「きさま、何者だっ!」
おもわず、どなりつけますと、人形は美しいロウの顔をすこしも動かさないで、奇妙な笑い声をたてました。
「エヘヘヘ……、わたしは、人形だよ。
きみの作ったロウ人形だよ。」
「うそをいえ! わしは、そんな、かってな口をきく人形を作ったおぼえはない。
さては、きさまは……。」
魔法博士は、いきなり、人形にとびかかろうとしました。
すると、人形の手が、カーテンの合わせめから、ヌーッと、出てきたかとおもうと、恐ろしい力で、博士の胸を、ぐんと、つきとばしたのです。
ふいをつかれて、博士はベッドの上にたおれました。
するとぱっと、カーテンがとじて、人の走る足音が、向こうの方へ遠ざかっていきました。
そして、パタンと、ドアのしまる音。
魔法博士は、やっとおきあがって、カーテンの外へ、とびだしましたが、もう、部屋の中には、だれもいません。
人形は、いちはやく、逃げさってしまったのです。
まっかな滝
魔法博士は、いそいでベルをおしました。
ベッドのよこに、たくさんならんでいる、おしボタンの中の二つを、つぎつぎとおしたのです。
すると、まもなく、ふたりの部下が部屋にはいしてきました。
ふたりとも、まっ黒な姿です。
ピッタリと身についた、黒ビロードのシャツとズボン下、頭には黒い覆面をかぶって、目と口のところだけが、くりぬいてあります。
「いま、女のロウ人形が、ここきて、わしをおどかしていった。
あいつを、つかまえるんだ。」
魔法博士が、妙なことをいいますので、黒覆面は、びっくりしたように、顔を見あわせています。
「はやくしないか。
人造人間の部屋をさがすのだ。
女のロウ人形は一つしかない。
あいつが、くせものだ。
とっつかまえて、ここへひっぱってこい。」
「なぜですか。
なぜ、ロウ人形が、くせものですか。」
「ただのロウ人形じゃない。
中に、人間がかくれているんだ。」
「えっ、人間が?」
「うん、いきた人間が、あのロウ人形の中に、もぐりこんでいるんだ。」
「いったい、それは何者です?」
「明智だっ! 明智のやつは、ロウ人形の中にかくれていたんだ。
そして、いま、わしをおどかしに来たんだ。
はやく、はやくつかまえないと、またどっかへかくれてしまうぞ。」
それを聞くと、ふたりの黒覆面は、風のように部屋をとびだしていきました。
そして、岩の廊下を、いくつもまがって、あの人造人間の部屋へたどりつきました。
スイッチをおすと、ぱっと、部屋が明るくなりました。気味の悪い部屋です。
四方の壁には、ありとあらゆる形の人造人間が、うじゃうじゃと群がっています。
それは壁に描かれた油絵ですが、絵ばかりではなくて、本物のお手製ロボットや人形もいるのです。
角張った鉄の箱のようなロボット、丸い鉄のロボット、男のロウ人形、女のロウ人形――それらがいくつとなく、部屋の中に突っ立っているのです。
ちょっと見ただけでは、どれが本物でどれが油絵なのか、見分けがつきません。
みんな本物の生きた人間のようです。
そして、その数え切れないほどの大勢のロボットが、ワーッとこちらへ押し寄せてくるように見えるのです。
女のロウ人形は、たった一つしかありません。
それが向こうの隅に、ほかの人造人間にまじって、じっと立っています。
ふたりの黒覆面は、しばらくそのほうを見つめていましたが、ロウ人形は少しも動きません。
まったく、本物のロウでできた人形のように見えます。
それは、十九世紀のヨーロッパの女性の服を着ていました。
立派な夜会服です。
腰のまわりがふわっと大きくふくれて、ひだの多いスカートが床を引きずっています。
服からあらわになっているのは顔と手だけですから、その中へ人間が隠れようと思えば、隠れられないこともありません。
手は、本当の手に青白いお化粧をすればよいのです。
顔は、ロウ人形の顔の前の方だけを切り取ってお面のように自分の顔にあて、うしろは人形の髪の毛を自分の頭にくくりつけておけばよいのです。
人形の体の中にはいっぱい機械が入っているのですが、それは取り出してどこかへ隠してしまったのでしょう。
ふたりの黒覆面は、そんなことを考えながら、おずおずと女のロウ人形に近づいていきました。
すると、ロウ人形がかすかに動いたのです。
男たちはびっくりして立ち止まりました。
そして、じっとロウでできた美しい顔を見つめました。
ク、ク、ク、ク……という妙な音が、どこからか聞こえてきます。
どこでしょう。
なんだか、ロウ人形の顔の中からのようです。
ク、ク、ク、ク……という音は、ますます激しくなってきました。
やっぱりそうです。
人形が笑っているのです。
声を立てぬようにがまんしながら、おかしくてしょうがないというように、笑っているのです。
「き、きさま、明智だなっ!」
黒覆面の一人が叫びながら、飛びかかっていきました。
しかし人形は、それを待ちかまえていたようにするりと体をかわすと、いきなりドアのほうへ走りだしました。
機械人形の歩きかたではありません。
人間のように走るのです。
もう、なんの疑いもありません。
ロウ人形の中には、たしかに人間が入っているのです。
ふたりの黒覆面は、それを追いかけました。
人形はおそるべき速さで走ります。
ドアを出て、岩の廊下を、一目散に逃げていきます。
両手で長いスカートをつかみ、それをヒラヒラさせながら、風のように走っていくのです。
ふたりの黒覆面も走るのには自信があるのですが、人形の速さにはかないません。
岩の廊下は右に左に曲がっています。
ときどき石の階段を下りて、だんだん地の底深く入り込んでいくのです。
やがて、広い洞窟の中に出ました。
まっ暗です。
「スイッチを押すんだ。こんな暗くちゃしかたがない。」
その声に、一人の覆面が岩壁をさぐって、電灯のスイッチを押しました。
すると、向こうのほうがぼーっと明るくなったではありませんか。
なにか、もやもやした中に、巨大なちょうちんのような、まっかなものがドキンドキンと動いています。
あの、とほうもない巨人の心臓です。
ここは、例の胎内くぐりの巨人の胃袋の近くだったのです。
スイッチを押したので、その心臓が動きだしたのです。
ロウ人形は巨大な胃袋へは入らないで、外がわを心臓のほうへもぐりこんでいきます。
黒覆面もそのあとを追います。
ネズミ色の雲のような肺臓や、胃袋や、食道や、気管がいっぱいに広がっているので、きゅうくつなせまい道です。
人形は体を横にしてそのあいだを心臓のほうへもぐっていきます。
とうとう、大きな部屋ほどもある巨大な心臓のそばまきました。
もう、目の前が真っ赤です。
心臓から出ている太い血管がうねうねともつれて、その中を赤い液体が流れています。
そして、そこが行き止まりでした。
ロウ人形は道をまちがえたのです。
胃袋の中へ入れば、食道を通ってあの巨人の口から外へ出られたのですが、胃袋の外がわへもぐりこんでしまったので、心臓から向こうへはいけなくなってしまったのです。
ふたりの黒覆面は、とうとう人形をつかまえました。しかし、身動きもできない狭い場所です。
三人はただ、組み合ってもがくばかりでした。
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