ふと気がつくと、墜落の衝撃で激しく転倒した拍子に、体を縛っていた縄が切れたようで、手足が自由になっていました。
「しめた!」と思い、渦巻く波をかき分け、一生懸命に水面へと浮き上がりました。
水面に出て見て、龍介は驚きました。
さっき駆逐艦に撃ち落とされ、飛行艇と共に墜落したのは確かに横須賀沖だったはずなのに、見渡すとそこは見知らぬ半島と小さな島のある場所で、海軍のランチも駆逐艦の姿もどこにもありません。
「や! こりゃおかしいぞ!」
腕を大きく振る抜手(ぬて)で泳ぎながら考えましたが、どうしても理由が分かりません。ともかく見えている島へたどり着こうと、一心不乱に泳ぎました。
ところが不思議なことに、いくら泳いでも島へ近づきません。それどころか、ぐんぐんと沖の方へ押し流されていくのです。
「こりゃ変だぞ、うっかりすると溺れてしまうかもしれない」
そう思って夢中で泳ぎましたが、矢のような激しい流れは容赦なく、またたく間に龍介を二、三町(約200〜300メートル)も沖へとさらっていきました。
今はもう手足もなまこのように疲れ切り、泳ぐ元気もなくなった龍介は、運を天に任せて流れのままに身を漂わせるより他ありませんでした。
そうしてさらに三十分も波間に流されていた時、一艘の漁船が帆を上げて近づいてくるのを見つけ、龍介は初めて勇気を振り絞って、「おーい、助けてくれー!」と叫びながら、船の方へ泳ぎました。
やがて漁船の方でも龍介を見つけたようで、船の上から白い布切れを振りながら、「おーい、今すぐ行くぞー!」と何度も呼びかけ、帆を張った上に四挺櫓(よっちょうろ)をかけて、漕ぎ寄せてきました。
こうして漁船に助け上げられた時、龍介は疲れと安心感から、そのまま気絶してしまいました。
それからどれくらい経ったでしょうか。龍介がふと我に返ると、自分は漁師の家の炉端に寝かされており、傍らには先ほど助けてくれた漁師たちが心配そうに見守っていました。
「おお、気がついたかい。やれやれ、これで安心しただ」
老人の漁師が、パッチリと目を開けた龍介を見て、嬉しそうに声をかけました。
「ああ、僕は助かったのですね」
龍介は老漁師の手を握りながら、思わず涙声で叫びました。
「有難う、本当に有難うございます!」
「なんの、礼を言うことなんてねえ。ところで、あんたはどこのお人だね?」
「僕は東京の者ですが、横須賀の沖で……不注意で船から落ちたのです」
「あに? 横須賀だって?」
漁師はびっくりして、大きな目を剥きました。
「そりゃあお前さん、えらい目に遭ったぞ。お前さんは『海狼(かいろう)』に乗っただ」
「海狼って、何ですか?」
「ここはお前さん、房州(房総半島)の白浜ですじゃ。あんたは一時間ばかりの内に、海狼に乗って三十里(約120キロ)も海の中を走ったのじゃ。海狼はそんな魔の潮流ですじゃよ」
そして老漁夫は、海狼の恐ろしい話をしてくれました。
龍介帰る
横須賀沖のある地点には、地元の漁師でなければ分からない怪しい潮流がありました。
それは干潮や満潮の時に特に激しくなるもので、一度その潮流に乗ってしまったが最後、どんな巨大な船でも海の底へと巻き込まれて粉々に砕かれた後、はるか房総半島の二十海里も沖へと放り出されてしまうのです。
この魔物のような潮流を、地元の漁師たちは「海狼」と呼んで恐れていました。
「その海狼にお前さんは巻き込まれただ。それで命があったのは不思議としか言いようがねえ。まあ、ゆっくり養生なさるのが一番だ」
老漁師の話を聞いて、龍介は今更ながら、海狼の恐ろしさに身を震わせました。
こうして一日静養した後、龍介は何よりも家のことが心配で、引き止める漁師たちの手を振り切って東京へ急ぎました。
両国駅に着いたのは夕方で、東京の街にはもう街灯がともっていました。
まるで二、三年も遠い旅に出ていたような懐かしい気持ちで、龍介はしばらく町の灯りと騒がしさにうっとりと見惚れていました。
両国から自動車を走らせ、真っ直ぐに邸宅へと帰った龍介。今まさに玄関へと飛び込もうとしたその時、中から顔色を変えて飛び出してきた拳骨壮太と、バッタリ衝突したのです。「やあ、坊っちゃんじゃないか!」
「また坊っちゃんって呼んだな!」
「ええいっ、こんな時に名前のことなんて考えていられるものですか! よくまあご無事で……一体全体、どうなさったんですか!」
「まあ、その話は後でいい。それより、家の方に何か変わったことはなかったか?」
「変わったことはなかったか、ですって? 冗談じゃないですよ! あれからというもの、何から何までめちゃくちゃです!」
「えっ? じゃあ何か事件でも起きたのか?」
「起きたの起らないのって……実はですね……」
そう言って壮太は、自分が誘拐されたこと、博士が潜水艦とともに行方不明になったこと、おまけに文子が「博士を救ったから横須賀へ来い」という電話にまんまと釣り出され、一人で自動車に乗って出かけたまま行方知れずになっていることを、手短に話しました。
さあ、これからの龍介の活躍はいかに?
これだ! 骸骨島の地図
「それからね、奴らは龍介さんを骸骨島の底へ生き埋めにして、C・C・D潜水艦を外国の軍事探偵に売り飛ばすんだ、と言っていましたぜ!」
「その『骸骨島』ってのはどこにあるのか、聞き出せなかったか?」龍介は急き込んで尋ねました。
「地図をかすめ取ってきました! こちらへ来てください!」
壮太はそう言うと、先に立って家の中へ駆け込みました。
「これですよ」そう言って、壮太は一枚の大きな軍用地図を広げて見せました。
「この赤い線の引いてある場所がそうだと言っていたんですがね」
「だが、そこには島なんてどこにもないじゃないか」
なるほど、その地図には赤い線が引いてあるものの、島らしき場所はどこにも記されていませんでした。
「それがですね、私が隣の部屋で聞き耳を立てていたら、一人が『おい、ここに島はねえぜ』と言ったんです。するともう一人が『そうよ、骸骨島というのは……』と言いかけたところで、私が音を立ててしまって大格闘になり、話はそこで分からなくなってしまったんですよ」
「ふーん……」龍介は壮太の話を聞きながら地図を見つめ、深く考え込みました。
「C・C・D潜水艦の行方不明……怪飛行艇……骸骨島……一体どういうことだ?」
しかし、間もなく龍介はウサギのように跳び上がりました。
「分かったぞ! 分かったぞ!」
龍介は狂ったように電話へ飛びつくと、横須賀の鎮守府へ連絡を入れ、駆逐艦二隻と飛行艇二台を、すぐに戦闘準備を整えて出動できるようにしてほしいと頼みました。
「さあ壮太君、大襲撃だ! 奴らを一網打尽にするぞ、大襲撃だ!」
壮太は面食らい、何が何だか分からないながらも、駆逐艦だの戦闘準備だのという言葉を聞いて、自分も跳び上がりながら叫びました。
「さあ大襲撃だ、戦争だっ!」
麻酔剤を嗅がされて
しかし一方、潜水艦が発見された! 父が救助された! そうした電話を聞いて、嬉しさのあまり前後不覚になり、迎えの自動車に乗って横須賀へ向かった文子は、どうなったのでしょうか。
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