初級翻訳・あのときの王子くん 第6話

あのときの王子くん

その子はしかたなく立ったままでしたが、旅の疲れでへとへとだったので、思わずあくびが出てしまいました。

「王のまえであくびとは、作法がなっておらん」と王さまはいいました。「あくびは禁じられているぞ」
「がまんしようとしたんだけど、どうしてもできなくて」と王子くんは困ったように答えました。「長い旅で、ずっと眠っていないんだ」

「ならば、あくびを命じる。ここしばらく、あくびをする者を見ておらん。あくびというのも、これはこれで興味深いものだ。さあ! もう一度あくびをせよ。これは命令であるぞ」
「そんなふうに急かされても……むりだよ……」と王子くんは顔を真っ赤にしました。

「むむむ! では……こうだ。あるときはあくびをせよ、またあるときは……」
王さまは少し言葉に詰まって、不機嫌になりました。王さまは、自分の思いどおりにならないことが許せない性格だったのです。
いわゆる〈絶対的な王さま〉というやつです。
でも根はやさしかったので、だれにでもできるような、道理にかなった命令しか出しませんでした。
王さまには、こんな口ぐせがあります。
「もし私が、将軍に海鳥になれと命じて、将軍がそれに従わなかったとしても、それは将軍のせいではなく、命令を下した私の責任である」

「座ってもいい?」と、王子くんがおずおずと聞きました。
「座ることを許可する」王さまは毛皮のすそを厳かにひいて、そう命じました。
でも、王子くんにはどうしてもわからないことがありました。この星はあまりにも小さすぎて、王さまはいったい何をおさめているというのでしょうか。

「陛下……すみませんが、質問があるんです……」
「質問を許可する」王さまはあわてて答えました。
「陛下は、何をおさめていらっしゃるんですか?」
「すべてである」と王さまはあたりまえのように答えました。
「すべて?」

王さまはそっと指をさして、自分の星と、ほかの惑星や星々、そのすべてを指し示しました。
「それが、すべて?」と王子くんはたずねました。
「それがすべてである……」と王さまは答えました。
なぜなら、彼は〈絶対的な王さま〉であるだけでなく、〈宇宙の王さま〉でもあったからです。

「それじゃあ、星はみんな、陛下のいうことを聞くの?」
「むろん」と王さまはいった。「たちまち命令に従う。わしの命令を破る者は、許さん」

あまりにすごい力なので、王子くんはびっくりしました。
もし自分にそれだけの力があれば、一日44回といわず、72回、いや100回、200回だって、イスを動かさずに夕日を眺められるんじゃないか!
そう考えたとき、王子くんは少し切なくなりました。そういえば、自分は小さな星を置いてきてしまったんだっけ。
だから、思い切って王さまにお願いをしてみた。
「夕ぐれが見たいんです……どうかお願いします……夕ぐれろって、命令してください……」
「もし、将軍に花から花へチョウチョみたいに飛び回れだとか、悲しい物語を書けだとか、海鳥になれだとか命じて、将軍がその通りにできなかったとしよう。なら、そいつとこの王と、どちらが間違っているとそなたは思う?」
「王さまのほうです」と王子くんはきっぱり言った。
「その通り。それぞれには、それぞれができることを任せねばならぬ。ものごとを正しく理解してこそ、本当の力があるというものだ。もし、国民に海へと飛び込めと命じようものなら、国中がひっくり返ってしまう。王が命令できるのは、そもそも道理をわきまえた命令だからなのだ」
「じゃあ、ぼくの夕ぐれは?」と王子くんはせまった。
だって王子くんは、一度聞いたことは絶対に忘れないから。
「そなたの夕ぐれなら、見られるぞ。命令しよう。だが待つのだ。ものごとをうまく収めるためにも、ふさわしい時間になるまではな」
「それはいつ?」と王子くんがたずねる。
「むむむ!」と王さまは言って、ぶ厚い〈こよみ〉を調べた。
「むむむ! そうだな……だいたい……午後7時40分くらいである! そのときになれば、わしの命令がどれほどすごいか、わかるだろう」
王子くんはあくびをした。
夕ぐれを見られなくて、残念だった。
それに、もうちょっとうんざりしていた。
「ここですることは、もうないから」と王子くんは王さまに言った。
「そろそろ行くよ!」
「行ってはならん!」と王さまは言った。
家来ができて、それだけがうれしかったんだ。
「行ってはならんぞ。そなたを大臣にしてやる!」
「大臣って、なにをするの?」
「む……人を裁くのであるぞ!」
「でも、裁く相手がだれもいないよ!」
「それはわからん。まだこの王国をぐるりと回ってみたことがないのだ。わしも年をとったし、大きな馬車を置く場所もない。歩いて回るのはくたびれるのでな」
「ふうん! でもぼくはもう見たよ」王子くんはかがんで、もう一度、ちらっと星の向こう側を見た。
「あっちには、ひとっこひとりいない……」
「なら、自分自身を裁くがいい」と王さまは答えた。
「自分を裁くほうが、他人を裁くよりもはるかに難しい。うまく自分を裁くことができたなら、それは正真正銘、賢者の証だ」
すると王子くんは言った。
「ぼくなら、どこにいたって自分を裁けます。ここに住む必要はありません」
「むむむ! たしか、この星のどこかに、よぼよぼのネズミが一ぴきおるはずだ。夜になるともの音がするからな。そのよぼよぼのネズミを裁けばよい。ときどき死刑にするのだ。そうすれば、その命はそなたの裁きしだい。だが、いつも許してやることだ。大事にせねば。なにしろ一ぴきしかおらんのだからな」
また王子くんは返事をする。
「ぼく、死刑にするのはきらいだし、もうさっさと行きたいんです」
「ならん」と王さまは言う。
もう王子くんはいつでも行けたのだけれど、年よりの王さまをしょんぼりさせたくなかった。
「もし陛下が、すべて思い通りになることを望まれるなら、道理にかなったことを命じられるはずです。たとえば『1分以内に出発せよ』とか。ぼくには、もう出発するのにちょうどいいころあいだと思うんです……」
王さまは何も言わなかった。
王子くんはとりあえずどうしようかと思ったけれど、ため息をついて、ついに星をあとにした……。
「そなたを、どこかの星の大使に任命するぞ!」そのとき、王さまはあわててそう言った。
まったくもって偉そうな言い方だった。
「大人って、そうとう変わってるな」と王子くんは心の中で思いつつ、旅はつづく。

11

二つめの星は、見えっぱりが住んでいた。
「ふふん! ファンのおでましか!」王子くんの姿を見るなり、見えっぱりは遠くから大声を上げた。
というのも、見えっぱりにかかれば、だれもかれもみんな自分のファンに見えるからだ。
「こんにちは」と王子くんは言った。
「変なぼうしだね」
「あいさつ用だ」と見えっぱりは言う。
「だれかに拍手されたら、これで応えるんだ。あいにく、ここを通る人なんてだれもいないわけだが」
「うん?」王子くんは、なんのことかよくわからなかった。
「両手で、ぱちぱちとやってみな」と見えっぱりはその子にすすめた。
王子くんは、両手でぱちぱちとやってみた。見えっぱりは、帽子を少しだけ持ち上げて、優雅にお辞儀をしました。

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