それはゾウでした。
巨大なゾウが、コンクリートの廊下を歩いてくるのでした。
さっきの恐ろしい音は、ゾウのうなり声だったのです。
それにしても、こんなところにゾウがいるなんて、おもいもよらないことでした。
これがほんとうのゾウでしょうか。
やっぱり、魔法博士の幻術ではないのでしょうか。
「わかったかい。
ゾウだよ。
魔法の国には、どんな動物だっているのさ。
」
怪黒人が、笑いながら、いうのでした。
しかし、巨ゾウには、ゾウ使いが、ついているのではありません。
ひとりで、歩いてくるのです。
足にくさりがついているわけでもありません。
三少年は、ゾウがおこって、鼻で巻きあげたり、足でふんだりするのではないかと、恐ろしくなってきました。
「だいじょうぶだよ。
逃げたりしたら、かえってあぶないよ。
」
ノロちゃんが、逃げだしそうになったので、小林君が、その手をとって、ひきとめました。
そのうちに、ゾウはズシン、ズシンと、もう三メートルほどに、近づいてきました。
恐ろしく大きなやつです。
長い鼻が、グーッと、こちらへのびてきました。
そして、あっとおもうまに、その鼻が、怪黒人にクルクルと巻きついたかとおもうと、黒人は、ゾウの頭の上に持ちあげられていました。
たいへんは。
もし、そのまま、地面に投げつけられたら、黒人は死んでしまうかもしれません。
三少年が、それを見て、手に汗をにぎっていますと、ゾウの鼻は、黒人を大きな頭の上まで持ちあげると、そこでそっとはなしました。
すると、黒人は、なれたもので、ひょいと、ゾウの頭と背中のあいだに、うまのりになりました。
そして、ニコニコしながら、ゾウの耳のうしろのへんを、ひら手で、ペタペタたたいています。
そのとき、ゾウは、長い鼻を、上の方に高くのばして、ゴーッと、うなりました。
あのラッパを百倍にしたような恐ろしい声です。
それから、高くあげていた鼻をおろして、そのまま、グーッと、こちらに向けてきました。
その鼻は、三少年のうちのだれかを、ねらっているのです。
少年たちは、ぎょっとして逃げだしました。
三人のうちで、いちばんすばやいのは、ノロちゃんでした。
しかし、巨ゾウの足は、もっと、はやかったのです。
長い鼻が、ヌーッとノロちゃんの方へ、のびてきました。
ノロちゃんが、逃げながら振りむきますと、うす黒い、ぐにゃぐにゃしたゾウの鼻が、すぐ目の前にせまっていました。
「キャーッ、たすけてくれ……。
」
ノロちゃんは、まっさおになって、恐ろしい叫び声をたて、もう、逃げる力もなくなって、その場に立ちすくんでしまいました。
ゾウの鼻は、大きなヘビのように、ノロちゃんのからだに、巻きついてきました。そして、ぎゅっとしめつけられたかとおもうと、ノロちゃんは、もう宙に浮きあがっていました。
「ワ、ワ、ワ、ワ……。」
ノロちゃんは、気が狂ったように、わけのわからない声をあげながら、必死にもがきました。
しかし、いくらあばれても、ゾウの長い鼻は、決してはなれません。
そのようすを見て、小林君と井上君の二人も、ノロちゃんの足をつかんでひきもどそうとしましたが、相手はあまりにも力強く、とてもかないません。
たちまちノロちゃんは、ゾウの頭の上まで持ちあげられてしまいました。
ノロちゃんのからだがゾウの頭のところにくると、背中にのっていた怪黒人が両手をさしのべ、ノロちゃんをしっかりだきとめました。そしてゾウの鼻からはなすと、自分の前にまたがりのかたちで座らせたのです。
こうしてノロちゃんは、ゾウの背中にのせられてしまいました。
ふたりをのせたゾウは、ズシン、ズシンと重たい足音をたてて歩きはじめました。
いったい、ノロちゃんをどこへ連れていくつもりなのでしょう。
小林君も井上君も、心配で心配でたまらないので、ゾウのうしろをついていきました。
「た、たすけてくれえ……、小林さん、井上君、はやくたすけてえ……!」
ゾウの背中の上で、ノロちゃんはからだをジタバタさせながら、叫びつづけました。
しかし、怪黒人がうしろからがっしりとだきしめているので、どうすることもできません。
広いコンクリートの廊下の片側の壁にはいくつものドアが並んでいましたが、その中にひじょうに大きな両開きのドアがありました。
ゾウはそのドアの前に立ちどまると、長い鼻のさきでドアの取っ手をつかみ、二枚のドアを両側にグイッとひらきました。
そして、その中へノッシ、ノッシとはいっていくのです。
それは、ゾウの大きなからだが楽に通りぬけられるほど広い入口でした。
ふたりの少年がひらいたドアの中をのぞいてみますと、そこはゾウが一頭はいるともういっぱいになってしまうような、あまり広くない洋室でした。
飾りつけは一切なく、テーブルも椅子もない、がらんとした部屋です。
ゾウが黒人とノロちゃんをのせたままその部屋にはいると、両側にひらいていたドアが、ひとりでにスーッと閉まってしまいました。
すると、ゾウの背中でわめいていたノロちゃんの声が、急にひくくなって、まるで遠いところから聞こえるように変わったのです。
しばらくの間はそのかすかな叫び声がつづいていましたが、やがてそれもピタリと聞こえなくなってしまいました。
ノロちゃんは、あの怪黒人の手によって、なにかひどい目に合わされたのではないでしょうか。
黒人のもっていた大きな刀は前の洞窟においたままでしたが、ほかにもっと短い刀をもっているかもしれません。
ノロちゃんは、さっきのまだらもようの服をきた子どものように、バラバラに切り殺されてしまうのではないでしょうか。
小林君と井上君の二人は、もう心配でしかたがありません。
ドアをおしたりたたいたりしてみましたが、どうやら勝手に鍵がかかったらしく、びくともしないのです。
「ウフフフ……、きみたちふたりは、あとに残されてしまったね」
つぜん、うしろから気味の悪い声がきこえました。
びっくりしてふりかえると、そこにはさっきの老黒人が立っていました。
洞窟の中で天井に縄をなげた、あの白ひげのおじいさんです。
「あっ、さっきのおじいさんだ! ここをあけてください。ノロちゃんがゾウにのってこの中にとじこめられてしまったんです!」
小林君がすがるような目で言いました。
「ウフフフ……、心配かね? だがね、あの子はべつにひどいめにあうわけじゃないのさ。ただね、遠い、遠いところへいくばかりなのだよ」
「えっ、遠いところですって? いったいそれはどういうことです。ノロちゃんはたしかにこの部屋の中にいるんですよ!」
「いやいや、いまごろはもう、ずっと遠いところへいってしまったかもしれないね。ドアをあけて見せてやろうか。あの子がどうなったか、わかるだろうからね」
老黒人はなぞめいたことを言いながらドアの近くに歩みより、どこかのボタンを押したのか、カチッと音がして両開きのドアがスーッとひらきました。
「あっ、なにもいない! さっきのゾウはどこへ行ったんだろう? そして、ノロちゃんは……!」
小林君が叫びました。
その部屋は、言葉どおり完全にからっぽだったのです。
ゾウも、怪黒人も、そしてノロちゃんも、まるで煙のようにきれいに消えていなくなっていました。
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