「月見堂(つきみどう)というのは、どこにあるのですか?」
「あそこがそうです」と、少年の駅夫が指さしました。
錦のように色づいた紅葉の淵に、霧をまとい、ススキが縁取り、まるで赤い毛氈(もうせん)を敷いた島のような山端に、ひときわ珍しく緑の木々が茂っています。
真っ黄色なイチョウの木が一本。
まるで篝火(かがりび)でも焚いているかのように根元が燃え上がり、真っ赤な梢(こずえ)が、ちらちらと夕日の茜色をほとばしらせていました。
道々、峰にも谷にも、そんな場所には野の神社の鳥居が見えました。
ここには、銀色の月がただ一輪、輝いています。
三
「空の色が深い淵のようです。なんと表現したらよいのでしょう……。碧(あお)とも、浅黄色とも、薄い納戸色(落ち着いた青)とも……」
月が山々に引いたその薄衣(うすぎぬ)を仰ぎ見るとき、雲の上に架かる橋に立っているような気分になりました。
再び時計をしまって、駅員が言いました。
「あちらへ一泊されてはいかがですか?」
目の下の崖の木々の間に、山鳥が吐き出した蜃気楼のように白壁造りの建物があり、屋根の石に至るまで、群青色の岩の破片を葉の上に散らしたように見えます。
ただそれだけ言うと、駅員はにっこりと笑い、機関車の方へ、悠々と霧を渡っていきました。
「おっ、出発するな」
急いで列車に戻ると、駅夫の少年が車両の端へ走っていきます。
汽笛がこだまし、鳥の鳴き声が一つ聞こえ、汽車はするすると艶やかに動き出しました。
窓から彼が帽子を取って挨拶すると、駅員は挙手をして一礼しました。
霧がかすめて、ひたひたと絡みついてきます。霜かと思うほどの冷たさに、思わず窓を閉めましたが、彼はそのガラスに顔をぴったりとつけたまま、身動きもせずに見惚れていました。
筑摩川(ちくまがわ)は、後ろへ流れていく月見堂の山の端の影から、月が投げた網のように見えます……。汽車の進行とともに、山の峡(はざま)や峰の谷間が、田を重ね、畝(うね)を重ねて、小桜、緋縅(ひおどし)、萌黄(もえぎ)匂い、櫨(はじ)匂いといった、青地や赤地、蜀紅(しょっこう)の錦の直垂(ひたたれ)を重ね着して、鎧を着込むかのように次々と広がっていきます。人の面影を立ち昇らせる、遠く近くの夕煙は、紫色を込めて裾の方へなびいています。
川面は、まるで金銀の縫い目のようです。川中島さえも、はるか遠くに思えました。
「長野で駅弁を買ったときは、情けなかったな。蓮根に人参、臭い牛肉。おかずといえば生焼けの塩鮭で、がっかりした。……飯山線もそこそこに、ぼんやりと飯を食って、『ああ、旅行なんてしなければよかった』と思ったものだ。いや、贅沢は言うまい。この景色を前にしては恐れ多いぞ」
「お尋ねしますが」
一駅停車したとき、彼の隣に座っていた、黒地の質素な洋服を着て、半コートを羽織り、鳥打ち帽をかぶった山林局の役人と思われる、痩せて陰気な男が、薄暗い窓から顔を出して通りがかりの駅員を呼び止めました。
「伊那(いな)へは、この駅から何里(り)ありますかな」
「六里半ですね。峠を越えて、七里といったところでしょう」
「とすると、次の駅からだとどうなりますか?」
「そうですね……おい、ちょっと」
呼ぶと、駅員が駆け寄ってきました。
まだ宵の口だというのに、靴の音が冷たく響きます。
……改札口から人珍しげにこちらを覗き込んだ、山里の子どもの、乾いた栗のような顔の寂しさ。
「……この駅から伊那まで何里かね」
「山道で六里……あれこれ合わせると七里でございます」
「はあ……」とため息をつくように言った時の、その乗客の顔色も、周囲の光景も、どこか陰鬱なものでした。
「車(人力車)はありますか?」
「ございます」と駅夫が答えました。
「次の駅には?」
「たぶんあるでしょう。一台くらいは」
「いや、ここで降ります」
思い沈んでいた男が、急に慌ただしく言いました。
「ここで降ります」と、もう一度自分に言い聞かせるように付け加えました。
駅員たちは、さっと両脇へ分かれました。
乗客は、眉を圧するような山また山の景色に心を覆われた様子で、うつむき加減に棚の荷物を手繰り寄せました。汽笛が鳴る時、角形の革鞄に洋傘を添えて持ち、決然とした態度で、すたすたと降りていきました。
降り際に、振り返って彼に会釈をしました。
どうぞご無事で、と心の中で祈りました。
四
隣に座っていたその乗客が、どこから乗ってきたのか、彼はそれさえ知りません。
そのうえ、お互いに物思いにふけっていて、一度も言葉を交わすことはありませんでした。
それでも、いざ別れるとなれば、お互いに心が寂しく、懐かしく、まるで他人とは思えないほどでした。列車の中は人が少なく……いや、少ないというより、ほとんど誰も乗っていなかったのです。
彼は、単身で山また山を分け入っていく新しい知人の前途を案じました。
「蜀道(しょくどう)は険しく、世の中はますます険しいものだな。人里離れた駅はすでに夜。どの道を通るにしても、峠を越えて七里以上の道のりだ」……彼は、たった今別れた男の道中での紅葉を想い、霧の深さを想い、霜の鋭さを想い、それよりもさらに早く訪れるであろう雪のことを想っていました。……黒い外套の背中が、次第に遠ざかっていきます。
……
月がこうこうと窓を射抜いたので、まるで宝石箱がパカりと開かれたかのように、山々や谷々の紅葉の錦は、照り輝きを帯びて、さっと目の前で絹の反物が解き広げられたようでした。
しかし、その景色も次第に淡く薄れていきます。
渚に浮かぶ月光に、美しい貝を敷き詰めたような……あの、さらさらと細く立ち上る煙が、まるでカモメの白い影を岬に引きずっているかのように思えたのは、記憶がふと蘇ったからでしょう。
汽車は山の狭間、左右に迫る暗い断崖を切り開いて進んでいました。
窓の外の峰に、星を突き刺すような高い火の見櫓の梯子が見えます。
一軒家の灯りの影すら、落ち葉が幻のように赤く一葉だけ立っているような、そんな明かりさえありません。
岩を削って滴る水は、あの火の見櫓の梯子に伝い落ちて、立ちながらにして氷柱(つらら)になろうとするのか、その冷たさが身に染みるばかりです。
どこに家を焼く炎などあろうか。
明け方の霜を裂き、夕暮れの霧を分けて、山姫が撞木(しゅもく)を打ち鳴らして、紅葉の赤を里へ響かせる――そんな木々の錦の知らせかと思えば、リンドウに似て俯いて咲いた半鐘(はんしょう)の形をした銅の花が、月に紫の影を落としています。
大きなコウモリのように、煙がむらむらと隙間を潜り抜けていきました。
「ああっ、トンネルに入った」
誰もが知る……このトンネルはとてつもなく長いのです。
かつて我が国第一と称され、「天の技に代わるもの」と銘打たれたと聞く、甲州笹子のトンネルよりも、こちらの方が長いかもしれません。
最初は、ただ通り過ぎるだけだろうと気にも留めていませんでした。いえ、気にとめないどころではありません。
この変則的な名所について、知識も経験もなかった彼は、次第に暗くなり、いよいよ深くなり、ものすごくなっていく様子に驚かされました。
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