初級翻訳・論語物語 第22話

下村 湖人

そして、「自己の意見にこだわって、無理強いに物事を行ったり、禁止したりするのは君子の道ではない。
君子の行動を律するものは、ただ正義あるのみだ」
と説き、彼自身も細心の注意を払って、勝手な思い込みを捨て、執着を断ち、頑固さを改めて、他人と対立することがないように努めてきたのである。
だが、こうした彼の努力も、心境がまだ子どもっぽい門人たちには何の効き目もなかった。
彼らには、天命が何だか、仁が何だか、まだ皆目見当がつかっていなかったのだ。
彼らは、ただ仲弓にいくらかでもケチさえつければ、自分たちが救われるような気がするのであった。
こんな種類の門人たちに対しては、さすがの孔子も手がつけられず、何度も絶望に似た気持ちにさえなるのだった。
しかし、たった一人の門人であっても見捨てることは、決して彼の本意ではなかった。
そして、考えに考えた末、彼はついに一策を思いついたのである。
それは、仲弓にケチをつけたがる門人たちを五、六人連れて、郊外を散策することであった。
門人たちは、その日特に孔子のお供を命ぜられたことを非常に光栄に感じた。
彼らは得意満然とした様子で、胸を張って孔子のあとにつき従った。
田んぼには、あちらにもこちらにも、牛がせっせと土を耕していた。
大抵の牛は毛がまだらで、角が変にくねっていたり、左右のバランスがとれていなかったりした。
孔子はそれらに一々注意深く視線を注いでいたが、そのうちに一頭の赤毛の牛に目を留めた。
それはまだ若くて、つやつやとした毛が陽の光に照らされて輝いていた。
角は十分に伸びきってはいなかったが、左右ともふっくらと半円を描いて、いかにも整った形をしていた。
孔子は、その牛の近くまで来ると、急に立ち止まって門人たちに言った。
「見事な牛じゃのう。」
門人たちは牛には大して興味がなかった。
しかし、孔子にそう言われて、仕方なしにそちらに目をやった。
「あれなら、きっと祭壇の犠牲(いけにえ)になりそうじゃ。」
門人たちは、孔子が犠牲を探すために今日自分たちを郊外に連れ出したのだと思った。
そこで彼らは元気よく相槌を打った。
「なるほど見事な牛でございます。」
「まったく惜しいではございませんか、こうして田んぼで働かせておくのは。」
「この辺りでちょっとこれだけの牛は見つかりますまい。」
「お買い上げになるのでしたら、すぐ当たってみましょうか。」
しかし孔子はそれには答えず、また歩き出した。
そして独り言のように言った。
「まったく珍しい牛じゃ。しかし血統が悪くては物にならんまい。」
門人たちは顔を見合わせた。
犠牲にするには、毛色が赤くて角が立派でさえあればそれでいいとされている。
これまで牛の血統が問題にされた例など聞いたことがなかった。
どうして孔子がそんなことを言い出したのだろうと、彼らは不思議に思った。
「血統など、どうでもいいではありませんか。」
とうとう一人が言った。
「かりにまだら牛の子であっても、天地山川の神々はお嫌いになられぬでしょうに。」」
「大丈夫だと思います。本人さえりっぱであれば、血統なんて関係ありません!」
「そうか。お前たちもそう信じるのか。それで私も安心じゃ」
 弟子たちは、また顔を見合わせました。
彼らは、先生である孔子がいったい何を言おうとしているのか、さっぱり見当がついていなかったのです。
孔子は、それっきり黙々と歩き続けました。
そして、半町(約五十メートル)ほど歩いたころ、ふと思い出したかのように言いました。
「それはそうと、仲弓(ちゅうきゅう)はこのごろどうしているかね。あいつもまだら牛の子で、神さまのお気に召さないという噂を、ちょいちょい耳にするが……」
 弟子たちは、三度顔を見合わせました。
しかし、彼らの視線は、今度はすぐにバラバラになり、めいめいに自分の足先を見つめました。
孔子は続けました。
「しかし、お前たちのように、血統など問題にしない人がいると知ったら、あいつも喜ぶにちがいない。わしもうれしい……。いや、本当の君子(くんし)というものは、人の良いところを伸ばしてやり、決して人の欠点につけこむようなことはしないものじゃ。しかし世の中には、どうしてもその逆をやろうとする心の狭い人間(小人)が多くてのう」
 弟子たちは、孔子のあとをついて歩くのが、もうたまらないほど苦しくなってきました。
「ずいぶん歩いたようじゃ。そろそろ帰るとしようか」
 孔子はくるりと向きを変えました。
そして、あの赤毛の牛を指さしながら、もう一度言いました。
「見事な牛じゃ。あれならきっと、神さまのおぼ召しにかなうにちがいないのう」
 弟子たちが、孔子のこうした深い教えによって、自分の未熟さを心から反省するきっかけをつかめたどうかは、まだ分かりません。
しかし、それ以来、仲弓の身分のことや、彼の父親の素行が、弟子たちの話題にのぼらなくなったことだけは確かなのです。
もっとも、このことは、仲弓自身にとっては、どうでもいいことでした。
彼はただ、自分自身をしっかりと慎み、いましめることによって、孔子の厚い信頼と教えに応えればそれでよかったのですから。

1 孔子が言いました。「『論語』のような正しい教えの言葉に対して、素直に従うことができないものだろうか。いや、従ったならば、その教えを自分のものとして改めることこそが大切なのです。お世辞や都合のよい言葉に対して、すんなり喜ばないことがあろうか。いや、喜ぶだけでなく、その言葉の本当の意味を深くたずね求めることが大切なのです。お世辞をただ喜ぶだけでその意味を深く考えず、正しい教えを聞きながら自分の間違いを改めないとなれば、私はそのような人をどうすることもできない(お手上げだ)」(『論語』子罕篇より)

2 仲弓が「仁(思いやりの心)」とは何かを尋ねました。
孔子は答えました。「一歩家の外に出たら、まるで大切なお客さまにお会いするかのように、ていねいに人と接しなさい。人を使うときは、まるで国の大大きなお祭りをお手伝いするかのように、つつしみ深くしなさい。自分がしてほしくないことは、決して人に押しつけてはならない。そうすれば、自分の国にいても人から恨まれることはなく、自分の家(職場やグループ)にいても恨まれることはないでしょう」
仲弓は言いました。「私は頭がよくありませんが、どうかこの教えを一生の仕事として守り続けます」(『論語』顔淵篇より)

3 孔子が言いました。「まったく、女性と心の狭い人間(小人)とは、つきあうのが本当に難しいものだ。すぐ近くで優しくしてやると、すぐに図にのって調子に乗り、かといって少し遠ざけて距離をとると、今度は恨みを抱くのだ」(『論語』陽貨篇より)

4 孔子が「利(利益や損得)」について口にすることはめったにありませんでした。もし口にするときは、それが必ず「天命(天の定め)」や「仁(思いやり)」と結びついた、正しいことのときに限っていました(『論語』子罕篇より)

5 孔子が言いました。「君子がこの世を生きるとき、これだけは絶対にやると決めている『こだわり』や、絶対にやらないという『頑なさ』はない。

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