初級翻訳・小公女 第36話

小公女

「すっかりプリンセス・セーラに戻っちゃったじゃないの」

 ラヴィニアは顔を真っ赤にしました。ジェシーのいった通り、今入ってきたセーラは、あのプリンセス・セーラそのものでした。少なくとも、セーラはプリンセス時代以来、今日のように身綺麗にしていたことはありませんでした。彼女は二、三時間前までのセーラとは似ても似つかぬ服装をしていたのです。
「きっと誰かが、あの子に財産を残したのね」と、ジェシーは囁きました。「私、いつでもあの子には何かが起こると思っていたわ」
「きっと、ダイヤモンド鉱山でも、また見つかったんでしょうよ」とラヴィニアは、とげとげしくいいました。「そんな目で見てると、あの子がいい気になるからおよしなさいよ。馬鹿ね」

 ふいに、ミンチン先生が太い声でいいました。
「セーラさん、ここへ来てお座りなさい」
 で、セーラは昔座っていた名誉の席につき、俯いて本を読み始めました。

 セーラはその夜、部屋に帰ってベッキーと夕飯を済ませると、長いこと炉の火を見つめて黙っていました。
「お嬢さま、何かお話を作っていらっしゃるの?」
「いいえ、私、どうすればいいのだろうと考えているの。私、あの方のことを考えずにはいられないのよ。でも、あの方は何も知られたくないのかもしれないでしょう。そんなら、あの方がどんな方だか探り出したりしちゃあ、失礼になるでしょう。でも私、どんなにあの方をありがたく思っているか――どんなに幸福にしていただけたか、ということを、あの方に申し上げたくてならないの。親切な人ってものは、お礼はいわれたくなくても、幸福になったかどうかは知りたいものよ。私、私、ほんとに――」

 いいかけてセーラは、ふとテーブルの上の文房具箱に目を留めました。紙や、封筒や、インクや、ペンの入ったその箱は、一昨日ここに運び込まれていたものでした。
「まあ私、どうして今まであれに気がつかなかったんでしょう。私、お手紙を書いてあのテーブルの上にのせておくわ。そうすれば、きっと片付けに来る方が、手紙も一緒に持っていって下さるわ」

 そこで、セーラは次のような手紙を書きました。
「あなたは、ご自分を秘密にしておきたいご所存でいらっしゃいますのに、こんな手紙を差し上げる失礼をお許し下さい。私は決して失礼なことをしたり、何か探り出そうとしたりなどするつもりはないのでございます。ただ、これほどまでに親切にして下さったこと、何もかもお伽話のようにして下さったことに対して、一言お礼を申し上げたいのでございます。あなたの御恩は決して忘れません」私も、ベッキーも、それはそれは幸せです。
私たちが、どれほどいつも寂しく、寒く、お腹をすかせていたか……それなのに今は、あなたは私たちのために、なんて素晴らしいことをしてくださったんでしょう。
お礼だけは言わせてください。
どうしても言わずにはいられないのです。
ありがとう! 本当にありがとうございます。
屋根裏部屋の少女より

 セーラは翌朝、この手紙をテーブルの上に置いておきました。
 夕方帰ってみると、手紙は他のものと一緒に持ち去られていました。
 セーラは、手紙がちゃんと魔法使いの元に届いたのだと思うと、ますます幸せな気持ちになりました。
 その晩、セーラがベッキーに新しい本を読んで聞かせていますと、天窓のあたりでふと音がしました。
「何かいるわ、お嬢さま」
「そうね、なんだか猫が入ってこようとしているような音ね。ひょっとすると、またあのお猿さんが逃げ出してきて、ここに来たのかもしれないわ」

 セーラは椅子の上に立ち、注意しながら天窓を開けて外を覗きました。
 雪の降る日で、白く積もった窓の外に、震えながらうずくまっているものがいました。
「やっぱりお猿さんだわ。きっとお隣のインドの紳士の屋根裏から這い出して、この明かりに惹かれてここへ来たのね」
 ベッキーが駆け寄って言いました。
「お嬢さま、中に入れてあげるんですか?」
「ええ、お猿さんを外に出したままにしておくなんて、寒すぎてかわいそうよ。お猿さんは寒さに弱いの。私、うまく誘って中に入れてあげる」

 セーラは、いつも小鳥やネズミのメルキゼデクに話しかけるときのように、片手を差し出しながら、あやすように声をかけました。
 そうしていると、セーラ自身がまるで小さな人懐っこい動物になったようで、内気で野生的な動物の気持ちがよくわかるようでした。
「お猿さん、入ってらっしゃいな。私、意地悪なんてしないから」
 そんなことはお猿さんもわかっていたのでしょう。
 セーラがそっと手を取り、天窓の縁へ引き上げたときも、されるがままになっていました。
 セーラが抱きしめると、お猿さんもセーラの胸にしがみつき、髪の毛を親しげに握って、じっとセーラの顔を覗き込みました。
「なんていいお猿さんなんでしょう。私、小さな生き物が大好きなの」

 お猿さんはストーブの火にありついて、とても嬉しそうでした。
 セーラが座って膝の上に乗せてやると、お猿さんは不思議そうに、彼女とベッキーの顔を見比べました。
「この子、不器量ね、お嬢さま」
「ほんとに、不器量な赤ん坊みたいな顔をしているわね。お猿さん、ごめんなさい。でも、あなたがお猿さんでよかったわ。あなたのお母さんは、まさかあなたを自慢するわけにもいかないでしょうし、親戚の誰に似ているなんてお世辞を言うわけにもいかないものね。でも、私、本当にあなたが大好きよ」

 セーラは椅子にもたれかかり、ふと考えました。
「この子だって、きっと自分の顔が良くないからって悲しんでいるのかしら。そのことがいつも心にあるのかもしれないわ。でも、お猿さんに心なんてあるのかしら? 可愛いお猿さん、あなたには心があるの?」
 しかし、お猿さんはただ小さな手を上げて、頭をかいただけでした。
「お嬢さま、このお猿さん、どうするおつもりですか?」
「今夜は私のところにお泊まりよ。明日になったら、インドの紳士のところへ連れて行くつもり。返したくなくて寂しいけれど、でも帰らなきゃいけないのよ。あなたは、お家の中で一番可愛がられるようにならなきゃいけないんだから」

 セーラは眠るとき、自分の足元にお猿さんのための巣を作ってあげました。
 すると、お猿さんはその巣が気に入ったのか、赤ん坊のようにすっぽりと埋まって眠り込みました。

十七 「この子だ」

 翌日の午後、インドの紳士の書斎には、お屋敷の子どもたちが三人集まって、病人の気持ちを明るくしようとしていました。
 子どもたちは、病人に「遊びに来てほしい」と頼まれて、こうして慰めていたのです。
 インドの紳士は、ここしばらく生きた心地もしないほど苦しんでいましたが、今日こそは、ある出来事を心待ちにしていました。
 それは、カーマイケル氏がモスクワから帰ってくることでした。
 氏の帰国は、予定より何週間も遅れていたのです。
 最初はモスクワに着いても、探している家族がどこにいるのか全くわかりませんでした。
 やっと居場所を突き止めて行ってみると、あいにく旅行中で不在でした。
 旅先に追いかけていくのも無駄だったので、氏は彼らが戻ってくるまでモスクワで待つことにしたのです。

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