初級翻訳・赤いくつ 第2話

アンデルセン ハンス・クリスチャン

カレンとお年寄りの奥さまは、麦畑の中の小道を通っていきました。
そこはかなりホコリっぽい道でした。
お寺の戸口のところに、めずらしい長いヒゲを生やした年老いた兵隊が、松葉杖にすがって立っていました。
そのヒゲは白いというより赤いほうで、このおじいさんはほとんど頭が地面につかないばかりにおじぎをして、お年寄りの奥さまに、どうぞくつのホコリを払わせて下さいとたのみました。
そしてカレンも、やはり同じように、自分のちいさい足をそっと差し出しました。
「おや、ずいぶんきれいなダンスぐつですわい。
踊るとき、ぴったりと足についていますように。」
と、老兵は言って、カレンのくつの底を、手でピタピタとたたきました。
奥さまは、老兵にお金をめぐんで、カレンをつれてお寺の中へ入っていきました。
お寺の中では、だれもかれもが一斉に、カレンの赤いくつに目をつけました。
そこに並んだのこらずの像も、みんなその赤いくつを見つめました。
カレンは聖壇の前にひざまずいて、金のさかずきをくちびるに近づけるときも、ただもう自分の赤いくつのことばかり考えていました。
赤いくつが、まるでさかずきの上にプカプカと浮かんでいるような気がしたのです。
そのため、賛美歌をうたうことも忘れていれば、主のお祈りをとなえることもすっかり忘れていました。

やがて人びとは、お寺から外に出てきました。
そしてお年寄りの奥さまは、自分の馬車にのりました。
カレンも、それに続いて足をもちあげようとしました。
すると、あの老兵がまたやってきて、
「おや、ずいぶんきれいなダンスぐつですわい。」
と、言いました。
すると、ふしぎなことに、いくら止めようとしても、カレンはふた足三足、勝手に踊りの足をふみ出さずにはいられませんでした。
そして次の瞬間から、足がひとりで勝手に、どんどん踊りつづけていったのです。
カレンはまるで、くつの言いなりになっている人形のようでした。
カレンはお寺の角のところを、ぐるぐるクルクルと踊りまわりました。
いくらふんばってみても、そうせずにはいられなかったのです。
そこで御者(ぎしゃ)があわてて追いかけていって、カレンをつかまえなければなりませんでした。
そしてカレンをだきかかえて馬車の中へ入れましたが、足はあいかわらず勝手に踊りつづけていたので、カレンをやさしい奥さまの足に、いやというほどガンガンとけりつけてしまいました。
やっとのことで、まわりのみんながカレンのくつを無理やりぬがせました。
それでようやく、カレンの足はおとなしくなったのです。

お家に帰ると、その赤いくつは、戸棚の奥深くにしまいこまれてしまいました。
けれどもカレンは、どうしてもあのくつが見たくて見たくてたまりませんでした。
さて、そんなある日、お年寄りの奥さまはたいそう重い病気にかかり、まわりの人たちの話によると、もう二度とベッドから起き上がれまいということでした。
誰かがそのそばにつきっきりで看病して、お世話をしてあげなければなりませんでした。
このことは、ほかの誰よりもまずカレンがしなければならない大切なおつとめでした。
けれどもその日は、その町で大きなお祭りダンスパーティー(舞踏会)がひらかれることになっており、カレンはそこへ招待されていたのです。
カレンは、もう助からないらしいお年寄りの奥さまの顔を見ました。
それから、戸棚の中の赤いくつをながめました。
ただながめたところで、べつに悪いことはあるまいと考えました。
――そして今度は、なんとその赤いくつをまた履いてしまったのです。
まあ、それくらいなら悪いことではないはずだ、と自分に言い訳をしながら。
――ところが、それを履いたとたん、カレンはそのまま舞踏会へ行ってしまいました。
そして、勝手に踊りだしてしまったのです。
カレンが右の方へ行こうとすると、くつは勝手に左の方へ踊り出しました。
階段をのぼって玄関へあがろうとすると、くつはあべこべに階段をおりて下のほうへ踊りだし、それから往来へと飛び出して、ついには町の門から外へと出ていってしまいました。
そのあいだ中、カレンは踊りつづけずにはいられませんでした。
そして踊りながら、まっ暗な森の中へとずんずん入り込んでいきました。
すると、上の木立のすきまになにか光ったものが見えたので、カレンはそれをお月さまではないかと思ったのでした。けれども、そこに立っていたのは、あの赤いひげを生やした恐ろしい老兵でした。老兵はうなずきながら、こう言いました。
「はて、ずいぶんきれいなダンスぐつですわい。」
それを聞いて、カレンはびっくりして、その赤いくつを脱ぎ捨てようと思いました。
けれども、くつはしっかりとカレンの足にくっついていたのです。
カレンはくつ下を引きちぎりました。
しかし、それでもくつは、まるで足の一部であるかのようにぴったりとくっついたままでした。
そしてカレンは、また踊り始めました。
畑の上だろうが、原っぱの中だろうが、雨が降ろうが、日が照ろうが、夜といわず、昼といわず、いやでもおうでも、踊って踊って、踊り続けなければならなかったのです。

けれども、夜の闇の中を進むときは、言いようのないほど恐ろしい思いをしました。
カレンは、だれもいないがらんとした墓地の中へと、踊りながら入っていきました。
しかし、そこでは死んだ人たちは踊っていませんでした。
死者たちは、踊るよりももっと面白くて大切な何かを知っていたのです。
カレンは、ニガヨモギが生い茂る、貧しい人たちのお墓に腰を下ろそうとしました。
けれどカレンは、そこに落ち着くことも、少しの間休むこともできませんでした。

そのまま踊り続け、戸の開いているお寺の入口のほうへ差し掛かったとき、カレンは一人の天使がそこに立っているのをみました。
その天使は白い長い衣を着て、肩から足まで届く大きな翼を生やしていました。顔つきはとても厳格で、手には幅の広い、ピカピカと光る剣を持っていました。
「いつまでも、お前は踊らなくてはならぬ」
天使は言いました。
「赤いくつをはいて、ずっと踊ッておれ。
お前が青白くなって冷たくなるまで、お前の体がしなびきって、ただの骸骨になってしまうまで踊るのだ。
お前は、高慢でいばった子供たちが住んでいる家を、一軒、また一軒と踊りまわらねばならん。
それは、子供たちが、お前がそこにいることを知って気味悪がるようにするため、お前がその家の戸を叩いて知らせるためなのだ。
さあ、お前は踊らなくてはならんぞ。
踊るのだ――!」
「どうかお許しください!」
カレンは叫びました。
けれども、その言葉が終わるよりも早く、くつが勝手に動き出して門の外へと飛び出し、往来や小道を通って、また畑のほうへと引っ張っていってしまったため、カレンは天使がなんと返事をしたのか、聞くことができませんでした。
カレンは、ただひたすらに踊り続けなければならなかったのです。

ある朝、カレンはよく見覚えのある、一軒の家の門口を踊りながら通り過ぎました。
すると、家のなかで賛美歌を歌う声が聞こえてきて、美しい花で飾られたひつぎが、中から運び出されてきたのです。

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