初級翻訳・銀の匙 第7話

中 勘助

私はその中で「これがほしい」と言ったことは一度もなく、伯母さんがあれこれと一つずつ出して見せて、うまく当てるまでは首を振ってぐずぐず言っているのですが、たいていの場合は例のお犬様と牛を出されれば機嫌が直ってしまうのでした。
なにか気に入らなくて手当たり次第に物を放り出すと、伯母さんは腹も立てずに、どこか具合が悪いのではないかと心配して、すぐに私の額に手を当ててみます。
熱があれば、すぐにでもお医者様へ連れて行かれるのです。
それがいやさに、額を押さえられると、へなへなとおとなしくなってしまうのでした。
菊が咲く頃ならば、伯母さんは、
「菊毛氈(きくもうせん)を作ってあげるから、おとなしくしているんだよ」
と言って、裏畑から菊を摘んできて、菊毛氈をこしらえてくれます。
それは、いろいろな菊のさまざまな花びらを、アラビア模様のように紙の上に敷き詰め、しばらく重しをかけてから取り出してみると、いい香りのする毛氈になっているのです。
私はその菊毛氈が大好きでした。また、本箱にいっぱいある草双紙(絵本)をぶちまけて、気の長い伯母さんにあとからあとへと読み聞かせることもありました。
なにか叱られて泣いたあげく、さんざんすねて、誰が何を言ってもなだめようとしないのが、自分でも腹立たしくて、部屋の隅にひとり引きこもって草双紙を広げたり、おもちゃをいじくったりして慰めていると、お犬様や、牛や、才槌(さいづち)や、草双紙の中のお姫様たちが、言葉こそ発しませんが、親切にいたわってくれるのです。
そうされると、泣き止んだはずの悔し涙がまたとめどなく湧き出してきて、しゃくりあげながら「こんなに味方がいるからいいやい」という気になって、みんなを恨んでいるのでした。

十七

夜は茶の間に集まっているみんなのそばでおもちゃをぶちまけて遊んでいるうちに、眠気がさしてくると、あれもこれも癪に障るので、かゆい目玉をこすりこすりむずがっていると、伯母さんは「まあ、眠くなったかね」と言いながら、散らばったおもちゃを片付け、半分力ずくで首すじを押さえつけて、みんなに「御機嫌よう」と言わせます。私は「寝ない、寝ない」と意地を張りながら、寝間へ引っ張られていくのです。
そこでは伯母さんは私を、乳母は妹を抱いて寝ることになっていました。
日が暮れるとすぐに、行燈(あんどん)に火をともし、床をのべて、機嫌が悪くなりしだい眠れるようにしてあります。
冬ならば、幾枚も重ねた寝巻きがあんかにかかって、湯気のたつほど温まっているのを、大げさな様子をしてふうふう吹きながら、痩せた体にほっこりと纏(まと)ってくれます。
掛け布団のひとつは菊の模様で、もうひとつは更紗(さらさ)の海老色がかった地に、菊の頂や木の枝などがあしらわれた、外国製らしいものでした。その日向くさい匂いが好きで、ふっくらしたところへうつ伏せに顔をうずめて匂いをかぐのが楽しみでした。
私があかりの暗いのを怖がるので、伯母さんは私を床に入れたあとで、行燈の引き出しから新しい燈心(とうしん)をひとすじ出して継ぎ足してくれます。
先をちょいと油に浸して、すっぽりと沈んでいる古いののそばへ並べると、ぱりぱりと火花が散って火が移ります。
そして火皿からあまった油がふらふらと外へ出るのを、手をぶるぶる震わせながらやっとかき上げ、油壺の嘴(くちばし)からとくとくと飴色の菜種油を注ぐのです。
ふかふかした燈心、それにじいっと油のしみる具合、燈心を押さえる恰好、油の煮える匂い。
私は油の中に虫の死骸が黒く沈んでいるのと、皿のふちに丁字(ちょうじ=芯の燃えかす)がへばりついているのがなにより嫌いでした。
そこで伯母さんは毎日油を替えて、切り出しの刃のつぶれたのでがりがりと丁字を落としてくれるのでした。
この臆病者には、行燈というものがなんとなく気味が悪いのです。
眠たい目を見開いて床の中から眺めていると、丁字がしらを芯に紡錘形に立っている焔(ほのお)が、切れ長のひとつ目に見え、また鼻の先を焦がしそうに顔をつっこんで燈心をかきたてる伯母さんの影法師が、行燈の紙に途方もなく大きく映るのを見ると、なにかが化けてきているのじゃないかという気がしました。
伯母さんは引き出しへマッチをしまいながら、火に誘われて焼け死んだ虫たちの成仏を願ってお念仏を唱えます。
私はまた、あかりの届かない床の間の天井に魔物がいるような気がして、眠れないことがありました。
そうすると伯母さんは「やれやれ」と言って行燈をさげて天井を照らしてみて、「なんにもおらん、なんにもおらん」と言って私を安心させるのです。
魔物というものは、髪をばあっと垂らしたどす黒いもののように思っていました。
伯母さんは「夜中に怖かったら呼びなさいよ。伯母さんは強いから、みんな逃げてしまうからね」と言って、いろんな話をしながら寝かしつけてくれます。
四角い字こそ読めないけれど、驚くほど博聞強記(はくぶんきょうき)であった伯母さんは、ほとんど無尽蔵に話の種を持っていました。
おまけに、どうしてか忘れたところは勝手な想像でいい按配(あんばい)につづけてゆくことに妙を得ているのでした。
そうして侍であれ、お姫様であれ、それぞれの表情と声色をつかって、しまいには化け物の顔までしてみせるのが、行燈の薄暗い光に照らされて真に迫って見えました。

十八

中でもあわれなのは、賽の河原に石を積む子供の話と、『千本桜』の初音の鼓の話でした。
伯母さんは悲しげな調子であの巡礼唄をひとくさり歌っては、説明を加えてゆきます。
その詳しいわけまでは飲み込めないのですが、胎内で母親に苦労をかけながら、恩を報いずに死んだために、塔を建てて罪の償いをしようと、淋しい賽の河原にとぼとぼと石を積んでいるのを、鬼がきては鉄棒で突き壊してひどい目にあわせる。
それをやさしい地蔵様がかばって、法衣の袖の下に隠してくださる――というのを聞くたびに、私は息が止まりそうな陰鬱な気におしつけられ、また可哀想な子供の身の上をしみじみと思いやっては、しゃくりあげ、しゃくりあげ泣くのでした。すると伯母さんは背中をなでて「ええよ、ええよ。お地蔵様がおいでなさるからね」と言うのです。
地蔵様といえば、路傍に錫杖(しゃくじょう)をついて立っている、あの石仏の通りの仏様だと思っていました。慈悲深い伯母さんの手ひとつで育てられ、動物と人間との間に何の区別も持たなかった私は、親の生皮を剥がれた可哀想な子狐の話を、自分のことのように胸を痛めて聞きました。
親の白狐は、皮を剥がれながら「わが子よ、わが子よ」と鳴いたといいます。
これは、私が知っている鼓にまつわる三つの話のうち、もっとも哀れな物語です。
それは神秘の雲に包まれて天から降ってきた鼓でもなく、つれない人が綾織りで張ったという音の鳴らない鼓でもなく、大和の国の野原に住む狐の皮で張ったただの鼓が、親子の情愛にひかれてわが子を思う声を上げたというのです。
私は今でもこの話を思い出すと、昔と同じような切ない感情が湧き起こってくるのを感じます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました