「おいカン君、お嬢さんが君に決めたってさ。」
「何をさ?」
カン蛙はけろんとした顔つきでこちらを向きました。
「お嬢さんがお前さんを連れていくそうだよ。」
カン蛙は急いでこちらへやってきました。
「お嬢さん今晩は、僕に何か用があるんですか。
なるほど、そうですか。
よろしい。
承知しました。
それで、日はいつにしましょうか。
式の日は。」
「八月二日がいいわ。」
「それがいいですね。」
カン蛙はすました顔で空を仰ぎました。
そこでは雲の峰がいままたペネタ型(平べったい形)になって流れていんでいます。
「それじゃあ、あたしお家に帰ってみんなにそう言うわ。」
「ええ。」
「さようなら。」
「さようならね。」
ベン蛙とブン蛙はぷりぷりと怒って、いきなりくるりと後ろを向いて帰ってしまいました。
しゃくにさわった勢いで、あの林の下の堰を、ただ二足(ふたあし)でちゃっちゃっと泳いで渡ったのでした。
そのあとでのカン蛙の喜びようといったら、もう言葉では表せないほどでした。
あっちへ歩き、こっちへ歩き、東から二十日の月が昇るころ、やっとのことで家に帰って眠りにつきました。
◇
さて、ルラ蛙の方でもいろいろと準備をしたり、カン蛙と話し合ったりして、だんだんと話がまとまりました。
いよいよあさってが結婚式という日の夜明け前、カン蛙は夢の中で、
「今日はどうしてもみんなの所を歩いて、明後日の式に招待してこなくちゃいけないな」
とつぶやきました。
ところが、その夜明けから朝にかけて、いよいよ雨が降りはじめました。
林はガアガアとざわめき、カン蛙の家の前のツメクサは、うす濁った水をかぶってぼんやりとかすんで見えました。
それでもカン蛙は勇んで家を出ました。
堰の水は濁って大変に増え、何本もの蓼(たで)や露草はすっかり水の中に沈んでいました。
飛び込むのはちょっと怖いほどの水量です。
それでもカン蛙は、一本の蓼からピチャンと水に飛び込み、スイスイスイスイと泳ぎました。
泳ぎながらもどんどん流されていきました。
それでもどうにかこうにか向こう岸にたどりつきました。
それから苔の上をずんずん進み、何本もの虫の歩く道を横切って、大粒の雨に打たれながらゴム靴をピチャピチャと鳴らして、楢の木の下にあるブン蛙の家までやってくると、高く叫びました。
「こんにちは、こんにちは!」
「どなたですか。
おお、君か。
入りたまえ。」
「いやあ、どうもひどい雨だね。
パッセン大街道も今日はいきものの影さえないぞ。」
「そうだなあ。
ずいぶんひどい雨だ。」
「ところで、君も知っている通り、明後日は僕の結婚式なんだ。
どうか来てくれ給え。」
「うん。
そうそう。
そういえばあの時、あのちっぽけな赤い虫が何かそんなこと言っていたような気がするね。
行くよ。」
「ありがとう。」どうか頼むよ。
それではさよならね。
」
「さよならね。
」
カン蛙はまたピチャピチャと林の中を通って、ススキの中にあるベン蛙の家へとやって来ました。
「こんにちは、こんにちは。
」
「どなたですか。
おや、君か。
いらっしゃい。
」
「ありがとう。
それにしてもひどい雨だね。
パッセン大街道も、今日はすっかり静まり返っているよ。
」
「そうかい。
ずいぶんひどい雨だねえ。
」
「ところで、君も知っているだろうけれど、明後日は僕の結婚式なんだ。
どうか来てくれ給え。
」
「ああ、そんな話はどこかで聞いたっけねえ。
行くともさ。
」
「どうか頼むよ。
それではさよならね。
」
「さよならね。
」そしてカン蛙はまたピチャピチャと林の中を歩き、プイプイと堰を泳いで、自分の家にたどり着くとようやく安心しました。
※
ちょうどそのころ、ブン蛙がベン蛙の家へとやって来ていました。
「こんにちは、こんにちは。
」
「はい。
やあ、君か。
いらっしゃい。
」
「カンが来ただろう。
」
「うん。
いまいましいね。
」
「まったくそうだ。
ちくしょう。
何とかしてひどい目にあわせてやりたいものだなあ。
」
「僕がいい考えを思いついたよ。
明日の朝ね、もし雨が上がったら、結婚式の前にちょっと散歩しようって言ってあいつを引っ張り出して、あそこのススキの刈り跡を歩くんだよ。
僕らだって少しは足が痛むだろうけれど、まあそこは我慢してさ。
そうすれば、あいつのゴム靴がめちゃめちゃになるだろう。
」
「うん。
それはいいねえ。
だけど、僕はまだそれくらいじゃ腹の虫が収まらないよ。
結婚式が終わったらあいつらを引っ張り出して、あの畑の麦を干した杭の穴に落としてやりたいね。
上から何か木の葉でもかぶせておこう。
それは僕がやっておくよ。
きっと面白いぞ。
」
「それもいいね。
じゃあ、雨が上がったら実行しよう。
」
「うん。
」
「ではさよならね。
」
蛙たちの挨拶の「さよならね」も、もう聞き飽きてうんざりしてきました。
もう少しですからね。
どうか我慢してください。
ほんのもう少しですから。
※
次の日の昼すぎ、雨が上がって太陽の光が射してきました。
ベン蛙とブン蛙の二匹が一緒に、カン蛙の家へとやって来ました。
「やあ、本日はおめでとう!
お招きのとおりやって来たよ。
」
「うん、ありがとう。
」
「ところで、式までにはまだまだ時間があるだろう。
少し歩かないか?
散歩すると血色もよくなるぜ。
」
「そうだな。
それじゃあ行こうか。
」
「三人で仲良く手をつないで行こうね。
」ブン蛙とベン蛙が、両側からカン蛙の両手をしっかりとつかみました。
「いやあ、雨上がりの空気って、実に最高だねえ。
」
「うん。
さっぱりして本当に気持ちがいいね。
」三匹はススキの刈り跡へとやって来ました。
「ああ、いい景色だ。
ここを通って行こうよ。
」
「おい。
ここはよそうよ。
もう引き返そうよ。
」
「いやいや、せっかく来たんだからさ。
もう少し行こうじゃないか。
ほら、歩きたまえ。
」二匹は両側からぐいぐいとカン蛙の手を引っ張り、自分たちも足が痛いのをじっと我慢しながら、ぐんぐんとススキの刈り跡を歩いていきました。
「おい。
よそうってば。
やめてくれよ。
ここは歩けないよ。
あぶないよ。
帰ろうよ。
」
「実にいい景色だねえ。
もう少し急いで行こうか。
」と二匹は両側から、まだ破れていないカン蛙のゴム靴を見つめながら口を揃えて言いました。
「おい。
よしてくれよ。
冗談じゃないぞ。
やめようよ。
あ痛っ!
あっあぁ、とうとう穴があいちゃったじゃないか。
」
「どうだい、この空気のうまいことといったら!
」
「おい。
帰ろうよ。
引っ張らないでくれよ。
」
「実にいい景色だねえ。
」
「離してくれ!
離してくれよ!
放せったら!
ちくしょう!
」
「おや、君は何かに足をかじられたんだねえ。
そんなにもがかなくてもいいじゃないか。
しっかり押さえていてあげるからさ。
」
「放せ!
放せ!
放せったら!
ちくしょうめ!
」
「まだかじられているかい?
そいつは大変だ!
早く逃げなきゃ。
コメント