どんな絵本を広げても、これほど色鮮やかで美しいものは見当たらないでしょう。ゲルダはうれしさのあまり、飛び上がって喜びました。そして、お日さまが大きなサクラの木のうしろに沈んでしまうまで、夢中になって遊び続けました。それから、きれいなベッドに入り、青いスミレの花を詰め込んだ赤い絹の掛け布団をかけて眠りました。そして、女王さまが結婚式の日々に見るような、とても素敵な夢を見たのです。
ゲルダは次の日も、暖かいお日さまの光を浴びて、花たちと一緒に遊びました。こうして、幾日も幾日も過ぎていきました。ゲルダは今では、どんな花の名前も知っています。けれど、どんなにたくさんの花があっても、なんだか一つ足りないような気がしてなりません。それが何の花なのか、自分でもわからないのです。
ある日のこと、ゲルダは腰を下ろして、花の絵が描いてあるおばあさんの日よけ帽子をじっと眺めていました。その絵の中で一番きれいだったのは、バラの花でした。おばあさんは庭のバラは残らず地面の中に隠してしまいましたが、帽子に描かれたバラの花だけは消すのを忘れていたのです。まあ、こうしたうっかりミスというものは、時々あるものですね。
「あら」と、ゲルダは言いました。「ここにはバラの花がないわ」
そう言うと、花園の中へと飛び出していき、一生懸命にバラの花を探しました。けれども、いくら探しても見つかりません。ゲルダはとうとうそこに座り込んで、泣き出してしまいました。すると、ゲルダの熱い涙が、ちょうどバラの木が沈められた地面の上に、はらはらとこぼれ落ちました。するとどうでしょう、暖かい涙に土が潤されたおかげで、たちまちバラの木が芽を出し、ぐんぐんと大きくなりました。そして、沈む前と同じように、それはそれはきれいな花を咲かせました。
ゲルダはその花に抱きついて、キスをしました。するとその瞬間に、家にある美しいバラの花のことを、そしてそれと一緒に、小さなカイのことを思い出したのです。
「まあ、あたしったら、どうしてこんなにぐずぐずしてしまったのかしら」と、小さなゲルダは言いました。「カイちゃんをさがさなければならないのに! ねえ、あなたがた、カイちゃんがどこにいるか知らない?」と、ゲルダはバラの花に尋ねました。「カイちゃんは死んで、どこかへ行ってしまったと思う?」
「死んではいませんわ」と、バラの花は答えました。「わたしたちは、いままで地面の下にいたんですのよ。そこには死んだ人はみんないるけれど、カイちゃんはいませんでしたわ」
「ありがとう」と、小さなゲルダは言いました。
それから今度は、ほかの花のところへ行って、その花びらをのぞき込んで尋ねました。
「あなたたち、カイちゃんがどこにいるか知らない?」
けれども、どの花も気持ちよさそうにお日さまの光を浴びて、うつらうつらと、自分のおとぎ話や夢を見ていました。小さなゲルダは、そういうお話をそれはそれはたくさん聞かされました。そのくせ、カイのことを知っている花は一つもありませんでした。
では、オニユリはなんと答えたでしょうか。
「ドン、ドンという太鼓の音が聞こえますね。ただこの二つの音だけですよ。いつまでも、ドン、ドンと。女たちの悲しい歌をお聞きなさい。お坊さんたちの叫び声をお聞きなさい! インド人の女が、長いまっかな着物を着て、火葬の薪の上に立っています。炎が、その女と、死んだ夫のまわりに燃え上がりましたよ。しかし、インド人の女は、そこに集まっている人たちの中の、ひとりの男のことを心に想っているのです」その男の目は、炎よりも熱く燃えています。
その男の目の輝きは、炎よりももっと強く、女の心に迫っています。
女の体は、もうすぐ、炎のために焼き尽くされて、灰になるのです。
けれども、心の炎は、火葬の炎の中で、死に絶えてしまうものなのでしょうか?」
「そんなこと、あたしにはわからないわ」と、小さなゲルダは言いました。
「これが、わたしのお話ですよ」と、オニユリは言いました。
ヒルガオは、なんと言ったでしょうか?
「せまい岩道の上まで突き出るように、昔のお城がそびえています。
しげったキヅタが、古びた赤い壁を這い登って、葉を一枚一枚と重ねながら、高い露台のところまで、まつわりついています。
その露台には、ひとりの美しいお嬢さんが立っています。
お嬢さんは、欄干から体を乗り出して、下の道を見下ろしています。
バラの木にすがすがしく咲いている花も、このお嬢さんほど清らかではありません。
風に運ばれてくるリンゴの花も、このお嬢さんのように軽やかではありません。
美しい絹の着物が、サラサラと音を立てています。
でも、このお嬢さんの待っている人は、来ないのでしょうか?」
「それ、カイちゃんのこと?」と、小さなゲルダは尋ねました。
「あたしはね、ただ、あたしのおとぎ話をお話ししただけよ。あたしの夢なのよ」と、ヒルガオは答えました。
小さいマツユキソウは、なんと言ったでしょうか?
「木と木のあいだに、長い板が綱でつるしてあるわ。ブランコなのよ。
かわいらしい女の子がふたり、ブランコに乗っているわ。
着物は、雪のようにまっ白で、帽子には、緑色の長い絹のリボンがひらひらしていてよ。
ふたりのお兄さんがブランコに乗って、腕を綱に巻きつけて、体を支えているわ。
だって、片方の手には小さなお皿を持っているし、もう一方の手には粘土のパイプを持っているんですもの。そうして、シャボン玉を吹いてるのよ。
ブランコが揺れて、シャボン玉が、いろんなきれいな色になって、飛んでいくわ。
いちばんおしまいのシャボン玉は、まだパイプの先にぶら下がって、風に揺れているわ。ブランコが動いてるのよ。
シャボン玉みたいに軽そうな、黒い小さなイヌが、後ろ足で立ち上がって、いっしょにブランコに乗ろうとしているわ。
ブランコが揺れたので、イヌが落っこちたわ。あらあら、キャンキャン吠えて、怒ってる! からかわれてるのよ。
シャボン玉が壊れたわ。
ゆらゆら揺れるブランコと、ふわふわ飛んでいく水の泡、これがあたしの歌なのよ」
「あなたのお話は、おもしろそうだわ。でも、なんとなく悲しそうにお話しするのね。それに、カイちゃんのことは、なんにも言ってくれないわ。じゃ、ヒヤシンスさんのお話は?」
「美しい三人姉妹がおりました。
三人とも、体が透き通るように、ほっそりとしていました。ひとりは赤、ひとりは青、もうひとりはまっ白の着物を着ていました。
三人は、お月さまが輝く明るい晩に、静かな湖の岸辺で、手を取りあって踊りました。
けれども、この三人は妖精の娘ではありません。人間の娘たちなのです。
あたりには、あまい香りが漂っていました。
やがて、娘たちは、森の中へ姿を消しました。香りは、いっそう強くなりました。
三つのお棺が、あの美しい娘たちが入っている三つのお棺が、森の茂みから出て、湖の上を静かに滑っていきました。
ホタルが、そのまわりを、空に浮かんでいる小さな明かりのように、光りながら飛び回っていました。
踊りをおどった娘たちは、眠っているのでしょうか、それとも、死んだのでしょうか?
花のかおりは言っています、あれは、娘さんたちの亡骸ですよ、と。
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