛び出してくるように思えるのだった。
「道はただ一つだ」とは、よく聞かされた言葉だが、おそらくそれこそが、孔子のつかみ取っている本当の道なのだろう。
しかし、その正体はまだ彼にはわからない。
それを「仁」だと言う人もいる。
「忠恕(ちゅうじょ=思いやり)」だと言う人もいる。
言葉では何とでも言えるだろうが、その本当の気持ちを自分の実感として味わうことは、決して簡単ではない。
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