初級翻訳・豚吉とヒョロ子 第3話

夢野 久作

見ると、先に這入った豚吉は葱と豆腐のお汁を熱い御飯にかけて、フウフウ云いながら一生懸命で掻き込んでいます。
「まあ。あなたは何てみっともないたべ方をするんでしょう。そんなことをして喰べると人に笑われますよ」
と云いながら座りましたが、やがてめしやのおかみさんが持って来たお汁と御飯を引き寄せますと、お汁をちょっと嘗めまして、それからハンケチで口のまわりをよく拭いて、今度は御飯をほんの二粒か三粒ばかり固めて口の中に入れました。
夫婦はこんな風にして御飯をたべ初めましたが、豚吉の方はすぐに喰べてしまいましたけれども、ヒョロ子の方はなかなか済みません。
やっぱり一粒か二粒宛たべては、お汁をすこしずつ嘗るばかりです。
豚吉は初めのうちは我慢してジッと待っておりましたけれども、とうとう我慢しきれなくて冷かし初めました。
「お前はまあ何て御飯のたべ方をするんだ。そんなたべ方をしていると、今にお正午になって、昼の御飯と一所になってしまうぞ」
これをきいたヒョロ子は、真赤になって豚吉を睨みました。
「黙っていらっしゃい。あなたのように牛か馬見たようなたべ方をするもんじゃありません。それに私は身体が細長いから、御飯の通る道も当り前の人より細長いのです。あなたみたいにドッサリ口に入れたら、すぐに詰まって死んでしまうのです。私が死ぬのが厭なら温柔しく待っていらっしゃい」
と、なかなか云う事をききません。
豚吉は大きなあくびをして立ち上りました。
「ヤレヤレ大変なお嬢さんだ。待っているうちに、又お腹がすいて喰べたくなりそうだ。それじゃおれは外を散歩して来るから、ごゆっくり召し上れ」
と云って、裏の方へ出かけました。
豚吉は裏の方へ来て見ますと、ちょうど春で、野にはいろんな花が咲き、蝶が舞い、雲雀が舞っています。
あんまりいい景色ですから、豚吉はぼんやり立って見ていますと、すぐ眼の前の古井戸の口で遊んでいた一人の女の児が、どうしたはずみか井戸の中へ落ちました。
豚吉は驚いて駈け寄りますと、暗い底の方から女の子の泣き声がきこえます。
けれども、そこいらに梯子もなければ綱もありません。
豚吉は困りましたが、放っておけば女の児が死にそうですから、すぐに上衣を脱いで、ズボンを脱いで、シャツ一枚になって井戸の中へ真逆様に飛び込みました。
ところが身体が大きいものですから、底へ達きません。

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