初級翻訳・銀の匙 第28話

中 勘助

平らな地面と傾斜した浜の境目には、盛り上がった砂丘があり、そこに雑草や風に吹き溜められた黒松がへばりついています。また、すっきりとした漁船が引き上げられていて、舟を滑らせるための枠や、鳥の巣みたいな生け簀、あか汲み、縄、ウニの殻、ヒトデの殻などが転がっています。
しばらくすると霧が晴れ、紺青色に底光りする海の上に朝日が赤々と昇って、肌に汗がじわりと滲む頃、砂丘の間の小道から漁師や女子供たちががやがやと降りてきて、地引き網を引き始めました。
「えん、えん」と静かに声を掛け合いながら一歩一歩引き上げる間、あちこちに積まれたテングサは火をつけられて、ぷすぷすと白い煙を吐いています。
そのうちに兄は一人、向こうの岩まで泳いで行ってしまったので、私は雨の時だけ川になる水溜りに入って、石や貝を拾い始めました。
そこにはヤドカリの子供がたくさんいて、ちょいと見ればただの貝殻みたいに見えますが、少し経つと手をだしてひょこひょこと歩き回ります。
尖ったのや、丸いのや、勝手気ままな殻に入っているのに、どれもみんなヤドカリの子供だというのがおかしいのです。
友達がどこからか、長さ二寸(約6センチ)ばかりのホラ貝の殻を見つけてきてくれました。
ちょうど細い紐が通せるくらいの穴がふたつ開いています。
「家へ帰ったら、姉にもらった洋傘の房をつけよう」などと考えていると、兄が上がってきて、両手に持っている貝や石を全部捨ててしまえと言います。
私は仕方なく、惜しそうな顔でひとつ捨て、ふたつ捨て、とうとう残らず捨ててしまいましたが、そのホラ貝だけはどうしても捨てかねてもじもじしていました。すると兄が腹を立てて拳骨を振り上げたので、友達がそれを止めて、そのホラ貝ひとつだけを持って帰ることに、不承不承納得させました。
そのホラ貝は、今でも古いおもちゃ箱の中に、ちゃんと房がつけられたまましまってあります。

七

兄はあれこれと、随分と熱心に、綿密に、そして厳格に教育を施してくれましたが、あるときふとしたことから、二人はこのお互いにとって難儀な関係をきっぱりと断ち切ることになりました。
いつの頃からか兄は、釣り堀の鯉だけでは満足しなくなって投網の稽古を始め、例のごとく私に魚籠(びく)を下げさせて、たびたび近所の川へ連れて行くようになりました。
四、五町(約400〜500メートル)行って橋をひとつ渡れば、そこはもう川沿いの原っぱで、紅白に染め分けた水引の枠が、盾のように並べて干してあります。
間もなく水車場があります。
長い樋(とい)の中を水が押し合いへし合い、狂ったように流れていくのを見ると、まるで生き物のように思えて身の毛がよだちます。
大きな水車がしぶきの息を吹き、雫の汗を垂らして、「ぐわらぐわらぐわら」と恐ろしい音を立てて回っています。
糠埃(ぬかぼこり)のこもった舂き場(つきば)では、無数の杵(きね)が「こつとんこつとん」と鈍い音を立てて、一本足で踊るように米をついています。
そこへ行くと、私はどういうわけか舌の根に苦味を覚えて、圧しつけられるような気持ちになるのでした。
そこからだらだらと川上へ登れば堰(せき)があり、その上の青く淀んだ水が三方に分かれています。ひとつは樋へ、ひとつは向こう岸の森の中へ、残りは堰の口から「どどんどどどん」と地響きを打たせて転がり落ちます。
躍り上がる飛沫、湧き立つ泡、逆側に這い上がる崖、横っ飛びに飛んでいく水を見ると、たまらない寂しさと恐ろしさに襲われて、ただもう「早く帰りたい、早く帰りたい」と思うのです。
その滝壺の主(ぬし)を、ある人は河童だと言いました。
ある人は六尺(約1.8メートル)もある鯉だと言いました。
そして、その誰もが「実際に見た人から聞いたのだ」と言うのです。
その主に見込まれて、毎年一人二人の子供は必ず命を落とすので、それらの哀れな子供たちのために、わずかな砂利浜にいつからか一本の塔婆(とうば)が立てられていました。
その子供たちは、今どうしているのだろう。
その上、広々として風に波打つ青田(あおた)を見れば、急に胸が締め付けられて、涙がさっとまぶたに溜まります。
それは深い深い心の底から湧いてきて、堰き止めるすべもありませんでした。
その泣き顔を隠すために、一生懸命足元を見つめながら、四、五軒まばらに並んでいる藁屋(わらや)の中のひとつに入ります。
そこは網を貸したり釣道具を売ったりする家で、日に焼けた畳の上には、いろいろに塗り分けられた徳利形、椎の実形、円形の浮子(うき)、糸巻、釣竿などが並んでいます。
庭先を流れていく溝にはメダカやエビが泳ぎ、畦道にはひょろひょろとコナラの若木が並び、青田の果ては丘になって、真っ黒な森がどこまでも続いています。
兄は網を持ち、私は魚籠を下げて、二人とも裸足になって滝の横手から崖を降り、向こう岸の窪んだところをあさって歩きます。
兄は「この前まで瓢箪(ひょうたん)にしかならなかった網が、円く広がるようになった」といってほくほくしていますが、私にはそんなこと、少しも面白くありません。私は蝉の声を聞き、田んぼのレンゲ草を思い浮かべて、薄暗く川に落ちた森の陰に立っていると、兄は時折、一匹二匹と「ゲバチ」や「ハヤ」なんかを捕ってきては、「うまくなった、うまくなった」と言いながら、私が持っている魚籠(びく)に入れてくれます。
魚が息をできるように、びくを水に浸して、友達みたいな気持ちになって覗き込んでいると、私みたいに臆病な魚たちは、ちょっとした物音にも驚いて鼻先を突っつきます。
その間にも兄は、私が網を打つところを見ていないといって、わんわんと文句を言います。
ある日のこと、またそんなふうに川の中に立っていたとき、私は足元にある真っ白な石を拾おうとして身をかがめました。
それを兄はすぐに目ざとく見つけて、「何をする」と言いました。
「石を拾うんです」
「ばか」
私はもう、いつものようには怖くありませんでした。
この前から考えて、考えて、考え抜いていたのです。
「兄さん」
私は後ろから静かに呼びかけました。
「兄さんが魚を獲るのに、僕はなぜ石を拾っちゃいけないんですか」
兄は「生意気言うな」と怒鳴りつけました。
私は冷ややかに笑って、まともに兄の顔を見つめながら、「僕の言うことが間違っているなら教えてください」と言いました。
兄は「殴るぞ」といって手を振り上げました。
私は黙って垂れ下がった枝の先にびくをかけ、崖を上がって帰りかけましたが、薄暗い木の陰にこごんでいる兄を見ると、急に気の毒になり、「あんなに言うけれど、きっとやっぱり寂しいんだろうな」と思って、岸の上から一生懸命に呼びました。
「兄さん、兄さん、一緒にいてあげましょうか」
兄は知らん顔をして、網を揃えています。
「さようなら」
私は丁寧に帽子を取って、ひとりで家へ帰りました。
それからは、私たちは決して一緒に出かけることはありませんでした。

八

家の周りには切り残した桑の木があったので、慰めにもなるし、子供たちの実地教育にもなるという父の考えから、近所ですこしばかりの蚕の種(卵)を分けてもらって、蚕を飼ったことがありました。

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