オオカミはその場でバッタリと息絶えて死にましたが、鉄も仲間たちに担がれて家に帰ったあと、まもなく亡くなってしまいました。
○ワッポロとは、当時の上着(羽織)のことです。
四三 一昨年の『遠野新聞』にも、この記事が載っていました。
上郷村(かみごうむら)の「熊(くま)」という男が、友人といっしょに雪の積もった日に六角牛山へ狩りに出かけ、谷の深くまで入り込みました。すると、本物の大きなクマの足跡を見つけたので、二人で手分けしてその足跡を追いかけました。男が峯の方へと進んでいくと、なんと岩の陰から巨大なクマがこちらをじっと見つめていました。
鉄砲で撃つにはあまりにも距離が近すぎたため、男はなんと銃を思い切って投げ捨て、そのままクマに飛びかかって抱きつき、二人でもつれ合うように雪の上を転がりながら谷底へ落っこちていきました。
一緒にいた友人は「なんとか助け出さなければ!」と後を追いましたが、とても力が及びません。
やがて二人は冷たい谷川にドチャンと落ち込み、人間がクマの下敷きになって水の中にズププと沈んでいしまいました。その水中で動けない隙に、友人が駆けつけてその暴れん坊のクマをピストルで撃ち取りました。
男は水にも溺れず、クマの爪による引っかき傷を数ヶ所受けたものの、命に関わるような大けがにはならずに済んだということです。
四四 六角牛山の峯続きの山で、橋野(はしの)という村の上にある山に、昔は銅山(金坑)がありました。
この鉱山で働くために炭を焼いて暮らしている男がいました。この男もまた、横笛を吹くのがものすごく上手な人でした。ある日の昼間、小屋の中であおむけにゴロンと寝転がりながら、のんびりと笛を吹いていたところ、小屋の入口に下げてあったすだれ(垂菰=たれごも)を、誰かが手でグイッとめくりました。
「おやっ?」と思ってびっくりしてガバッと起き上がって見てみると、そこにいたのはなんと「猿の経立(さるのふったち=妖怪のように変化した巨大なサル)」でした。
男があまりの恐ろしさにブルブル震えながら起き直ると、そのサルはおもむろに向こうの方へスタスタと走り去っていきました。
○上閉伊郡栗橋村大字橋野でのこと。
四五 「猿の経立」は、姿かたちが人間によく似ていて、色恋沙汰(女色)が大好きで、里の女性をこっそり連れ去ってしまうことがよくありました。
体の毛にマツヤニ(松脂)を塗りたくって、その上にザラザラの砂を全身にくっつけているため、その毛皮はまるで頑丈な鎧(よろい)のようで、鉄砲の弾丸ですらまったく通さないと言われています。
四六 栃内村(とちないむら)の林崎(はやしざき)に住むある男は、今はもう五十歳近くなります。
これは、今から十年あまり前のことですが――四六 栃内村(とちないむら)の林崎(はやしざき)に住むある男は、今はもう五十歳近くなります。これは、今から十年あまり前のことですが――六角牛山にシカを撃ちに行き、オキ(鹿笛)をピーッと吹いていたところ、なんと「猿の経立(さるのふったち=巨大な妖怪ザル)」が現れました。男は最初、それを本物のシカだと思い込み、地面の竹をかき分けながら進んでいきましたが、向こうから大きな口をぽっかりと開けて、山の峯の方から下りてきたのです。男はあまりの恐ろしさに肝がすっかり潰れ、笛を吹くのをピタッとやめると、サルはすぐに方向をくるりと変えて、谷の方へスタスタと走り去っていきました。
○オキとは、シカをおびき寄せるための鹿笛のことです。
四七 この地方では、子どもを怖がらせておとなしくさせるときに「六角牛の猿の経立が来るぞー!」と言うのが、ごくふつうの決まり文句になっています。この山には、サルが本当にたくさん住んでいるのです。緒※の滝(※文字は偏が「糸」に旁が「者」)という場所を見に行くと、がけっぷちの木のてっぺんに何匹ものサルがとまっており、人間を見つけると、ギャーギャーと逃げながら木の実をめがけて投げつけてくるのです。
四八 仙人峠(せんにんとうげ)にもたくさんのサルが住んでいて、山を通る人たちをからかっては、小石をパチパチと投げつけてきたりします。
四九 仙人峠は、上りが十五里、下りも十五里というものすごく長い道のりです。その道の真ん中あたりに、仙人の石像をまつ小さなお堂があります。このお堂の壁には、旅人たちがこの山の中で出くわした不思議な出来事を書き残していくというのが、昔からの決まり(習慣)になっていました。
たとえば、「私は越後(えちご)の者ですが、何月何日の夜、この山道で若い女の人が髪をフワッと垂らしている姿に出会いました。その女の人はこちらを見てニコッと笑いました」というようなことが書かれています。また、「この場所でサルにイタズラをされた」とか、「三人の山賊にばったり出会った」というようなことも、ノートのように書き記されているのです。
○ここでの「一里」も、山の中の細い小道での距離です。
五〇 死助(しすけ)の山には、「カッコ花」というめずらしい花が咲いています。遠野の郷(さと)でも、なかなかお目にかかれないとても珍しい花です。五月のころ、カッコウ(閑古鳥)が鳴く季節になると、村の女の人や子どもたちはこの花を摘みに山へ出かけます。摘んだ花を酢の中にポンと漬けておくと、きれいな紫色に変わります。そして、ホオズキの実のように口に含んでプーッと息を吹き鳴らして遊ぶのです。このカッコ花を摘みに行くことは、若い子どもたちにとって、山遊びの中でいちばんのお楽しみでした。
五一 山の中にはいろいろな鳥が住んでいますが、その中でもいちばん寂しそうな声で鳴く鳥の名前は「オット鳥(どり)」といいます。夏の夜の真ん中に鳴き声を響かせます。浜の大槌(おおつち)の方から、荷物を馬につけて運ぶ仕事の人たち(駄賃附=だちんづけ)が峠をはるばる越えてくると、はるか下の谷底の方からその物悲しい声が聞こえてくるといわれています。
昔あるところに、裕福な長者の娘がいました。その娘は、同じく別の長者の男の子と仲良くなり、二人で山へ出かけて楽しく遊んでいました。ところが、ふとした拍子にその男の子の姿が見えなくなってしまいました。娘は夕方になり、すっかり夜になるまで山の中を探し歩きましたが、どうしても見つけることができませんでした。そして悲しみのあまり、ついにこの「オット鳥」という鳥になってしまったのだという言い伝えがあります。
鳥が「オットーン、オットーン」と鳴くのは、「夫(おっと)よ」と呼ぶ声なのです。鳴き声の終わりの方がすーっとかすれていき、なんとも切なくあわれな声で鳴きます。
五二 馬追鳥(うまおいどり)は、時鳥(ほととぎす)に姿がよく似ていて少しだけ大きく、羽の色は赤みを帯びた茶色で、肩のあたりには馬の綱のようなシマ模様があります。胸のあたりには、馬の口にはめる「クツゴコ(口籠)」のような模様があるのが特徴です。
この鳥についても、こんな悲しいお話があります。ある長者の家の奉公人が、山へ馬を放しに行き、さあ家へ帰ろうとしたところ、なぜか馬が一匹足りませんでした。
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