それが動いていないというのですから、怪人はここを通らなかったと考えるほかありません。
では、あいつは大友少年をかかえたまま、まだ洞窟の中にひそんでいるのでしょうか。
「ふしぎだなあ。あんなにさがしても、どこにも人のいる気配はなかった。いったい、どこへ隠れたんだろう……」
係長はくやしそうにつぶやきました。
すると、そばにいた黒川記者が、小首をかしげながら言いました。
「中村さん、ぼくは、ふっと思いついたんですが、ひょっとしたら、この入り口のほかに、もう一つ秘密の出入り口があるんじゃないでしょうか。用心深い悪人が、片側だけの袋みたいな場所に、安心して住んでいるはずがありません。きっともう一つ抜け道があるんですよ。怪老人もそこから逃げだしたとすれば、すべてがつじつまが合うじゃありませんか」
「うーん、そういうことも考えられるね。しかし、あれほどさがしたんだからなあ。抜け道があれば、気がつくはずだが……」
「さがしかたが甘かったのですよ。この入り口から逃げなかったとすれば、あいつはまだ穴の中にいるか、それとも別の出入り口があるか、そのどちらかです。いずれにしても、もう一度さがしましょう!」
そこで人々は、ふたたび洞窟の中へと引きかえることになりました。
そして懐中電灯をふり照らしながら、もう一度、部屋から部屋へと歩きまわったのです。
「あっ、中村さん、黒川さん、ちょっとここへ来てください!」
小林少年が部屋の隅の方から、息をひそめたような声で呼びかけました。
そこは、あの化学実験室でした。
中村係長と黒川記者がかけつけてみると、小林君は一つの押し入れの戸をあけ、その中を懐中電灯で照らしていました。
押し入れには木箱や空きびんなどがごたごた詰め込まれており、それがだれかに踏み荒らされたように、あちこちで転がったり割れたりしています。
「あれをごらんなさい!」
小林君は懐中電灯の光を、正面の壁にあてました。
その壁には、指の太さほどもある大きな鉄の釘が、たくさん打ちこまれているのです。
「あの釘は、天井にのぼるための足場じゃないでしょうか!」
小林君はそう言って、懐中電灯をだんだんと天井の方に向けました。
すると、天井板の一枚が少しななめになり、すき間ができているではありませんか。
「ね、わかったでしょう。ぼく、のぼってみます!」
小林君は懐中電灯をポケットにおしこみ、大きな釘に手と足をかけて、するすると天井によじのぼりました。
そして、すき間のできている板をグッと押すと、板はわけなく開き、そこに四角い大きな穴があらわれたではありませんか。
小林君はポケットから懐中電灯をとりだし、その穴の上の方をしばらく照らしていましたが、やがて、「あっ!」とうれしそうな声をあげました。
「やっぱりここが出口ですよ! 大きな穴がずっと上のほうまで続いています。そして、鉄のはしごがかかっているんです!」
それはちょうど古井戸のような深い穴で、その穴の一方に、頑丈な鉄のはしごが取り付けられているのでした。
つまり、押し入れの天井が、古井戸の底にあたるわけです。
「よし、小林君、その鉄のはしごをのぼってみよう。ぼくもきみのあとからついてゆくよ。中村さんもいらっしゃい!」
黒川記者はそう言って、押し入れの中へと入っていきました。
小林君はその声にはげまされ、鉄のはしごにつかまると、まっくらな古井戸の中を一だんずつ、用心しながらのぼっていきました。
黒川記者や中村係長も、そのあとにつづきます。
鉄のはしごを二十だんほどものぼると、頭がつかえて、もうすすむことができなくなりました。
「おや、ここでゆきどまりになってますよ」
小林君がためらっていると、黒川記者は下から懐中電灯を照らしながら言いました。
「そんなはずはない。きっとそこにフタがあるんだよ。グッとおしあげてごらん」
「あ、やっぱりそうです! 開きますよ!」それは鉄板でできた、重いふたでした。
それを力いっぱい押し上げると、上のほうから、パッとまぶしい光が差し込んできました。
古井戸の口は、がけの上の草むらの中に開いていたのです。
鉄板のところから地上までは、五メートルほどしかありません。
小林くんたちは、その内側のデコボコした石垣に足をかけて、なんなく外に出ることができました。
「ふうん、うまく考えたものだな。
古井戸とみせかけた秘密の出入り口なんだよ。
外からのぞいても、さっきの鉄板が閉まっているから、それが井戸の底のように見える。
その下にあんな通路があるなんて、だれも気づかないからね」
黒川記者が、感心したようにつぶやきました。
怪老人は、ここから逃げ去ったに違いありません。
透明怪人たちも、ここから出て行ったのです。
大友少年をかかえてあの鉄のはしごを登ったとすると、怪人第一号はよほど力の強いやつなのでしょう。
中村係長は、そのへんに怪老人や透明怪人の足あとでも残っていないかと探し回りましたが、雑草が一面に生えていて、何も見つかりません。
彼らがどの方角に逃げたかも、まるで検討がつかないのでした。
捜索隊は、ただ怪人の隠れ家を発見したというだけで、犯人を捕らえることもできず、大友少年を救い出すこともできず、手ぶらで引き上げるほかはなかったのです。
中村係長は、洞窟の入り口と古井戸の外に見張りの警官を残して、ひとまず警視庁の捜査本部に帰ることにしましたが、その帰りの自動車の中で、黒川記者は係長の耳にこんなことをささやきかけるのでした。
「中村さん、これは警視庁始まって以来の大事件ですよ。
日本中の警察官が力を合わせても足りないほどの、恐ろしい大敵です。
それにつけても、ぼくはある人物を思い出しますね。
もしその人物が警察を助けて働いてくれたら、ひょっとしたらあいつをやっつけることができるかもしれません」
「それはだれかね?」
「明智小五郎です。
いよいよ明智先生の出る幕ですよ。
小林くんにきいたら、明智さんは何かほかの事件に引っかかっていて手が離せないのだそうですが、いまはもうそんなことを言っている場合ではありません。
ほかの事件なんかほうっておいて、警察の手助けをすべきです。
中村さんは明智探偵とは親友じゃありませんか、捜査本部に帰ったらすぐ明智さんを呼ぶんですね」
「うん、それはぼくも前から考えていた。
よしッ、それじゃあひとつ、明智くんの知恵を借りることにするか」
中村係長は、決心したように力強く言うのでした。
明智小五郎
ここは明智探偵事務所の所長室です。
壁いっぱいの本だなに、金文字の本がぎっしり詰まっています。
その前の大きなデスクに向かって、名探偵・明智小五郎が腰かけているのです。
デスクの表面は鏡のようにツヤツヤして、明智の顔が映っています。
黒の背広、薄茶色のネクタイ、例のモジャモジャの頭、西洋人のような引き締まった顔。
明智はいま、デスクの上にある卓上電話の受話器を耳にあてて、何か話しているのです。
「うん、もうきみから話があるころだと思っていた。
ぼくも透明怪人のことはいくらか研究もしている。
むろんお手伝いするよ。
よろしい。
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