むっくり起き上がるやいなや、犬が走るようにして逃げ帰りました。
翌日、作平は源之丞の家へ行き、起きてきたばかりの源之丞の顔を見るなり言いました。
「昨夜はありがとうございました。あの時拝借した提灯は、松原で大入道に出くわしてしまい、捨てて帰ってしまいました。ですから、これから探しに行ってまいります。どうか少しお待ちください」
「なに、提灯を貸した? それは人違いだろう。わしは昨日は一歩も外へ出ていないぞ」
源之丞は怪訝(けげん)な顔をしました。
作平は呆然として、立ち尽くしてしまいました。平太郎は夜遅くまで作平を待っていましたが、どうにも帰ってきそうにありません。夜中の二時ごろを告げる鐘の音を聞いて、「今夜はもう帰ってこないだろう」と独り言を言いながら、寝床へ向かおうと立ち上がったときでした。背後から誰かが袖を引くのを感じました。
驚いて振り返ってみると、前夜の女がニッコリと笑って座っていました。
「この妖怪め!」
平太郎はそう叫ぶと、抜き打ちに刀で斬りつけました。すると、女は煙のように消えてしまいました。平太郎は苦笑して刀を収めました。
翌朝、作平がやってきて提灯の話をしました。平太郎はそれを笑って聞きました。作平はそのまま西行寺へ向かい、目的の仏画を無事に借りてきました。平太郎はそれを床の間にかけ、香を焚いて花を供えました。
その夜、仏画に明かりを灯し、前に座って静かにお経をあげていると、なんと絵の中から仏様がひらひらと抜け出し、部屋の中を回り始めました。平太郎は微笑みながらそれを眺めていました。やがて、仏画は元の通り、軸の中へと戻っていきました。
その夜のことです。平太郎が寝床の中で目を覚ますと、生首がうようよと枕元に集まってきて、彼の顔を見て笑ったり、蚊帳の中をゴロゴロと転がり回ったりしていました。
またある夜には、平太郎が戸締まりをして寝ようと部屋に戻ると、妊婦が気味の悪い姿で部屋の真ん中に仰向けに倒れていました。剛胆な平太郎は笑いながら、その女の腹の上に腰を下ろしました。すると腹はブクブクと潰れ、蛆がうようよと這い出してきて、部屋中がひどい悪臭に包まれました。
七
作平だけでなく、稲生家を知る人々は皆、どうにかして妖怪を退治したいと考えていました。
向井次郎右衛門は、罠を仕掛ける名手だという猟師の重兵衛を連れてきました。重兵衛は平太郎に向かって、ある寺で大般若経を空中に投げ上げて和尚や参拝者を震え上がらせた古狸や、祠を三つに見せて人を驚かせた古猫を罠で捕まえた話などを聞かせました。そして部屋の様子や庭の配置をしっかり確認すると、庭の垣根に罠を仕掛けました。
それは十八日のことでした。夜になると重兵衛は便所の中に入り、小窓から罠の様子をうかがいながら、妖怪が引っかかるのを待っていました。宵闇の空は薄く曇り、まばらな星が一つ二つと寂しそうに光っています。
夜は次第に更けていきました。冷たい風が首筋を撫で回すように吹き抜けます。重兵衛は小窓の枠に頬を当て、暗闇をじっと見つめていました。
その時、便所の戸がメキメキと音を立て、大きな棒のような手が伸びてきて、重兵衛の首筋をガシッと掴むと、そのまま外へ放り投げてしまいました。
その物音を聞いて、平太郎は「妖怪が罠にかかったか」と思い、片手に灯り、片手に刀を持って庭へ出ました。すると、垣根のそばに重兵衛が倒れて気絶していました。罠を見ると、昼間に重兵衛が仕掛けたままの状態で残っています。
「おい、おい、どうした!」
平太郎が肩を揺り動かすと、重兵衛はようやく意識を取り戻しました。
「あれは……狸や狐じゃありません。天狗です、天狗にやられました」と、彼は声を震わせて言いました。
平太郎は、もう運を天に任せて、妖怪と根比べをするしかないと悟りました。それからは、夜伽を申し出る者がいてもすべて断り、一人で静かに家を守り続けました。
雨がしとしとと降る夜のことです。陰山庄左衛門の弟である正太夫が見舞いにやってきました。正太夫は平太郎の幼馴染でした。
正太夫は挨拶を済ませると、自分が差してきた刀を手に取り、平太郎に見せて言いました。
「これは、兄が殿様から拝領した備前長船の名刀だ。妖魔もこの霊力にはかなわないだろう。今夜はぜひ夜伽をさせてくれ。もし現れたら、一刀のもとに斬って退治してやる」
庄左衛門が主君から長船の刀を拝領したことは平太郎も知っており、密かに羨ましく思っていた名刀でした。彼は喜んで刀を借り、まじまじと眺めました。
夜中過ぎになると、二人とも話すことがなくなり、黙って座っていました。
その時、台所の方から女の首がゴロゴロと転がってきました。正太夫はそれを見るやいなや、いきなり長船の刀を抜いて斬りつけました。首は二つに割れ、そのままふっと消えてしまいました。
その瞬間、刀の目釘(固定する部品)が折れ、刃はあらぬ方へ飛んでいって柱に当たり、二つに折れてしまいました。二人は驚いて顔を真っ青にしました。
「大変なことをしてしまった」
正太夫は恨めしそうに折れた刀を見つめ、「こうなっては仕方がない。死んで兄上にお詫びをするしかない」と言って、脇差に手をかけました。
平太郎はそれを押し止めました。
「これは貴殿が拙者の難儀を救おうとしてくれた結果の過ちだ。拙者の不手際でもある。夜が明けたら、拙者から庄左衛門殿へお詫びをして、貴殿に迷惑がかからないようにしよう」
「お心遣いはありがたいが、武士たる者が自分の失敗を他人に押し付けることはできん……」
そう言いながら、正太夫は平太郎の隙をついて脇差を抜き、自らの腹に突き立てました。平太郎は驚いてその手にすがりつきましたが、もはやどうすることもできませんでした。それでも彼は、正太夫の両肩をしっかり抱きかかえて、
「正太夫殿、正太夫殿」と、懸命に呼びかけ力を込めましたが、傷が深いのか、みるみるうちに息を引き取ってしまいました。
哀れな友は、自分を助けようとして犠牲になり、命を落としてしまったのです。
平太郎は、その亡骸(なきがら)の前に座り込み、悲しみの中で考えました……妖怪などのせいで友を殺してしまったとなれば、世間に対してあまりにも申し訳が立ちません。
それに、こんな状況ではいつ自分も妖怪のために命を落とさないとも限りません。
どうせ運のない身の上なのだから、自分をかばって死んだ友と一緒に死んで、せめてものお詫びをしようと思い至ったのです。
夜はもう明けかけていました。
彼は別室へ行き、伯父と新八郎に宛てて遺書を書くと、再び正太夫の亡骸の前へ戻り、肌を脱いで短刀を腹に向けました。
「早まってはいかん、早まってはいかん!」
と叫びながら、あわただしく走り込んできた者がいました。
平太郎は短刀を握った手を止め、顔を上げました。
それは、病気で部屋に引きこもっていた権八でした。
「なぜ、そんなことをなさるのですか」
権八は平太郎の手を掴み、叱るように言いました。
平太郎は静かに、正太夫が切腹してしまった経緯を話し、
「申し訳を立てるための切腹だから、決して止めてくださるな」
と言って、権八の手を振り払おうとしました。
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