最近の世にある、作り話の御伽百物語(おとぎひゃくものがたり)のたぐいと比べると、あちらの人たちは最初から面白おかしく作ろうという下心がみみっちく、書かれていることが本当のことでないと誓うこともできません。
ぼくは、この自分の本がそんな俗なものと並べられることを、心から恥ずかしいと思っています。
要するに、この本に書かれていることは「現在起きている本当の事実」なのです。
ただこの一点だけでも、この本にはここに堂々と存在してよい立派な理由があると、ぼくは強く信じています。
ただ、この物語を集めた鏡石くんはまだ年齢が二十四、五歳ですし、ぼくも彼より十歳年上の若造にすぎません。
「今の世の中は仕事や事業がたくさんある忙しい時代なのに、お前たちは事件や問題の大小もわきまえずに、そんなものに時間や力をつかうなんて、場所を選んでいない(当を失っている)」と責める人がいたら、どう答えたらいいでしょう。
「明神山(みょうじんやま)のミミズクみたいに、あまりにも耳をピンと尖らせて、あまりにも目を丸くしすぎているじゃないか」と、おせっかいに怒る人がいたら、どうすればいいのでしょうか。
まあ、どうしようもありません。しかたがありません。
この本に対する責任は、すべてこのぼくがひとりで背負わなければならないのです。おきなさび飛ばず鳴かざるをちかたの森のふくろふ笑ふらんかも
柳田国男
もくじ
(下の数字は、本の中のお話の番号だよ。ページ数じゃないから気をつけてね)
地勢(土地のようす) 一、五、六七、一一一
神の始(神さまのはじまり) 二、六九、七四
里の神(村の神さま) 九八
カクラサマ 七二―七四
ゴンゲサマ 一一〇
家の神(おうちの神さま) 一六
オクナイサマ 一四、一五、七〇
オシラサマ 六九
ザシキワラシ 一七、一八
山の神(山のかみさま) 八九、九一、九三、一〇二、一〇七、一〇八
神女(神さまにつかえる女性) 二七、五四
天狗(てんぐ) 二九、六二、九〇
山男(やまおとこ) 五、六、七、九、二八、三〇、三一、九二
山女(やまおんな) 三、四、三四、三五、七五
山の霊異(山で起きたふしぎな出来事) 三二、三三、六一、九五
仙人堂(せんにんどう) 四九
蝦夷の跡(えぞのあと) 一一二
塚と森と(お墓と森) 六六、一一一、一一三、一一四
姥神(うばがみ) 六五、七一
館の址(むかしのお城のあと) 六七、六八、七六
昔の人(むかしの人たち) 八、一〇、一一、一二、二一、二六、八四
家のさま(おうちのようす) 八、八三
家の盛衰(家が栄えたりさびれたりすること) 一三、一八、一九、二四、二五、三八、六三
マヨイガ(迷い家) 六三、六四
前兆(これから起きることのしるし) 二〇、五二、七八、九六
魂の行方(たましいのゆくえ) 二二、八六―八八、九五、九七、九九、一〇〇
まぼろし(幻・幻のようなできごと) 二三、七七、七九、八一、八二
雪女(ゆきおんな) 一〇三
川童(かっぱ) 五五―五九
猿の経立(さるのふけだつ・年老びたすごい猿) 四五、四六
猿(さる) 四七、四八
狼(おおかみ) 三六―四二
熊(くま) 四三
狐(きつね) 六〇、九四、一〇一
色々の鳥(さまざまな鳥たち) 五一―五三
花(はな) 三三、五〇
小正月の行事(小さなお正月の行事) 一四、一〇二―一〇五
雨風祭(あめかぜまつり) 一〇九
昔々(むかしむかしのお話) 一一五―一一八
歌謡(歌) 一一九
一
遠野郷(とおのごう)は、今の陸中(りくちゅう)の上閉伊郡(かみへいぐん)の西半分にあたる、まわりを高い山々に囲まれた平らな土地だよ。
今の新しい村の分け方では、遠野(とおの)、土淵(つちぶち)、附馬牛(つズムうし)、松崎(まつざき)、青笹(あおざさ)、上郷(かみごう)、小友(おとも)、綾織(あやおり)、鱒沢(ますざわ)、宮守(みやもり)、達曾部(たっそべ)という、ひとつの町と十個の村に分かれているんだ。
最近では「西閉伊郡(にしへいぐん)」と呼ばれることもあるし、昔の時代には「遠野保(とおののほ)」とも呼ばれていたんだよ。
いま郡の役所がある遠野町は、その中の一つの郷の中心地であって、昔の南部(なんぶ)というお殿さまの一万石のお城下(じょうか)だったところなんだ。
そのお城は、横田城(よこたじょう)とも呼ばれていたよ。
この遠野へ行くには、花巻(はなまき)の駅で汽車を降りて、北上川(きたかみがわ)を渡り、その川の支流である猿ヶ石川(さるがいしかわ)の谷に沿って東の方へ十三里ほど進むと、遠野の町にたどり着くんだ。
山の奥深くにある場所としては、とてもめずらしくてにぎやかな土地だよ。
昔からこう言い伝えられているんだ。遠野郷の土地は、大昔はぜんぶが一つの大きな湖だったけれど、その水が猿ヶ石川となって人の暮らす世界へ流れ出たことで、自然とこのような村や町ができたんだって。
だから、まわりの谷川でこの猿ヶ石川に流れ込む川はものすごくたくさんあって、土地の人たちは「七内八崎(しちないはちさき)」と呼んでいるんだよ。
「内(ない)」というのは沢や谷のことで、東北地方(奥州)の地名にはよく使われている言葉なんだ。
(ちなみに、遠野郷の「トー」という名前は、もともとはアイヌ語の「湖(うみ)」という意味の言葉からきているはずだよ。「ナイ」という言葉もアイヌ語なんだよ)
二
遠野の町は、南北を流れる川が合流する場所にあるんだ。昔は「七七十里(ななななじり)」といって、七つの谷のそれぞれ七十里も離れた奥のほうから、売買のための品物が集まってきて、市の立つ日には千匹の馬と千人の人が集まってとってもにぎやかだったんだよ。
四方の山々の中で、いちばん高くて立派な山を「早池峯(はやちね)」というよ。北のほうの、附馬牛(つズムうし)の奥にあるんだ。
東のほうには「六角牛山(ろっこううしさん)」がそびえ立っているよ。
「石神(いしがみ)」という山は、附馬牛と達曾部(たっそべ)の間にあって、高さは前の二つの山よりはちょっと低いんだ。
むかしむかし、女神さまがいて、三人の娘を連れてこの高原にやってきたんだ。今の来内村(らいないむら)にある伊豆権現(いずごんげん)のお社(やしろ)があるところに泊まった夜、「今夜、いちばんいい夢を見られた娘に、いちばんいい山をあげよう」と母の神さまが言って眠ったんだよ。
そしたら夜中深くに、天から光り輝く花(霊華:れいか)がひらひらと舞い降りてきて、お姉ちゃんの胸の上に止まったんだ。それを見た一番下の妹の娘が、そっと目を覚ましてこっそりその花を取り、自分の胸の上にちょこんと乗せたものだから、最後にはいちばん美しくて立派な早池峯の山を手に入れることになったんだ。お姉ちゃんたちは、六角牛山と石神山を手に入れたんだよ。
若い三人の女神さまはそれぞれ三つの山に住んでいて、いまもその山を自分の領地として治めているんだ。だから、遠野の女の人たちは、女神さまが嫉妬(しっと)するのを怖がって、いまでもこの山には遊びに行かないんだよ。
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