初級翻訳・豆潜水艇の行方 第2話

海野 十三

「それ、蓋をしろ!」
 トニーの二度目の合図で、後ろに従っていた数人の大きな男は、豆潜水艇の上にとびあがると、ちょっと蓋の中に手を差し入れて、つっかい棒を外し、蓋を上からおさえて、ぴしゃんとしめてしまいました。
「よし、大出来だ。
早く、あれをかぶせろ」
 トニーの号令で、後ろに待っていたタムソン部長たちの一団は、懐中電灯を振って合図をすると、暗闇の中から、大きなトラックが、後ずさりをしてきました。
その上には、大きなバスの車体がのっていました。
ぎりぎりと音がして、もう一台別のトラックの上に仕かけてあった起重機(重いものを釣りあげる機械のこと)から、鎖のついた鍵が降りてきて、バスの車体を釣りあげました。
そしてその車体を、豆潜水艇の上に、すっぽりかぶせてしまったのです。
つまり、そのバスは、ちょっと見ると本物のバスのようですが、じつは車がついていないもので、いわば箱の蓋ばかりのようなものでありました。
豆潜水艇は、外から見ると、まるでバスのかたちになりました。
そのうちに、別のトラックが、ぎりぎりと鎖をくりだして、豆潜水艇を、トラックの上に引きあげました。
これはただのトラックではなく、軍隊でよく使っている牽引車というものと同じで、すばらしい力を出すものでありました。
「よかろう。
いそいで、出発しろ」
 タムソン部長が命令をくだしたので、豆潜水艇をバスの車体の中に隠して積み込んだトラックは、そのまま走り出しました。
そして闇の中に隠れると、どこともなく行ってしまいました。
さあ、大変なことになりました。
毒ガスに見舞われた青木学士と春夫少年は、どうなったでしょうか。
そして、豆潜水艇は、どこへもっていかれたのでしょうか。

警戒の目

 豆潜水艇を積んだトラックは、いま国道をどんどん西の方へ走っていきます。
国道には、お巡りさんが、交番の中からじっと夜の番をしていました。
もし、国道をあやしいものが通れば、「とまれ!」と命令して、調べるつもりでありました。
お巡りさんの前を、豆潜水艇をのせたトラックは、すこしもとがめられないで、通りすぎていきました。その次の交番の前を通りかかったときも、トラックはやっぱり何にごともなく、そのまま通りすぎていきました。
なにしろ、お巡りさんが見ても、憲兵さんが見ても、造船学のえらい先生が見ても、まさかトラックの上に豆潜水艇がのっているなんて、気付くわけがありません。
それもそのはずです。
トラックの上にあるものは、どう見ても普通のバスにしか見えないのですから。
まさかその下に、世界一小さな豆潜水艇がかくれているなんて、神さまだって気がつかないでしょう。
トラックは、どんどん国道を西へ走りつづけます。
豆潜水艇は、トラックの上で、ごとんごとんとゆれていました。
トラックの運転席では、運転手と、その横にのっているトニーという外国人が、英語で話を始めました。
「トニーの旦那、ちょっとうしろを見てくれよ」
「なんだい、急にうしろを振り返れなんて言って」
「なんだかうしろのほうで、ごとんごとん音がするんだけど、大丈夫かいな」
「なに、ごとんごとんだって?
あぁ、そうか。
ひょっとしたら、豆潜水艇が車の上からすべりおちそうになっているのかもしれないな。
ちょっと待て、いま調べてやるから」
トニーは中腰になると、うしろへ懐中電灯をてらしてみました。
「大丈夫だよ。
綱はちゃーんと結ばれているからね」
トニーは、バスの車体とトラックをむすんでいる綱が、しっかり結ばれているのを見て、安心して言いました。
そう言われても、運転手は首をかしげます。
「そうですかねえ。
でも、やっぱりごとんごとん音がしますよ。
なんだか気味が悪いなあ」
「それはお前の気のせいだろ」
「そうですかねえ……」
運転手の耳には、トニーにはきこえない変な音が聞こえているのでしょうか。
しばらく走ったあと、運転手はまたトニーに話しかけました。
「あ、また聞こえた!
トニーの旦那、いままた、大きくごっとんってうごきましたよ!
ああ、なんだか本当に気持ちが悪い。
そのうち豆潜水艇が、道路のうえにころがりおちてしまいますよ。
もういちど、よく調べてくださいよ!」
「大丈夫だと言ってるだろ!」
トニーはめんどくさそうに、もういちど綱の結び目をしっかりと調べました。
しかし、さっきと変わりはなく、べつにほどけている様子もありませんでした。

くらい海

そうこうしているうちに、トラックは大きな川のほとりに着きました。
石垣の下には、ずっしりとした平底のだるま船が待っていました。
岸から板がかけ渡してあったので、トラックの上の荷物であるバスは、ゆっくりと板の上をおろされ、だるま船の中につみこまれました。
「オーライ!
さあ、手早く出発するぞ!」
トニーが手をあげると、だるま船はすぐにエンジンをかけました。
トニーたちの一行も、だるま船の中に飛び乗りました。
だるま船は白い波をけたてながら、川下へと下っていきます。
まっくらな川面には、このだるま船の行く手をじゃまするものも誰もいません。
「しめたぞ!
水上警察も、こっちの動きには気づいていないらしい。
さあ、どんどん急げ!
本船の連中が待っているはずだからな」
だるま船は、川口を抜けて海に出ると、こんどはさらにスピードをあげて、沖合へとすすんでいきました。
「トニーの旦那、これから進む針路は、真南でいいんですかね?」
「ああ、しばらくは真南へ進んでくれ。
そのうち無線が入ってくるはずだから、そうすれば本船の位置がはっきりする」
トニーは船の先端にどっかりと腰を下ろすと、手元の受信機をしきりにいじりはじめました。
それからしばらくして、トニーは両手で耳にあてていた受話器をぴたりとおさえました。
「おっ、本船から電信が入ったぞ! エデン号だ!」
トニーは耳に聞こえてくるモールス信号を、すらすらと紙に書きとっていきます。
そして自分も電鍵(でんけん)を指先でコツコツとたたいて、無線で何やら返事を打ちました。
ふたりでしばらくせわしく通信を交わしていましたが、やがてそれも終わりました。
「おい、居場所がわかったぞ!
左舷のほうの前方三十度に、赤い火が三つマストに出ている船が見えるだろう。あいつが俺たちを待っているエデン号だ!
船の向きをそっちに向けて、全速力で急げ!」
トニーは船のふちをパンとたたいて、大声で叫びました。
船はぐっと向きをかえると、出せる限りの力いっぱいエンジンをうならせ、まっくらな海面をかけぬけていきました。
エデン号に追いついたのは、それからおよそ二時間後のことでありました。
「おーい、エデン号かい!
こっちはタムソン部長の命令で、豆潜水艇を積んできたトニーだ!」
「おお、待っていたぞ! トニー君!
いやはや、とてつもない大あっぱれな手柄をたてたものだな!
我が海軍がずっとねらい続けていた青木学士の豆潜水艇を、まるごと手に入れてしまうなんて、このご時世にすごい大金星だぞ。
あとでたっぷりと懸賞金が出るにちがいないな!」
「その懸賞金が目当てさ。

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