初級翻訳・魔法人形 第18話

江戸川 乱歩

どこまでも、おねえさんのあとから、ついていくよ」
ポケット小僧は、おこったようにいって、もうひとことも口をきかず、だまりこんで、マユミさんのあとからついていくのでした。
マユミさんは、門をはいって、西洋館のよこてへ回っていきました。
どの窓にも、あかりは見えません。
まるで、家じゅうの人が、死にたえたように、シーンと、しずまっているのです。
マユミさんは、どこかにしのびこむすきまはないかと、だんだん、奥のほうへ歩いていきました。
すると、ひとつの窓の中に、かすかなあかりが見えたではありませんか。
おやっと思ってたちどまり、その窓のそばによって、そっと、中をのぞいてみました。
ガラス窓の中に、あついカーテンがさがっていて、そのあわせめが、開いています。
マユミさんは、窓ガラスに顔をつけるようにして、のぞきました。
電灯ではなくて、テーブルの上のろうそくが、赤ちゃけた光をなげています。
そのにぶい光の中に、ふたりの男がテーブルをへだてて、むかいあっていました。
せまいすきまなので、ふたりの顔が、はんぶんくらいずつしか見えません。
しかし、そのひとりは、宝冠のつつみを持って、自動車に乗ってきた男にちがいありません。
そのむこうがわにいるのは、ふしぎな人物です。頭を、まん中からきれいにわけてなでつけ、キュッとさかだったまゆの下に、ほそい目がキラキラと光り、高いワシ鼻、ぴんとはねたまっ黒な口ひげ、三角がたのあごひげ。
西洋悪魔の絵とそっくりの顔です。
それが、黒いビロードのガウンをきて、ひじかけいすに、ゆったりとこしかけているのです。
「先生がお帰りになるのを待っていました。
先生、うまくいきましたよ。
ユリ子人形が、金庫の暗号をたちぎきして、盗みだしてくれたのです。
それをうけとって、ここへ持ってきました。
先生の計略は、みごとにあたりましたね。」
自動車に乗ってきた男が、しゅびよく宝冠を盗みだしたことを、西洋悪魔のような男に報告しているのです。
西洋悪魔を、先生、先生とよんでいます。
この西洋悪魔みたいなやつは、神山さんのうちへ、ユリ子人形を売りにきた男ですが、こいつの正体はいったい、何者でしょう。
むろん、人形じいさんと関係があるのにちがいありません。
もしかしたら、人形じいさんと同じ人かもしれません。
魔法つかいのことですから、どんな顔にでもばけられるのでしょう。
「うん、あのユリ子は、なかなか知恵がはたらくからね。
きっと、うまくやってくれると思っていたよ。
……では、その宝物を、見せてもらおうか。」
先生とよばれた西洋悪魔が、いかにもうれしそうな顔でいいました。
男はすぐに、テーブルの上においてあった、白いふろしきをほどきます。
中から四角い皮ばりの箱が出てきました。
男は、その箱のふたに両手をかけて、うやうやしく持ちあげましたが、持ちあげたかとおもうと、「あっ!」という叫び声が聞こえてきました。
西洋悪魔と、部下の男とが、一度に叫んだのです。
箱の中は、からっぽだったのです。
「ほのおの宝冠」は、かげもかたちもありません。
そして、宝冠のかわりに、ビロードの台座の上に、一枚の紙がおいてありました。
西洋悪魔は、いそいで、その紙をとって読んでいます。
読むにしたがって、かれの顔が、まっかになってきました。
さかだっているまゆが、いっそうさかだち、ほそい目が、リンのようにかがやき、赤いくちびるをひきしめて、ぎりぎりと、歯がみをしているのです。
マユミさんは、その紙にかいてある文章を、ちゃんと知っていました。
それは、

きみは、ユリ子人形をつかって、うまくやったと思っているだろうが、上には上があるのだ。
宝冠は、たしかにかえしてもらったよ。
どうして宝冠を、箱の中から、ぬき出したかわかるかね。
ユリ子人形は、たしかに、宝冠のはいった箱を盗みだした。
それなのに、いつのまにか、宝冠が消えてしまったのだ。
お気のどくさま!

と、いうのです。
なぜそれをしっていたかといいますと、じつは、この文章は、マユミさんが、じぶんで書いたからです。
マユミさんは、宝冠が盗まれそうだとわかったとき、神山進一君から、箱の色や大きさをきいて、にたような箱を手にいれ、その中へこの手紙をいれて、ちゃんと用意しておいたのです。
ほんものと同じように、白いふろしきでつつむことも、わすれませんでした。
その白いふろしきづつみを持って、自動車のトランクにかくれ、男が、ほんもののつつみを西洋館の入口の石段において、かぎを、ガチャガチャやっているすきに、そっと、ほんものとにせものとを取りかえて、逃げだしたのです。
そして、宝冠のつつみを、近くのお友だちの家にあずけておいて、また、西洋館へひきかえしたというわけでした。
マユミさんは、じぶんのトリックがうまくいったので、うれしくてたまりません。
夢中になって窓の中をのぞいていました。
それが、ゆだんでした。
すこしも気のつかないまに、マユミさんのまわりには、恐ろしい怪物がおしよせていたのです。
人造人間

窓をのぞいていたマユミさんは、ふと、じぶんのうしろに、なにかうごめくけはいを感じました。
あれはてた庭の草むらが、さやさやと、かすかな音をたてているのです。
マユミさんは、ゾーッとしました。
ふりむくのがこわいのです。
ポケット小僧ではありません。
あの子が、こんな音をたてるはずはないのです。
なんだか、大きなヘビが、草むらをわけて、はいよってくるような感じなのです。
しかし、いくら恐ろしくても、このままじっとしていたら、どんなひどいめにあうかもしれません。
思いきってうしろを見るほかはないのです。
マユミさんは、そう決心すると、パッと、うしろをむきました。
まっ暗です。
まっ暗な中に、なにやら大きなものが、もやもやと、うごめいています。
いままで、ろうそくの火を見ていたので、やみに目がなれていません。
しかし、それがだんだんなれてきました。
すると、そこにうごめいているものが、ぼんやりと、見わけられるようになったのです。マユミさんは、心臓が止まってしまうかのような思いがしました。
そこには、どんなおばけや幽霊よりも、はるかにおそろしい存在が、ヌーッと立ちはだかっていたからです。
その姿は、ふつうの人間の倍もあるような大きな体で、ゴツゴツとした岩のような形をしていました。
全体が鉄のように黒く、頭はものすごく大きく、四角ばっています。
ふたつの丸い目が、まっかに光っていました。
口はとても大きく、ノコギリのような歯が見えています。
四角ばった手足は、まるで鉄の板でできているようで、それがちょうつがいギシギシと動くように、ぎくしゃくしながら歩いてくるのです。
マユミさんは、これはきっと人造人間にちがいないと思いました。
それが暗い夜空をバックにして、ヌーッと突っ立っている様子は、なんともいえない不気味さでした。
命のない作りものだと思うと、なおいっそう恐ろしさがこみ上げてきます。
ポケット小僧はどうしたのだろうと、キョロキョロとそのあたりを見まわしましたが、どこにも姿が見えません。
いったい、どこへ行ってしまったのでしょう。

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