初級翻訳・遠野物語 第21話

柳田 国男

丘の一番てっぺんにはウツ木(うつぎ)の木がぐるりと植えられており、その入り口のあたりは東のほうを向いていて、まるで門の口のようになっている場所があります。
その真ん中あたりには、大きな青い石が置いてあります。
かつてその石の下を試しに掘ってみた人がいましたが、そのときは何も見つかりませんでした。
のちに、もう一度そこを掘ってみた人は、大きなカメ(瓶)があるのを発見しました。
しかし、村の老人たちが激しく怒ったため、その人たちはまたもとの状態に戻しておきました。
ここは、昔このあたりにあった館(たて:城や砦)の主のお墓なのではないかといわれています。
この場所のすぐ近くにある館の名前は「ボンシャサの館」と呼ばれています。
いくつかの山を人工的に掘り割って水を引き込み、三重にも四重にも堀をめぐらせていた跡があります。
まわりには「寺屋敷」や「砥石森(といしもり)」といった地名が残っています。
井戸の跡だといわれる石垣もまだ残っており、ここは山口の孫左衛門(まござえもん)という人のご先祖様が住んでいた場所だということです。
このあたりの詳しいことは『遠野古事記』に書かれています。

一一五 昔ばなしのことを、この地方では「昔々」と言います。
中でも「ヤマハハ」にまつわるお話が一番たくさん残っています。
ヤマハハとは、いわゆる「山姥(やまんば)」のことでしょう。
そのお話の中から、一つか二つをここに書き残しておきましょう。

一一六 昔々、あるところに「トト(お父さん)」と「ガガ(お母さん)」がいました。
ふたりには可愛い娘が一人ありました。
ある日、ふたりは娘を家に残して町へ出かけることになりました。「誰が来ても絶対に戸を開けてはいけないよ」と固く言い聞かせ、鍵をしっかり掛けて出かけていきました。
ひとりで留守番をしていた娘はとても怖がり、炉端(いろばた)にじっと縮こまっていました。すると真昼間に、家の戸をドンドンと叩いて「ここを開けなさい!」と呼ぶ声がしました。
「開けないなら、蹴破るぞ!」とものすごい勢いで脅されてしまったため、娘はしかたなく戸を開けてしまいました。すると中に入ってきたのは、恐ろしいヤマハハでした。
ヤマハハは囲炉裏の横座にドカッと踏みはたかり、「さあ、火にあたらせろ、そしてご飯を炊いて食わせろ!」と言いました。
娘はその言葉に従って急いでご飯の支度をしてヤマハハに食べさせました。そして、ヤマハハが食べているその隙に、こっそりと家から逃げ出しました。
しかし、ご飯をペロリと食べ終えたヤマハハはすぐに娘の後を追いかけてきました。おいおいと距離が縮まり、今にも背中に手が届きそうになったその時、山の陰で柴(たきぎ用の小枝)を刈っているおじいさんに出会いました。
娘は「おら、ヤマハハに追いかけられているんだ! どうか隠してくれよ!」と頼み込み、おじいさんが刈り集めておいた柴の山の中に隠れました。
すると、ヤマハハがすぐ後ろまで追いかけてきて、「どこに隠れたんだ!」と柴の束をのけようとしました。しかし、柴の束を抱えた拍子に、ヤマハハはそのまま山から滑り落ちてしまいました。
その隙にまたそこから逃げ出した娘は、今度は萱(かや)を刈っている別のおじいさんに出会いました。
娘はまた「おら、ヤマハハに追いかけられているんだ! どうか隠してくれよ!」と頼み、刈り置いてあった萱の中に隠れました。
ヤマハハはまたすぐに追いかけてきて、「どこに隠れたんだ!」と萱の束をのけようとしました。しかし、またしても萱の束を抱えたまま、山から滑り落ちてしまいました。
その隙にふたたび逃げ出した娘は、やがて大きな沼の岸へとたどり着きました。
これ以上逃げる道がなかったので、娘は沼の岸にある大木のてっぺんへと駆け登りました。
それを追ってきたヤマハハは、「どこへ行ったんだ、逃がすものか!」と叫びながら、沼の水に映った娘の影を本物だと思い込んで、そのまま沼の中へ飛び込んでしまいました。
娘はその隙にまたそこから走り出し、一軒の笹小屋を見つけました。中に入ってみると、一人の若い女がいました。
娘はこの女にもこれまでの事情をすべて話し、石の唐櫃(からびつ:頑丈な石の箱)の中に隠してもらいました。
そこへヤマハハがまたすごい勢いで飛び込んできて、「娘はどこだ!」と居場所を問い詰めました。しかし、家の中にいた女は「いいえ、知りません」としらを切りました。
するとヤマハハは、「いや、来るはずがないわけがない。なんだか人間くさい匂いがするぞ!」と言いました。
女は機転を利かせて、「それはさっき、雀をあぶって食べたからだよ」と答えました。それを聞いたヤマハハも納得し、「そうか、それなら少し寝るとするか。石の唐櫃の中にしようか、それとも木の唐櫃の中がよいか……。石は冷たいから、木の唐櫃の中にしよう」と言って、木で作られた唐櫃の中に入り込んで眠りこみました。
家の中にいた女は、すかさずその唐櫃に鍵をガチャンと下ろしました。そして、石の唐櫃の中に隠れていた娘を連れ出し、「わたしもヤマハハにここに連れてこられた者だから、ふたりで力を合わせてこいつをやっつけて、里へ帰ろう!」と言いました。
ふたりは鉄の錐(きり)を真っ赤に焼いて、木の唐櫃の隙間から何箇所も突き刺しました。しかしヤマハハはそんなこととは露知らず、「なんだか外でハツカネズミがチョロチョロしているよ」とのんきなことを言っていました。
それからふたりは湯をぐつぐつと煮立てて、焼いた錐の穴から熱湯をドボドボと流し込みました。ついにそのヤマハハを殺すことに成功し、ふたりは手を取り合ってそれぞれの親の家へと帰っていきました。
昔々のお話の終わりは、いつも決まって「コレデドンドハレ(これでおしまい、めでたしめでたし)」という言葉で結ばれるのです。

一一七 昔々、あるところにもトトとガガがいました。ふたりは娘が嫁に行くための支度品を買いに町へ出かけることになり、「留守中には戸をしっかり閉めておくんだよ。誰が来ても絶対にあけてはいけません」と言い残して出かけました。娘が「はーい」と返事をすると、ふたりは出かけていきました。
お昼どきになると、ヤマハハがやってきて娘を捕まえて食べてしまいました。そして、なんと娘の皮を自分の体にかぶり、まるでその娘そっくりのふりをして家に居座りました。
夕方になって、ふたりの親が町から帰ってきて、「おおい、いい子やめいこ(娘の名前)、家におるかー?」と門の口から呼びかけました。
するとヤマハハは娘の声を真似て、「あ、おるよー! 今日は帰りが早かったんだねぇ」と答えました。
親御さんたちは、買ってきたいろいろな支度品を娘に見せ、娘が喜ぶ顔を見ようとしたのですが……。次の日、夜が明けたころに、家のニワトリがパタパタと羽ばたいて、「ヌカヤ(物置)の隅っこをごらんよ、ケケロ!」と鳴きました。
「いやはや、いつものと違う、変なニワトリの鳴き方だなあ」と、お父さんとお母さんは思いました。
それから、いよいよお嫁さんを馬に乗せて送り出そうとして、「さあ、今から出発だ」というときに、またニワトリが鳴きました。

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