初級翻訳・魔法人形 第17話

江戸川 乱歩

「こらっ、チンピラども、その子をいじめると、しょうちしないぞっ!」
びっくりしてふりむくと、そこに、ボーッと、大きな男の姿が、立ちはだかっていました。
黒いセーターをきた男です。
「あっ、てめえ、どこのやろうだっ!」
チンピラのひとりが、どなりかえしました。
「なまいきいうな。さあ、その子をはなせっ」
男は、いきなりそばによると、チンピラの手をつかんだり、首をつかんだりして、ひとりずつ、地面になげつけました。
「ワーッ、いてえ!」
「てめえ、悪者のなかまだなっ! 逃がすものかっ」
なげられても、チンピラたちは起きあがって、男にむしゃぶりついていくのでした。
しかし、男はひどく力が強くて、チンピラ三人ではとてもかないません。
みんなひどくなぐりつけられて、へたばってしまいました。
「ざまあみろ。もう動けないだろう。それじゃ、あばよ!」
男はにくまれ口をのこして、少女をひったてると、その手をとって、やみの中へ逃げさってしまいました。
そのときになって、やっと門のほうから、神山さんと進一君がかけつけましたが、もうあとのまつりでした。
ユリ子人形にばけていた少女を、ついにとり逃がしてしまったのです。

×         ×         ×

そのころ、宝冠のつつみを持った男の自動車は、世田谷区のはずれの、さびしい原っぱの中にある、古い西洋館の前にとまっていました。
男は、白い四角なふろしきづつみを、だいじそうにかかえて車をおりると、運転手になにかささやいてから、その西洋館の門の中へ、はいっていきました。
それは赤れんがの二階建ての西洋館で、よほどむかしに建てられたものとみえて、西洋のばけものやしきみたいな、ぶきみなものです。
へいはこわれ、門の鉄のとびらはいびつにゆがみ、ツタにおおわれた西洋館は、やみの中に、やみより黒い巨大な怪物が、うずくまっているような感じでした。
門のとびらがこわれているので、かぎがなくても、自由にはいれるのです。
男が門の中に消えると、自動車のうしろのトランクが、しずかに開いて、中からひとりの若ものが、はい出してきました。
男の子の服をきたマユミさんです。
やっぱりマユミさんが、トランクにかくれていたのです。
マユミさんは、なにか四角な白いつつみを、こわきにかかえています。
おやっ? これはどうしたというのでしょう。
さっきの男が持っていた白いつつみと、そっくりです。
マユミさんは、いつのまに、こんなつつみを手にいれたのでしょう。
あの男から、とりかえしたのでしょうか。
いや、そうではありません。
さっきの男も、たしかに同じようなつつみをかかえていました。
ごらんなさい。
あの男は、赤れんがの西洋館の入口に立って、かぎでドアを開いています。
そこの石だんの上に、ちゃんと、白いつつみがおいてあるではありませんか。

ポケット小僧

ところが、ふしぎなことに、マユミさんが、自動車のトランクから出てしまっても、まだトランクの中で、なにか、もごもご動いているものがあります。
マユミさんは、犬かネコでも、つれてきたのでしょうか?
いや、動物ではありません。
人間の子どもです。
トランクの中から、すばやくとびだしてきたのは、七つか八つぐらいに見える、ちっちゃな男の子でした。
顔はまっ黒によごれ、ぼろぼろの服をきています。
チンピラ隊のひとりで、名まえはポケット小僧という少年です。
ポケット小僧とは、へんな名ですが、ポケットにはいるほど、小さいといういみなのです。
十二にもなっていて、七つか八つぐらいに見えるほど小さいので、そんなあだなでよばれるようになりました。しかし、からだは小さいけれども頭はいいし、ひどくすばしっこい少年で、これまでにも、いろいろ手がらをたてたことがあります。
チンピラ隊だいいちの人気ものでした。
ポケット小僧は、マユミさんを、たいへん尊敬していますので、マユミさんが自動車のトランクにかくれて、怪人のすみかへいくのを、だまって見ていられなかったのです。
じぶんもいっしょについていって、マユミさんをまもりたいと思ったのです。
マユミさんが、トランクの中へしのびこんだとき、すぐあとから、ポケット小僧が、もぐりこんできましたので、おろそうとしましたが、どうしてもおりません。
すみっこのほうにくっついて、てこでも動かないのです。
トランクの中であらそっていて、運転手に気づかれたらたいへんですから、マユミさんも、つい、そのままにしておいたのです。
いま、あやしい西洋館の前で、トランクからポケット小僧があらわれたのは、そういうわけだったのです。
ふたりは、ひじょうにすばやく、トランクからすべり出したので、運転手はすこしも気づかず、そのまま車を出発させ、むこうのほうへ、遠ざかっていきました。
マユミさんとポケット小僧は、やぶれた門をはいって、西洋館の玄関のほうへいそぎました。
ひごろ、音をたてないで走ることを練習しているので、ふたりとも、いくら走っても、すこしも足音がしないのです。
怪人は、西洋館の入口のドアの前にたって、なにかコトコトやっていました。
かぎでドアを開こうとしているのでしょう。
あたりは、まっ暗です。
西洋館の窓からは、すこしもあかりがさしていません。
まるで空家のように、しずまりかえっているのです。
怪人は、宝冠のはいった白いふろしきづつみを、石段の上において、しきりにドアを開こうとしています。
かぎがよくあわないのか、ずいぶんてまどるようです。
すると、そのとき、石段のへんのやみの中に、もうろうと、ネズミ色の影が近づいてきました。
暗くてよくわかりませんが、どうやら人間のようです。
その影は、石段に近よったかとおもうと、そのまま、また、スーッと遠ざかって、やみの中へとけこんでしまいました。
怪人は、すこしも、それに気がつきません。
やっとドアが開いたので、石段においてあったふろしきづつみを持って、ドアの中にはいり、中から、カチンとかぎをかけてしまいました。

カーテンのすきま

マユミさんとポケット小僧は、一度門を出て、どこかへいきましたが、三十分もすると、また、西洋館の門の前にもどってきました。
見ると、マユミさんは、あの白いふろしきづつみを持っていません。
ポケット小僧もから手です。
いったいあのふろしきづつみを、どうしてしまったのでしょう?
「おねえさん、もう、よしたほうがいいよ。こんなばけものやしきの中へはいったら、どんな恐ろしいめにあわされるか、わかりゃあしないよ」
ポケット小僧が、マユミさんのうわぎをつかんで、ひそひそと、ささやきました。
「いいのよ。このまま、警察へ連絡してもいいんだけれども、もうちょっと、さぐっておきたいの。どろぼうのかしらが、どんなやつだか、この家には、どんなしかけがあるか、それをしらべておかなけりゃあ、名探偵の助手のはじだわ。あんた、帰りたければ、さきにお帰りなさいな」
マユミさんは、じゃけんにいって、小僧をつきはなしました。
「いやだい。おれ、帰るもんか。

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