初級翻訳・酒虫 第3話

芥川 竜之介

眼にはいるのは、それだけであるが、同時に、劉の想像には、その瓶のうす暗い内部に、黄金のやうな色をした酒のなみ/\と湛へてゐる容子が、浮んで来た。
思はず、ひびの出来た唇を、乾いた舌で舐めまはして見たが、唾の湧く気色は、更にない。
汗さへ今では、日に干されて、前のやうには、流れなくなつてしまつた。
すると、はげしい眩暈が、つづいて、二三度起つた。
頭痛はさつきから、しつきりなしにしてゐる。
劉は、心の中で愈、蛮僧を怨めしく思つた。
それから又何故、自分ともあるものが、あんな人間の口車に乗つて、こんな莫迦げた苦しみをするのだらうとも思つた。
そのうちに、喉は、益々、渇いて来る。
胸は妙にむかついて来る。
もう我慢にも、ぢつとしてはゐられない。
そこで劉はとう/\思切つて、枕もとの蛮僧に、療治の中止を申込むつもりで、喘ぎながら、口を開いた。
――
 すると、その途端である。
劉は、何とも知れない塊が、少しづゝ胸から喉へ這ひ上つて来るのを感じ出した。
それが或は蚯蚓のやうに、蠕動してゐるかと思ふと、或は守宮のやうに、少しづゝ居ざつてゐるやうでもある。
兎に角或柔い物が、柔いなりに、むづりむづりと、食道を上へせり上つてゐるのである。
さうしてとうとうしまひに、それが、喉仏の下を、無理にすりぬけたと思ふと、今度はいきなり、鰌か何かのやうにぬるりと暗い所をぬけ出して、勢よく外へとんで出た。
と、その拍子に、例の素焼の瓶の方で、ぽちやりと、何か酒の中へ落ちるやうな音がした。
すると、蛮僧が、急に落ちつけてゐた尻を持ち上げて、劉の体にかゝつてゐる、細引を解きはじめた。
もう、酒虫が出たから、安心しろと云ふのである。
「出ましたかな。
」劉は、呻くやうにかう云つて、ふらふらする頭を起しながら、物珍しさの余り、喉の渇いたのも忘れて、裸のまま、瓶の側へ這ひよつた。
それと見ると、孫先生も、白羽扇で日をよけながら、急いで、二人の方へやつて来る。
さて、三人揃つて瓶の中を覗きこむと、肉の色が朱泥に似た、小さな山椒魚のやうなものが、酒の中を泳いでゐる。
長さは、三寸ばかりであらう。
口もあれば、眼もある。
どうやら、泳ぎながら、酒を飲んでいるらしい。
劉はこれを見ると、急に胸が悪くなつた。
……

       四

 蛮僧の治療の効は、覿面に現れた。
劉大成は、その日から、ぱつたり酒が飲めなくなつたのである。
今は、匂を嗅ぐのも、嫌だと云ふ。
所が、不思議な事に、劉の健康が、それから、少しづつ、衰へて来た。今年で、あの酒虫を吐き出してから、もう丸三年がたちますが、昔のまるまると太っていた面影は、どこにもありません。
血色の悪い、脂ぎった皮膚が、げっそりと険しくなった顔の骨を包んでいて、霜にやられたようなまばらな眉が、こめかみのあたりにわずかに残っているだけです。一年のうちに、何度床に伏せるかわからないほど体が弱ってしまったそうです。
しかし、それ以来衰えてしまったのは、劉の健康だけではありませんでした。
劉の財産もみるみるうちに傾き、今では街の近くにあった三百畝の田んぼも、そのほとんどが他人の手に渡ってしまいました。
劉自身も、しかたなく使い慣れない鍬(くわ)を手に持って、寂しい毎日の暮らしを送っているのです。
酒虫を吐き出して以来、なぜ劉の健康は衰えてしまったのか。
なぜ財産は傾いてしまったのか――酒虫を吐いたということと、その後の劉の落ちぶれた生活を因果関係として並べてみると、これは誰の心にも浮かぶ当然の疑問です。
現にこの疑問は、長山に住むさまざまな職業の人々によって何度も口にされ、そして人々の口から、ありとあらゆる答えが語られてきました。
今、ここに挙げる三つの答えも、実はそうした意見の中からもっとも代表的なものを選んだにすぎません。
一つ目の答え。
酒虫というのは、劉にとっての「福」であって、病気などではなかった。
たまたま愚かな外国の坊主に出会ってしまったせいで、せっかく天から与えられたその福を、自分の手で失うことになってしまったのだ、という考え方です。
二つ目の答え。
酒虫というのは、劉の「病気」であって、福などではない。
なぜなら、一度に一甕(かめ)もの酒を飲み干すなんてことは、普通の人間には到底考えられないことだからだ。
だから、もしあの時酒虫を取り除かなそうしていたら、劉はまちがいなく長生きできずに死んでいたに違いない。
そう考えてみると、貧乏や病気が次々とやってくることになったとしても、それはむしろ劉にとっては幸いと言うべきなのだ、という考え方です。
三つ目の答え。
酒虫は劉の病気でもなければ、福でもない。
劉は昔から、ただ酒ばかりを飲んできた人間だ。
劉の人生から酒を取り除いてしまったら、後には何も残らない。
そうだとすれば、劉はすなわち酒虫であり、酒虫はすなわち劉なのだ。
だから、劉が酒虫を体から追い出したということは、自分で自分を殺したようなものと同じである。
つまり、酒が飲めなくなったその日から、劉は劉であって劉ではなくなってしまったのだ。
劉の本体がすでに失われてしまっていたのだとしたら、昔のような劉の健康や財産が失われてしまったことも、ごく当然の話なのだろう、という考え方です。
これら三つの答えの中で、どれが一番もっともらしいのか、それは私にもわかりません。
私はただ、中国の小説家たちの道徳的な教え(ディダティシズム)に倣って、このような道徳的な判断を、この物語の最後にずらりと並べてみただけなのです。
――五年四月――

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