初級翻訳・銀河鉄道の夜 第7話

宮沢 賢治

それでも確かに流れていることは、二人の手首の、水に浸したところが少し水銀色に浮いたように見え、その手首にぶつかってできた波が、美しい燐光を上げてチラチラと燃えるように見えたことでも分かりました。
川上の方を見ると、すすきがいっぱいに生えている崖の下に、白い岩がまるで運動場のように平らに、川に沿って突き出ていました。
そこに小さな五、六人の人影が、何かを掘り出したり埋めたりしているらしく、立ったり屈んだりしていて、時々何かの道具がピカッと光ったりしました。
「行ってみよう!」二人は同時に叫んで、そちらの方へ走りました。
その白い岩になった場所の入り口に〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物のようにツルツルした標札が立っていました。向こうの岸辺には、ところどころに細い鉄の柵も植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。
「おや、変なものがあるよ」カムパネルラが不思議そうに立ち止まって、岩から黒くて細長く、先の尖ったクルミの実のようなものを拾い上げました。「くるみの実だよ。
ほら、たくさんある。
流れてきたんじゃない。
岩の中に埋まっているんだ」

「大きいね、このくるみ、普通の倍はあるよ。
こいつは少しも傷んでいない」

「早くあそこへ行ってみよう。
きっと何かを掘っているから」

二人は、ぎざぎざした黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ歩いていきました。左手の渚には、波がやさしい稲妻のように光って打ち寄せ、右手の崖には、銀や貝殻でできたようなすすきの穂が揺れていました。

だんだん近づいて見ると、一人の背が高く、ひどく分厚い眼鏡をかけた、学者らしい人がいました。長靴を履いて手帳に何かを忙しそうに書きつけながら、つるはしを振り上げたり、スコップを使ったりしている三人の助手らしい人たちに、夢中でいろいろと指示を出していました。

「そこのその突起を壊さないように、スコップを使うんだ。
スコップを。
おっと、もう少し遠くから掘って。
いけない、いけない。
なぜそんな乱暴をするんだ」

見ると、その白い柔らかな岩の中から、大きな大きな青白い獣の骨が、横に倒れて潰れたような格好で、半分以上掘り出されていました。そしてよく見ると、そこらには、蹄(ひづめ)の二つある足跡がついた岩が、四角に十個ほど、きれいに切り取られて番号がつけられていました。

「君たちは見学かね」

その大学の先生らしい人が、眼鏡をキラリとさせて、こちらを見て話しかけてきました。

「くるみがたくさんあっただろう。
それはまあ、ざっと百二十万年くらい前のくるみだよ。
ごく新しい方さ。
ここは百二十万年前、第三紀の終わりのころは海岸でね。この下からは貝殻も出てくる。
いま川が流れているところにも、そっくりそのまま塩水が寄せたり引いたりしていたんだ。
このけものかね、これはボスといってね。おいおい、そこ、つるはしはよしたまえ。
丁寧にノミでやってくれたまえ。
ボスといってね、今の牛の先祖で、昔はたくさんいたのさ」

「標本にするんですか?」

「いや、証明するのに必要なんだ。
ぼくらから見ると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年くらい前にできたという証拠もいろいろ挙がる。だけれども、ぼくらと違った存在から見てもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水か、がらんとした空っぽの何かに見えやしないか、ということを確かめているんだ。
わかったかい?
けれども、おいおい、そこもスコップではいけない。
そのすぐ下に肋骨が埋まっているはずじゃないか」

先生はあわてて走っていきました。

「もう時間だよ。行こう」

カムパネルラが地図と腕時計を比べながら言いました。

「ああ、では私たちは失礼いたします」

ジョバンニは、丁寧に先生にお辞儀をしました。

「そうですか。いや、さよなら」

先生は、また忙しそうにあちこち歩き回って監督を始めました。二人は、その白い岩の上を、汽車に遅れないように一生懸命走りました。そして本当に、風のように走ることができました。息も切れず、膝も熱くなりませんでした。こんなふうに走れるなら、世界中だって駆け巡れると、ジョバンニは思いました。

そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電灯がだんだん大きくなって、間もなく元の車室の席に座り、さっきまでいた方を窓から眺めていました。

八 鳥を捕る人

「ここへ座ってもよろしいかな?」

がさがさした、けれど親切そうな大人の声が、二人の後ろで聞こえました。
それは、茶色い少しぼろぼろの外套(がいとう)を着て、白い布で包んだ荷物を二つに分けて肩にかけた、赤ひげを生やした背中の曲がった人でした。

「ええ、いいですよ」

ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶しました。その人は、ひげの中でかすかに微笑みながら、荷物をゆっくり網棚にのせました。ジョバンニは、何だかとても寂しいような、悲しいような気持ちがして、黙って正面の時計を見ていました。すると、ずっと前の方でガラスの笛のような音が鳴りました。
汽車はもう、静かに動き出していたのです。

カムパネルラは、車室の天井をあちこち見ていました。その一つの明かりに黒い甲虫がとまっていて、その影が大きく天井に映っていたのです。赤ひげの人は、何だか懐かしそうに笑いながら、ジョバンニやカムパネルラの様子を見ていました。汽車はもうだんだん速くなり、すすきと川が、交互に窓の外から光っていきました。

赤ひげの人が、少しおどおどしながら、二人に尋ねました。

「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか?」

「どこまでも行くんです」

ジョバンニは、少し決まり悪そうに答えました。

「それはいいね。この汽車は、実際、どこまででも行きますぜ」

「あなたはどこへ行くんですか?」「カムパネルラは、いきなり喧嘩でもするような勢いでたずねたので、ジョバンニは思わず笑ってしまいました。
すると、向かいの席にいた、とがった帽子をかぶり、大きな鍵を腰に下げた人も、ちらっとこちらを見て笑ったので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑い出してしまいました。
ところがその人は、別に怒った様子もなく、頬をピクピクさせながら答えました。
「私はすぐそこで降ります。鳥を捕まえる商売でね」
「何鳥ですか?」
「鶴や雁(かり)です。サギも白鳥もですよ」
「鶴はたくさんいますか?」
「いますとも、さっきから鳴いているじゃありませんか。聞こえなかったのですか?」
「いいえ」
「今だって聞こえるじゃないですか。ほら、耳をすまして聞いてごらんなさい」
二人は顔を上げ、耳をすませました。
ごとごとと走る汽車の音と、すすきを揺らす風の音のあいだから、ころんころんと水が湧き出るような音が聞こえてくるのでした。
「鶴は、どうやって捕るんですか?」
「鶴ですか、それともサギですか?」
「サギです」ジョバンニは、どっちでもいいやと思いながら答えました。
「そいつはな、わけないことですよ。サギというものはみんな、天の川の砂が固まって、ぼうっとできるものだからね。それに、いつも川へ帰るでしょう。

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