あの人は、飲み食いもするしかっこいい服を着るのも好きですが、働くのは大きらいで、『神さまのお名前にかけて』ものを恵んでもらうこともしません。
ただ、だれにでも金貨をくれます。
はじめのうちはみんなあの人のほしいものを分けてあげましたが、金貨がたくさんになったので、今じゃだれもあの人にあげるものがないんです。
どうしたらいいでしょう、このままだと飢え死にしてしまいますよ」
イワンはじっと聞いていました。
そして、こう言いました。
「いいとも、いいとも。
それじゃあ、みんなで世話をしてやるがいい。
羊飼いが羊の群れの世話をするみたいに、一軒一軒、かわりばんこにごはんを食べさせてやるがいいさ」
これよりほかに仕方はありませんでした。
お年寄りの悪魔は、かわりばんこに村の家々をまわって、食事をごちそうしてもらうようになったのでした。そのうちに順番がやってきて、年老いた悪魔がイワンの家にごちそうを食べに行く番になりました。
ちょうどそのとき、あの耳のきこえない娘がごはんの準備をしているところでした。
耳のきこえない娘はこれまでにも、何度もなまけ者たちにだまされていました。
そんななまけ者に限って、自分の担当の仕事はろくにしないで、誰よりも早く食事にやってくるうえに、人の分までぜんぶ平らげてしまうのでした。
そこで娘は、手を見てなまけ者を見分けることにしました。
ごつごつした硬い手の人ならすぐにテーブルにつかせましたが、そうでない人は、食べ残しのものしかあたえないことにしていたのです。
年老いた悪魔がテーブルにつきました。
すると耳のきこえない娘は、さっそくその手ををつかんで調べはじめました。
ところが、手にはちっとも硬いところがありません。
すべすべしていて、爪が長く伸びていました。
耳のきこえない娘はうなり声をあげながら、悪魔をテーブルからひき離しました。
すると、イワンのお嫁さんが言いました。
「悪く思わないでくださいね。
あの子は、ごつごつした手をした人じゃないとテーブルにつかせないんです。
でも、ちょっと待っていてください。
みんなが食べ終わったら、あとで残ったものを食べさせてあげますからね」
年老いた悪魔は、ひどく気分を害してしまいました。
王様の家であるはずの場所で、自分を豚のように扱っているからです。
かれはイワンに言いました。
「だれもかれもが手を使って働かなきゃならないなんて、お前の国のでたらめな法律もいいところだ。
こんな馬鹿げたことを考えるのも、そもそもお前が馬鹿だからだ。
賢い人間が何を使って仕事をするか、お前は知っているか?」
するとイワンは答えました。
「わしらのような馬鹿に、そんなことがわかるもんか。
わしらは大抵の仕事は、手や背中を使ってやっているんだからね」
「だからお前たちは馬鹿だと言うんだ。
だがな、おれが『頭』で働く方法を一つ教えてやろう。
そうすれば、手で働くより頭を使う方が、どんなに得をするかよくわかるはずだ」
イワンはびっくりしました。
そして、
「そうだとすりゃ、なるほど私らを馬鹿だと言うのももっともだな」
と言いました。
そこで年老いた悪魔は言葉をつづけて、こう言いました。
「しかし、ただ頭で働くのは簡単なことじゃない。
お前のところの娘は、おれの手がすべすべしていて硬いところがないと言って食べ物をくれないが、頭で働くことは、それよりも百倍も難しいということを、お前たちはまったく分かっていないのだ。
ときには、あまりの難しさに頭がぱっくり割れてしまうことだってあるんだからな」
イワンは深く考え込みました。
「ほう? じゃあお前さん、どうしてそんなに自分で自分を苦しめているんだい?
頭が痛むようなときは、気持ちだってよくないだろうにねえ。
それよりは手や背中を使って、もっと気楽な仕事をしたほうがよさそうなものだがねえ」
しかし悪魔は言いました。
「おれがそんな苦労をするのも、みんなお前たち馬鹿な人間どもがかわいそうだからだ。
もしおれがこれを教えなければ、おたちゃいつまでたったって馬鹿なままじゃないか。
だが、おれは頭で仕事をしたおかげで、お前たちにその尊いやり方を教えてやることができるんだよ」
イワンは目を丸くしてびっくりしました。
「じゃあ、わしらにそれを教えてくれよ。
わしらの手が疲れ果てて動かなくなったときに、そのかわりに頭で仕事ができるようにさ」
とイワンは言いました。
悪魔は、村の人々に頭の使い方を教えてやると約束しました。
そこでイワンは、村のすべての人たちに向けて、ふれを出しました。
「頭で働くことのできる立派な先生がやって来たぞ。その先生は手を使うよりも頭を使って仕事をするほうがずっとすごいと言っている。だから人民たちは残らず、この立派な先生のところに教わりに行って、しっかり習わなければならない」というふれでした。
イワンの国には、ひとつの高い塔がありました。
その塔には、てっぺんまで登ることのできる階段がついていました。
イワンは、すべての人民たちがその先生の顔をよく見ることができるように、その立派な紳士を塔の上へ連れて行きました。
こうして、例の紳士は塔のてっぺんに立って演説をはじめたので、人民たちはかれを見ようとして集まってきました。
人民たちは、この紳士が「手を使わないで頭で働く方法」を実際に目の前で見せてくれるものと思っていました。
しかし、かれは「どうしたらまったく働かないで生活をしていけるか」ということばかりを、くりかえしくりかえし話しつづけただけでした。
人民たちには何が何だか、ちっともわかりませんでした。
人民たちは紳士を見上げ、首をかしげ、また見上げましたが、とうとう最後には、それぞれの自分の仕事をするためにその場を立ち去ってしまいました。
年老いた悪魔は、塔のてっぺんに一日中立ちつづけました。
そして二日目も、やはり休むことなくしゃべりつづけました。
しかし、あまりにも長いあいだそこに立ちっぱなしだったために、すっかりおなかをペコペコに空かせてしまいました。
けれども、だれも塔の上へ食べ物を持って行ってやろうなどとは、みじんも考えませんでした。
「手で働くよりも、頭で働くほうがもっと素晴らしいなら、パンの心配くらい当然自分で何とかできるはずだ」と思ったからでした。
その次の日も、年老いた悪魔は塔のてっぺんに立ったまま、しゃべりつづけました。人民たちは集まって来て、しばらくの間立って見ていましたが、すぐに帰って行ってしまいました。
イワンは人民たちに尋ねました。
「どうだい?
少しは頭で仕事をしはじめたかい?」
すると人民たちは言いました。
「いいや、まださっぱりだよ。
先生は相変わらずペラペラしゃべりつづけてるだけさ」
年老いた悪魔は、その次の日も一日中塔の上に立っていましたが、だんだん体力が弱ってきて、前へつんのめったかと思うと、あかり取りの窓のそばにあった一本の柱へ頭をゴツンとぶつけました。
それを見つけた人民の一人が、イワンのお嫁さんに知らせに行きました。
するとイワンのお嫁さんは、畑で仕事をしていたイワンのところへ走っていきました。
初級翻訳・イワンの馬鹿 第10話
イワンの馬鹿
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