初級翻訳・魔法人形 第3話

江戸川 乱歩

そのきれいなお嬢さんは、すり足のような妙な歩き方で、だんだんこちらへ近づいてきました。近づくにつれて、その顔はいよいよ美しく、着物や帯は輝くばかりにあでやかです。

「あら、お客さまね。まあ、かわいいわね。どこのかた?」

人形の小さな口が開いて、白い歯が見えました。まつげの長い黒い目が、パチパチと瞬きをします。

「これはルミちゃんだよ。おまえに会いたいというので、連れてきたんだよ」

おじいさんが答えました。

「まあ、ルミちゃんっていうの。仲よしになりましょうね」

玉を転がすような美しい声です。ああ、これが本当に人形なのでしょうか。この美しい声が、おじいさんの腹話術なのでしょうか。ルミちゃんには、とてもそうは思えませんでした。

「ハハハ……びっくりしているね。どうだ、わしが丹精をこめて作り上げた人形だよ。ルミちゃんは、この美しいお姉さまといつまでも遊んでいたいとは思わないかね。いや、それよりは、ルミちゃんもこんな人形になりたいとは思わないかね。ウフフフ……わしは、生きた人間を人形にすることもできるのだよ……」

それを聞くと、ルミちゃんはゾッとして、顔からサーッと血が引いていくような気がしました。そして、からだがぶるぶると震えてきました。恐ろしい魔法です。

「あたし、人形になるの、いやだわ」

ルミちゃんは、震える声で答えました。

「いやかね? だが、もうじき人形になりたくなるかもしれないよ。あちらへ行って、このお姉さま人形と遊んでくるがいい。さあ、紅子、ルミちゃんをおまえの部屋へ連れていってあげなさい」

お姉さま人形は、紅子という名でした。そこで紅子さんは、おじいさんに言われたとおり、ルミちゃんの手を引いて自分の部屋へ連れていきました。
そこは、鏡台や美しいたんす、ガラス箱に入ったお人形などが飾ってある、きれいな部屋でした。ここも窓に黒いカーテンがかけてあって、机の上の燭台に、ろうそくの火がチロチロと揺れていました。
紅子さんはルミちゃんを座らせ、自分もそのそばに座り、やさしい顔でじっとルミちゃんを見つめるのでした。

「お姉さまは本当に人形なの? そうじゃないでしょう。生きているんでしょう?」

ルミちゃんは、さっきから不思議でたまらなかったので、まずそのことを尋ねてみました。

「ええ、生きているの。でも、半分しか生きていないのよ。そして、もうじきあとの半分も死んでしまって、本当のお人形になるの」

紅子さんは、なんだかわけのわからないことを言いました。ルミちゃんはびっくりして、まじまじと紅子さんの顔を見つめるばかりです。

「ほほほほ……わたしの言いかたが悪かったわね。でも、半分生きているというのは本当なのよ。おじいさんがそばにいないのだから、わたしの声がおじいさんの腹話術でないことはわかるでしょう。それから、わたしが歩くのも、からだを動かすのも、機械じかけではなくって、わたしが自分で動かしているのよ」

「じゃあ、お姉さまは生きているのだわ。どうして、半分死んでいるなんていうの?」

「ではね、ルミちゃんによくわかるように、わたしの身の上話をしましょうか」

「ええ」

ルミちゃんは目を輝かせて、じっと紅子さんの美しい顔を見つめました。

「わたし、ここのおじいさんはずっと前から知っていたのよ。でも、ここへ来たのはつい二週間ぐらい前なの。なぜわたしがこの家へ来たかといいますとね、あるとき、おじいさんがわたしの顔をつくづく眺めて、『紅子さんは、いまが一生のうちでいちばん美しいときだよ』と言うの。わたしは自分でもなんだかそんなふうに思っていたので、『年をとりたくない。いまのままで年をとらないでいたいわ』と、独り言のように言ったのです。すると、おじいさんが変な笑いかたをして、『年をとらない工夫があるよ』と言うじゃありませんか。『では、どうすればいいの』と聞くと、『わたしのうちへおいで。いまの美しさのまま、生涯年をとらないようにしてあげる。わしは魔法使いだからね』と言うのよ」そのとき、わたし、魔法をかけられてもかまわないから、一生美しくいたいと思ったのよ。そして、おじいさんの口車にのせられて、とうとうこんなことになってしまったの。

こんなことって、どういうことなのでしょう。ルミちゃんには、まださっぱりわけがわかりません。

「おじいさんはね、魔法使いのような発明家なのよ。ふしぎな薬を発明したの。その薬を注射すると、人間のからだがだんだんかたくなっていって、人形になってしまうのよ。ルミちゃん、わかる? わたし、その薬で、もう半分ぐらい人形になってしまっているの。ほら、ここをさわってごらんなさい」

紅子さんが両手を前に出したので、ルミちゃんは、それにさわってみました。おやっ、なんてかたくて、すべすべした手でしょう。それに、このつめたさはどうでしょう。土の上に胡粉(ごふん)をぬって、みがきをかけた人形の肌とそっくりではありませんか。ルミちゃんは、ハッと手をひいて、なんともいえない変な気持ちになり、思わず涙ぐんでしまいました。

「さあ、こんどはここへ、さわってごらんなさい」

紅子さんが、美しい顔をルミちゃんに近づけて、右のほおを出しました。ルミちゃんは、またそのほおにさわってみました。手と同じように、つめたくて、かたくて、すべすべしています。生きた人間の肌ではありません。

「わかった? こんなふうに、外側からだんだん固まっていって、しまいには、おなかの中までこちこちになって、そして、もう息もできなければ、ものを言うこともできなくなってしまうのよ。つまり、人間が人形にかわるの。そのかわりに、わたしの若さと美しさは、永久に少しもおとろえないで残るのだわ。人間は、どうせいつかは死ぬんでしょう? それに、わたし、長生きしてしわくちゃのおばあさんなんかになりたくないわ。たとえ人形になってしまっても、いまの若さでいたいのよ。ルミちゃんはまだ小さいから、そういう気持ちはわからないでしょうね」

ルミちゃんは、くいいるように紅子さんの顔を見つめて、ふしぎな話を聞いていました。ルミちゃんにだって、紅子さんの気持ちがまったくわからないわけではありません。しかし、うすうすその気持ちがわかるだけに、かえって恐ろしくなってくるのでした。ルミちゃんは、こわい夢をみているのではないかと思いました。胸の中に、つめたい風が吹いているような感じがして、目には涙があふれてくるのです。

そのとき、うしろでかすかな音がしたので、ルミちゃんはギョッとしてふりむきました。すると、いつのまに入ってきたのか、そこに、あの魔法使いのおじいさんが、うす気味悪くニヤニヤ笑って立っていました。

「ルミちゃんも、お姉さまのように、人形になりたいとは思わないかね。ルミちゃんが人形になったら、どんなにかわいいだろうね」

ルミちゃんは、それを聞くとゾーッとして、いきなり椅子から立ち上がりました。

「いやよ。あたし、人形になんかになるのいやだわ!」

そう叫んで、部屋から逃げだそうとしました。

「おっと、どっこい。逃げようたって、もうだめだよ。さあ、おとなしくしておいで。

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