初級翻訳・遠野物語 第22話

柳田 国男

その鳴き声は、「おりこひめこ(本当の娘)を乗せないで、ヤマハハを乗せたぞ、ケケロ!」と聞こえました。
ニワトリがこれを何度も繰り返して歌ったので、お父さんもお母さんも、ここで初めてハッと気がつき、ヤマハハを馬から引きずり下して退治しました。
それから、物置であるヌカヤの隅っこを見に行ってみると、本当の娘の骨が山ほどありました。
○ヌカヤとは、荷物などを置いておく物置のことです。

一一八 「紅皿(べにざら)欠皿(かけさら)」というお話も、遠野の郷(さと)に伝わっています。
ただ、欠皿の方のお話は、その主人公の名前を「ヌカボ」と言います。
ヌカボとは、空穂(うつぼ:矢を入れる道具の名前ですが、ここでは昔話の特別な呼び名)のことです。
意地悪な継母(ままはは)にいじめられたけれど、神さまの不思議なめぐみがあって、最後には大金持ちのお嫁さんになるというお話です。
このお話の中には、たくさんのすてきな場面や絵に描きたくなるような美しい情景が詰まっています。
また機会があったら、もっと詳しく書き残すことにしましょう。

一一九 遠野の郷の獅子踊り(ししおどり)で、大昔から使われている歌のメロディーと歌詞があります。
村によって、また歌う人によって少しずつちがいはありますが、私が耳にしたものは次のとおりです。
これは百年以上も昔に書き写されたものです。
○獅子踊りは、この遠野の地方ではそんなに古くからあるものではありません。
昔の時代に、ほかの場所から伝わってきたものだということを、みんなよく知っています。

橋ほめ(橋をたたえる歌)

一 はるばるやって来て、この橋をごらんください。いったいどんな名人が踏み初めをしたのだろう。わたるのがもったいなくて這いつくばるほど立派なものだよ。
一 この立派な御馬場(おばば:馬を走らせる馬場)をごらんください。杉原の七里から、遠野の大門(だいもん:門の名前)まで続いているよ。

門ほめ(門をたたえる歌)

一 はるばるやって来て、この門をごらんください。ヒノキやサワラの木で門を建てて、これこそ本当にめでたい白銀(しろかね)の門だ。
一 門のとびらを押し開いてごらんください。なんと素晴らしい、新しい御世(みよ:めでたい時代)の景色だよ。

       ○

一 はるばるやって来て、この立派な本堂をごらんください。いったいどんな大工さんが建てたのだろう。
一 建てた人はご自分の手で、むかしの伝説の名人「飛騨の匠(ひだのたくみ)」のように建てたお寺だよ。

小島ぶし(小島の歌)

一 小島ではヒノキやサワラの木で門を立てて、これこそ本当にめでたい白金の門だ。
一 白金の門のとびらを押し開いてごらんください。なんと素晴らしい、新しい御世の景色だよ。
一 八つ棟(やつむね:複雑で立派な屋根のつくり)のてっぺんにはヒノキの皮でぶいた屋根、その上に元気に生い茂っている唐松(からまつ)。
一 唐松のすぐ脇、左側にはコンコンと湧き出る泉の水があって、いくら汲んでも飲んでも決して枯れないものだよ。
一 朝日はピカッと差し込み、夕日はギラギラと輝く大きなお寺だ。桜色のかわいい稚児(ちご:お寺にいる子供たち)が百人もいる。
一 天からおとずれる千代の硯の水、いつまでも変わらずにそこに立っている。

馬屋ほめ(馬屋をたたえる歌)

一 はるばるやって来て、この御台所(みだいどころ)をごらんください。め釜(ご飯を炊く大釜)をかぞえると、釜がなんと十六個もある。
一 十六個の釜でみんなのご飯を炊くときは、四十八頭の馬で朝の草を刈りに行くんだ。
一 その馬で朝の草といっしょに、キキョウや小さなカヤの草をいっしょに刈り集めて、色とりどりの花でキラキラと輝く馬屋(うまや)だなあ。
一 その輝く馬屋の中ですばらしい名馬が、自分のいる場所を自慢するように足で地面をパタパタと掻いているよ。

       ○

一 このお庭には歌のやり取り(冗談や楽しい言葉)があると聞いている。あしらいながらも、なんだか心がはずむね。
一 わたしたちは今日という日にすっかりなじんで、今日そして明日も楽しく遊ぼう。ちょっとした失敗は大目に見ておくれよ。
一 障子のことを言い出したらきりがない。ちゃんと一礼をして、さあここから出発しよう、旅の仲間たちよ。

桝形ほめ(城や屋敷の四角い桝形をたたえる歌)

一 はるばるやって来て、この桝(ます)の形をごらんください。四方八方すべてがピシッと四角い桝の形をしたお庭だよ。
一 はるばるやって来て、このお宿をごらんください。まるで人の心がこもった素晴らしいお宿だと申そう。

町ほめ(町をたたえる歌)

一 はるばるやって来て、この町をごらんください。縦の町は十五里、横の町は七里、あれれ、出羽(でわ:遠くの地方)の国へと迷い込みそうな仲間たちだ。

○「出羽」という字の意味は、じつはよく分かっていません。
けんだんほめ(代官様をたたえる歌)

一 はるばるやって来て、このけんだん様(代官様)をごらんください。町の真ん中にはパッと旗を立てている。
一 その旗が立っているのは、立町(たちまち)と油町(あぶらまち)。
一 けんだん殿は二階のお座敷ですやすやと昼寝をしていて、たくさんの銭を枕にして、金貨をおもちゃにして遊んでいるよ。
一 はるばるやって来てこの御札(おふだ)をごらんになると、すっきりと美しくて、少しの汚れもない立派な御札だ。
一 高いところを「お城」と呼び、低いところを「城下町」と呼ぶんだよ。

橋ほめ

一 はるばるやって来てこの橋をごらんになると、黄金(こがね)の辻(十字路)に、白金(しろかね)の橋がかかっている。

上ほめ(お堂などをたたえる歌)

一 はるばるやって来てこのお堂をごらんください。四方どこを見回しても、くさびがたったの一本だけで見事に組み立てられている。
一 お扇子をとったり、数珠(じゅず)をとったりして、上の方へお参りに行けば、きっとありがたいご利益(りやく)があるものだよ。

○「すず」は数珠(お祈りのときに使う数珠)のことで、「りそう」は利生(仏さまのめぐみ・ご利益)のことでしょう。
家ほめ(家をたたえる歌)

一 この立派な梁(はり)に、黄金のたる木を渡し、屋根のてっぺんには水の上を走る波のように素晴らしい飾り(棟木)がそびえ立っている。

○「こりばすら」という言葉の文字は、はっきり分かっていません。
浪合(なみあい:宴会の席での歌や踊りにまつわる歌)

一 このお庭には歌の名人がいると聞いている。歌いながらも、なんだか心がウキウキして恥ずかしくなるね。
一 雲繝縁(うんげんべり:高価な畳のヘリの模様)、高麗縁(こうらべり:外国風の立派な畳のヘリ)、美しい山や花が描かれたござを、この素晴らしいお庭へとどんどん敷いておくれ。
○雲繝縁も高麗縁も、とても贅沢で立派な畳のフチのことです。
一 立派な飾り台の上に、宝石のように輝くお酒の盃(さかずき)をそっと据えて、この素晴らしいお庭へとまっすぐに整えて置くよ。
一 十七、十八の若い娘たちが、お茶をひいたり手をおいしそうに動かしたりしながら動き回ると、お庭全体がパッと明るく輝くよ。

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