初級翻訳・透明猫 第3話

海野 十三

そして、うんとおもしろいおみやげ話をしましょう」
 と、いう遺書を、机の上において去った。
妙な福の神

 どこというあてもなく、青二は歩きつづけた。
頭には、スキー帽をかぶり、風よけをふかくおろして顔をかくした。
それからオートバイに乗る人がよくかけている風よけ眼鏡をかけた。
そのガラスは黒かった。
くびのところを、マフラーでぐるぐるまいた。
くびのあたりを人に見られないためだった。
また両手には、手袋をはめた。
こうして歩いていれば、「あいつは寒がりだな」と思われるぐらいで、とがめられることはなさそうであった。
歩きながら、どうして世の中にこんな奇怪なことがあるのか、またどうしてそれが自分のからだをおそったのであろうかと、いろいろ考えつづけた。
そのうちに、歩きくたびれて、青二は小公園のベンチに腰をおろした。
おなかもすいたので、包をあけて、パンを取出してたべた。
びんにつめていた水をのんだ。
おなかのすいたのが少しなおり、のどのかわきがとまった。
だが、青二はかなしくなった。「この次の食事から、自分で買って、たべなくてはならない。
お金はすこしあるが、一日二日たてば、それもなくなるだろう。
それから先はどうしたらいいのだろう」
 青二はうちへもどろうかと考えた。
「いやいや、こんな化け物みたいなからだを持って帰ったら、お母さんがなげきかなしむばかりだ。
どんなにうちがこいしくても、自分はうちへかえれないのだ」
 ぽたぽたであつい涙が青二のほおをつたって、膝のうえへ落ちた。
「おい坊や。
なにをそんなにふさいでいるんだい」とつぜん声を青二にかけた者がいた。
青二はびっくりして顔をあげた。
するとそこには一人の青年が立っていた。
ダブルの背広を着、頭髪をながくのばして、きれいに分けた紳士風の青年だった。
しかし服装の小ぎれいなわりに、顔はやけトタンのようにでこぼこし、四角な頬には、にきびがたくさんふき出ていた。
が、青年は、にこやかに笑顔をつくって、青二を見下ろしていた。
「泣くなんて、男の子のすることじゃないよ。
おれだって引揚げて来たときは泣きたくなったさ。
だけど、泣いたってしょうがないと思ってあきらめて、あとはどんな苦しいことがあっても、にこにこして暮らしているさ。
楽天主義にかぎるよ。
そして困ったら、三日でも四日でもよく考えるんだ。
考えて、道がひらけないことってないよ。
坊やお前はうちがないんだろう」
 いいえ、と答えようとしたが、青二は今はうちを出たんだから自分はうちなしだ。
だから青二はうなずいた。
青年は「そうだろうと思った」といって「それから、食うに困っているんだろう」ときいた。
青二は、やっぱりうなずくしかなかった。
「よおし、心配するな。
おれについて来い。
お前ひとりぐらいは、たらふく食わせてやる。
さあ行こう」
 どうしてその青年が、青二にそう親切なのか分らなかった。
しかし今はその青年に力を借りるよりほか道がないことが、青二に分っていた。
そこで青二は、この青年に、重大な秘密をあかすことにした。
ただし青二は、自分のことは、さすがにいいだすことが出来なかった。
猫のことだけを話したのである。
すると青年六さんは、目をかがやかして喜んだ。
「え、そいつは、すばらしいじゃないか。
たいへんな金もうけがころがりこんだものだ。
いや……お前、これは大もうけになるぜ。
おれに万事をまかせなよ。
そして利益は五分五分に分けよう」
 六さんはすっかり乗り気になった。
「ところでちょっと、その本尊さまというのを見せてくれよ」
 そこで青二は、猫のはいっているふろしきを、六さんにさわらせた。
「なるほど、たしかにこの中に、猫みたいなものがはいっているぞ」
「そこで、ふろしきの中をのぞいてごらん」
 青二は、ふろしきのはしをすこしあけて、六さんに中をのぞかせた。
「おや、いないね。
あら、ふろしきの外からさわると、ちゃんとはいってるんだが……」
 ふしぎに思った六さんは、こんどは手袋をはめた手を、ふろしきの中にさしいれた。
「ありゃりゃ、おどろいたなあ。
ちゃんと猫みたいなもののからだにさわる。
ふーん、やっぱり透明猫だ。
インチキじゃねえ。
へえーっ、お前はまあ、大した金のなる木を持っているじゃねえか。
よし、これなら小屋がけをして、一人十円の入場料で、いらっしゃい、さあいらっしゃい、さあいらっしゃいとやれば、一日に二千人ははいる。
すると一ン二が二で二万円」
 青二はおどろいた。
何といい計算の名人だろう。
「二万円はすこし少ないなあ。
入場料を二十円にあげる。
そのかわりお客をあおってしまう。
ええっと『十万円の懸賞』だとゆくんだ。
『もしこの透明猫がインチキなることを発見されたるお客さんには、即金で、十万円を贈呈いたします』と書いてはりだすんだ。
するてえと、慾の皮のつっぱった連中がわんさわんさとおしかけて、十万円とふしぎな見世物の両方につられてどんどんはいる。
二十円の入場料だってやすいくらいだ。
まず一日に二万人ははいるね。
すると二二ンが四で、四十万円だ。
ほう、これはこたえられねえ」

   大懸賞の見世物

 その小屋がけは、六さんの顔がすこしはきく、ある盛り場にたてられた。
「現代世界のふしぎ、透明猫あらわる」
「これを見ないで、世界のふしぎを語るなかれ」
「シー・エッチ・プルボンドンケン博士曰く、“透明猫は一万年間に一ぴきあらわれるものであるんである”と」
「インチキにあらず。
ちゃんと生きています。
インチキを発見された方には、即金で金十万円也を贈呈します。
透明猫普及研究協会総裁村越六麿敬白」 六さんはえらい名前までこしらえて、でかでかと、とびらにはり出した。
こいつは、はたして大あたりだった。
二十円をはらして入場者がはいること、はいること。「大入り満員につき、ただいまからしばらく入場をお断りしまーす!
そのあいだに、そこの壁に貼ってある『透明猫いけどりの大冒険の図』をごらんください!
こっちにあるのは、うそ偽りのない透明猫の写真でございまーす!
今ここを見のがしたら、一生のあいだ自慢できるお話ができませんよ!
さあさあ、いらっしゃいいらっしゃい!
いやあ、もうしばらくは大入り満員で入場ストップでーす!」

六さんは大げさな格好をして、小屋の前に集まってきた人たちをどんどん盛り上げていきます。
テントの中では、青二がこれまた案内役の派手な衣装を着て、顔や手足、のどまでしっかり隠し、きれいに飾り立てられた小さなお宮(おみや)のような「透明猫」の箱のそばに立っていました。
そして、押し寄せるお客さん一人一人に、箱の上にあいた穴から手を入れてもらい、中の透明猫をなでさせていたのです。

猫のほうは、せっかく気持ちよく眠っていたのに、たくさんの人間に次々となでられたり、毛を引っ張られたり、つかまれたりするので、すっかりご機嫌斜めです。
箱の中で大暴れしながら、「ふーっ!」「きゃあーっ!」とうなり声をあげました。
それがまた、お客さんたちの心をがっちりと掴んだのです。

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