初級翻訳・魔法罎 第1話

泉 鏡太郎

一

 山々の頂は、まるで木の葉で作られた虹のよう。谷間は、錦(にしき)を広げたような深い淵。
……信濃の秋、山深い場所で見る、霜が降りて冴えわたった夕月の美しさといったら、もう、なんと表現すればよいのでしょう。
……流れる川は、銀色の鱗を持つ龍のようです。
鮮やかな赤、朱鷺(とき)色、桃色、薄い紅梅色、赤丹色、朱色。そして、少しくすんだ樺(かば)色に、冴えわたる黄色。さらに、さっと点々と散る濃い紅葉。それらが紫の霧に溶け込み、山々の気配と混ざり合って、宝石のようにキラキラと輝いています。窓の一つ一つが、名高い「田毎(たごと)の月」を映す水田のように見える汽車の中から外を眺めると、遠くの山の雲の薄衣の裾に、ちらちらと白く、鋭く冷たい光を放ちながら走り出した川の色は、まるで錦の布団を分けた仙女の宮殿に住む、雪のウサギのように見えました。
ススキの穂も白い。
山の尾根のずっと高く、崖に沿ってなびき、堤防に残り、稲束を縫うように生えています。茎も葉も入り乱れて、それは蕎麦の花よりも赤く見えるのに、穂だけは夢のように白く、幻のようです。それなのに、日の名残りなのか、月影なのか、キラキラと艶やかに輝いて、山の袖や懐に錦の面影を残しているその風情は、山々の美しさに心を奪われ、恋の橋から落ちた青い空の雲の余波のようです。
空は澄み渡り、風ひとつない穏やかな日だったので、ススキの穂は静かに動かずじっとしていました。
……
 胡粉(ごふん)のように白く分かれた水の影は、朱を磨く薬研(やげん)の中で水銀が転がるように、きらりと流れて、するすると糸を引くようでした。
汽車が進むにつれて、水のうねりがよく分かります。
……濃い色の紅葉、薄い色の紅葉の間を、霧の隙間を、だんだんと月の光が寄り添っていきます。まるで雲に吸い込まれるように、真っ青な空の下に常緑樹の緑があれば、そこにすっと浮かび上がり、音もなく玉を散らすように光ります。
窓の外もだんだんと夕暮れ色になり、村里の柿の実も、軽くぱらぱらと紅葉の林に紛れていきます。さまざまな緑も黄色に変わり、藁屋根の茶色い色も、赤い草の中に影を沈めていきます。底まで澄んだ霧の中で艶を増し、露もこぼさず、霜も降りず、紅葉も笹の葉のような化粧を凝らして、月光に溶けていきます。二葉、三葉と、ただ赤いしずくが垂れるように、峰から落ちていき、淵にも沈まずにひらひらと舞っています。
散る、風もないのに散っていく。その紅葉の影が消えていくのは、棚田や山田のあちこち。まるで布を打つ砧(きぬた)の音の名残を惜しむかのように、畳まれることもなく、なびき果てることもなく、力なさげに、するすると末広がりに細く立ち昇る夕の煙の中です。
……遠くに見える煙は、人なのでしょうか、山の魂なのでしょうか。それとも峰の精でしょうか。夕霧の中で薄くなっていく様子は、里の美女の影のようにも見えます。
水があるところでは横に渡って橋となり、崖があるところでは草をくぐって道となり、家がある軒先では斜めに巻き付いて、暮れゆく秋の情緒となります。
煙は静かで、燃える火の熱ささえ感じさせません。
しかし、南天の実があふれたように、その底でちらちらと映っているのは、雲の茜色が峰の裏側に夕日の影を投げかけたものです。この赤い宝石の中に混ざり合って、草むらに散った真珠の数は、次々と照らされる「田毎の月」の影でした。
やがて月夜の世界になると、野にも、畑にも、山の懐にも、峰の裾にも、遠くで炭を焼く煙が昇ります。それは雲と見分けがつかないほど。あるいは遠く筑摩川を挟んだ両岸に、するすると立ち昇る煙は、山いっぱいの冷たい虹色の錦の裏側に隠れて、霜の階段になることでしょう。
凍てついて、水晶の丸い柱になることでしょう。
……
 錦の葉の蓑を着て、その階段や柱を登って、山々の、谷々の姫君や妖精たちは、美しい鳥となって月宮殿で遊ぶことでしょう。
木の葉は夜の虹であり、月の錦の淵なのです。
この峰、この谷、このような想い。
紅葉の梢を行く汽車さえ、その轟音さえ、音のない煙や、雪のように見える滝をさかのぼって、淡い青空の雲に響く、幽玄で微妙な音楽のようでした。
車掌が黒い影となって流れていき、
「姨捨(おばすて)! 姨捨!」……

二

「失礼ですが、ここは一体どこなのですか?」
「姨捨です」
 五分間停車と聞いて、峠の橋のような、雲に近く、夕月が白々と輝くプラットホームへ降りた一人旅の客が、うっとりとした表情で尋ねたとき、居合わせた駅員はそう答えました。
しかし、長い眠りから覚めたばかりで、ぼんやりと駅の名を確認したかっただけだと思われたのでしょう。
「姨捨です」
「なるほど」
 と、胸に力を入れるように頷きましたが、汽車に揺られてきた疲れと、山の美しさに魅せられて体がふにゃふにゃになってしまったような、ため息のようにも聞こえました。
実際、彼は駅員の呼び声で、この駅名はすでに聞いて知っていました。
空も山もあまりに美しすぎて、「自分は本当にどこにいるのだろう」と、自分自身を疑って尋ねてみたのでした。
「なんとも言いようがありません。本当にいい景色の場所ですね」
 乗り降りする客も二、三人とわずかです。車内から降りたのは自分一人だったので、海抜二千尺の峰にあるプラットホームは、まるで雲の上に作られた白い瑪瑙(めのう)の桟敷のように思えました。だから、駅員への挨拶も、客が歓迎してくれる主人に対して感謝を伝えるような丁寧なものになったのです。
心は通じ合うもので、駅員も満足そうに微笑んで、
「お気に召して何よりです。紅葉をご覧にいらしたのですか?」
 と、少し自慢げに髭を撫でました。
「いや、見物なんて言うと、ずいぶん贅沢な気がしてね」
 と、彼はなぜか懐の中身が見えるような、あまり懐事情が良くないことを隠すような謙遜の仕方で、
「気まぐれで、お世話になります。しかし、こんな素晴らしい場所なのに、観光客がずいぶんと少ないようですね」「ええ……」と、駅員は時計をちらりと見て言いました。
「今、ちょうど旬の時期より十日ほど遅れているところです。もう雪が降る季節ですからね。風向きによっては、今夜にもあたり一面真っ白になってしまうかもしれません。……もちろん、一番の見頃だと言っても、月がきれいな時期ほどには人が来ないのですがね」

「ああ、なるほど。ところで、その『姨捨山(おばすてやま)』というのは、どのあたりのことを言うのですか?」
「裏にあるこの山一帯をそう呼んでいるようです」
 通りかかって立ち止まった、色白の少年の駅夫が答えてくれました。
すぐ手の届くような山腹には、重なり合う紅葉の影に隠れて、真っ赤なリンドウが二、三輪、霜を浴びて紫を凝縮させたように咲いています。
……道すがらも、この神秘的で奥ゆかしい花は、ススキの根元や林の中、山の険しい岩の角などで、淡い藍色になったり、深く青くなったり、あるいはわざとらしく浅黄色(薄い黄色)になったりと、色が移ろう様子を見せていて、まるで自分に命があることを人に見せつけるように飾っていました。
そして、人里へ降りていくと、峰や草原を、紫の星が忍び歩きで静かに散歩しているような面影がありました。

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