ロレンゾは女だったのです。
見てください。
猛火を背にして、垣根のように立ち並ぶ信者たち。邪淫の戒めを破ったとして、サンタ・ルチアの教会を追い出されたロレンゾは、あの傘職人の娘と同じ、眼差しがあでやかな、この国の女だったのです。
まさにその瞬間の、恐ろしくも尊い光景は、まるで神さまの御声が、星の光も見えない遠い空から伝わってくるようであったと言い伝えられています。
だからこそ、サンタ・ルチアの前に並んでいた信者たちは、風に揺れる穂麦のように、誰からともなく頭を垂れて、みんなロレンゾの周りに跪きました。
その中で聞こえるのは、ただ空をどよもして燃え盛る、巨大な炎の響きだけです。
いや、誰かのすすり泣く声も聞こえましたが、それは傘職人の娘でしょうか。
あるいはまた、自分を兄と慕っていた、あのイルマンのシメオンでしょうか。
やがて、その静まり返ったあたりを震わせながら、ロレンゾの上に高く手をかざして、神父さまがお経を唱える声が、厳かに、そして悲しげに聞こえてきました。
そして、お経の声が終わったとき、ロレンゾと呼ばれたこの国のうら若い女は、暗い夜の向こうに、天国の栄光を仰ぎ見て、安らかな微笑みを唇に残したまま、静かに息を引き取ったのです。
……
その女の人生については、これ以外に何も知られていないと聞いています。
けれど、それがどうしたというのでしょう。
すべての人の世の尊さは、何ものにも代えがたい、その瞬間の感動にこそ極まるものなのです。
暗い夜の海にもたとえられる煩悩の心に、一筋の波を立てて、まだ見ぬ月の光を、水しぶきの中に捕らえてこそ、生きる甲斐のある命と言えるのではないでしょうか。
ならば、ロレンゾの最期を知ることは、ロレンゾの一生を知ることと同じなのかもしれません。
二
私が所蔵している、長崎のイエズス会が出版した一冊の本。題して『レゲンダ・アウレア』といいます。
これは「黄金伝説」という意味です。
けれどその内容は、必ずしも西欧で知られる「黄金伝説」そのものではありません。
あちらの使徒や聖人の言行を記録すると同時に、この日本でキリスト教を信じた人々が、どれほど勇ましく精進したかという事績も記して、福音を伝える助けにしようとしたもののようです。
形式は上下二巻。美濃紙に草書交じりのひらがなで書かれており、印刷はひどく不鮮明で、活字なのかどうかさえはっきりしません。
上巻の表紙には、ラテン語でタイトルが横書きされ、その下に漢字で「御出世以来千五百九十六年、慶長二年三月上旬|鏤刻也(ろこくなり)」と二行にわたって縦書きされています。
年代の左右には、ラッパを吹く天使の絵が描かれています。
技術はとても幼稚ですが、それなりに味わい深い趣があります。
下巻も表紙に「五月中旬鏤刻也」とある以外は、上巻と全く同じです。
両巻とも紙数は約六十ページで、収められている黄金伝説は、上巻に八章、下巻に十章を数えます。
その他、各巻の冒頭には著者不明の序文と、ラテン語を添えた目次があります。
序文は文章が整っておらず、時折、欧文をそのまま直訳したような言い回しが混ざっているため、一見すると、神父である西洋人の手によるものかと思わせます。
以上、採録した「奉教人の死」は、その『レゲンダ・アウレア』下巻第二章に基づくものであり、おそらくは当時長崎のキリスト教寺院で実際に起きた、忠実な記録なのでしょう。
ただし、記事の中にある大火については、『長崎港草』などの書物を調べても、実際にあったのかどうかさえ定かではないため、正確な年代を特定することはできません。
私は「奉教人の死」を発表するにあたり、必要に応じて多少の文学的な飾りを加えました。
もし原文の平易で雅やかな筆致を、ひどく損なっていないのであれば、私にとってこれ以上の幸せはありません。
(大正七年八月)
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