話をしているうちに三分ほど経ったでしょうか、すると、もう表の通りにサイレンの音が響き、一台のパトカーが門の前に止まりました。小林君が下へ降りていって玄関のドアを開け、二人の制服警官を連れてエジプト室へ戻ってきました。
警官たちは明智探偵の顔を知っているらしく、丁寧に敬礼をしました。そして一通り事情を聞くと、赤井を引っ立ててパトカーに乗せ、警視庁へと連れて行ってしまいました。松波博士はエジプト室のドアに外から鍵をかけると、明智探偵と小林少年を研究室へ案内してしばらく話をしていましたが、この真夜中に、デスクの上の電話がけたたましく鳴り出したではありませんか。
博士が電話に出ると、相手はこう言いました。
「明智探偵を電話に出してくれ」
明智が代わって受話器を取りました。
「もしもし、明智君かね。アハハハ、実に愉快だねえ。俺を誰だと思う。当ててみたまえ」
受話器から、そんなしわがれた声が飛び出してきました。明智探偵の顔色がサッと変わりました。
「誰だっ、君は誰だっ」
「ウフフフ……、赤井だよ。俺はもう自由の身さ。さっきのパトカーのお巡りは偽物だったのさ。ハハハハ……、明智君ともあろうものが、とんだ手ぬかりだったねえ。いや、待てよ。もう一つ君をびっくりさせることがある。赤井なんてのは、俺の本当の名前じゃない。え、わかるかい? 俺は二十の顔を持つ男さ。ウフフフ……、君たちが怪人二十面相と呼んでいる大泥棒さ」
そして、電話はプツンと切れました。
電話の秘密
明智が受話器を置いてそのことを伝えると、所長の松波博士と小林少年は顔を見合わせて驚きました。
「しかし、私はさっき、あちらの部屋の電話で確かに110番へかけたのですが、そうすると、本物のパトカーはまだやって来ていないのでしょうか」
松波博士が不審そうにつぶやきました。
「そんなはずはありません。さっきからずいぶん時間が経っています。パトカーがそんなに遅れるはずがない。これには何かわけがあるのです」
明智はそう言って前にある電話のダイヤルを回し、受話器を耳に当てていましたが、「おかしい、電話が故障のようです。調べてみましょう」と言ってエジプト室から駆け出すと、向こうの博士の研究室に入ってそこの電話もかけてみましたが、これもダメなことがわかりました。
明智はそれから電話線を調べたり、窓を開けて暗い庭を覗いたりしていましたが、何を思ったのかいきなり部屋を飛び出して階段を駆け下り、庭へ出ていくのです。庭の隅に小さい物置小屋があります。明智は用意していた懐中電灯をつけてその小屋の戸を開き、中を覗き込みました。
「あっ、ここです」ここに電話器があります。」
と叫びました。
「二十面相は、あの二つの電話の線を切って、別の線でこの電話につないでおいたのです。そして、ここに部下を待たせておいて、一一〇番の警官のような声で答えたのです。ですから、ほんとうの一一〇番へは電話はかからなかったのですよ。」
これで、ほんもののパトカーが来ないわけがわかりました。
「いつのまに、こんな準備をしたのか。おそろしいやつです。」
松波博士はあきれかえって、つぶやくのでした。
小林少年は明智探偵の指示で、門の外へ駆け出していって、赤電話から警視庁にこのことを知らせました。博士と明智探偵は、もとのエジプト室にもどって話し合っていました。
「それにしても、エジプトの巻き物が助かったのはありがたいです。犯人には逃げられたけれども、巻き物の箱はちゃんとここにありますからね。まったく明智さんのおかげです。」
松波博士はテーブルの上の銀の箱をひらき、中に巻き物が入っているのを確かめながら、お礼を言うのでした。
「しかし、まだ油断はできません。こんどはどんな手で盗み出しにくるかもしれません。できるなら、このエジプト室には銀の箱だけをおいて、中の巻き物はべつの箱に入れて、どこかほかの場所へ隠したほうがいいのですがね。」
明智が言いますと、博士もうなずいて、
「わたしもそれを考えていたところです。わたしは世田谷区の静かな町に自分の住まいを新築して、それができあがったばかりなのです。この巻き物をなんでもない木の箱に入れて、毎日その住まいのほうへ持って帰ることにしようと思います。」
「そうなさったほうがいいでしょう。なるべく目立たない、つまらない木の箱に入れてね。」
それからしばらくすると、警視庁の中村警部が三人の部下を引き連れて駆けつけてきましたが、これという新しい発見があったわけでもありませんから、そのことは省きます。
さて、木箱に入れた巻き物の運命はどうなるのでしょう。むろん、二十面相はそれを盗み出すことをあきらめてはいません。やがてまた、二十面相はふしぎな魔法をつかい、なんともえたいのしれない、恐ろしいことをはじめるのです。
それから三日目の夜、松波博士の新しい家の中でふしぎな出来事が起こったのですが、それを見たのは、博士邸のとなりに住んでいる西村さんという会社の重役の子どもの、正一君でした。
生きた手首
西村正一君は小学校の六年生ですが、その晩、二階にある自分の勉強部屋で宿題をやっていました。窓のむこうに、おとなりの松波博士の新築の家の二階が見えます。十メートルぐらいしか離れていないのです。
そこに見えるのは広い洋室で、まだ壁紙を貼ったばかり、なにも道具の置いてない、がらんとした部屋です。たった一つ、部屋の真ん中に小さい丸テーブルが置いてあるばかりです。しかし、電灯はりっぱなのがちゃんとついています。天井からガラス玉のたくさんついたシャンデリアが下がって、部屋の中をあかあかと照らしているのです。窓には四枚の大きなガラス戸がピッタリ閉まっていますが、一枚のガラス戸なので中は手にとるように見えます。
その部屋にはずっと誰もいず、電灯だけがついていたのですが、しばらくすると、むこう側の壁の左の端にあるドアが開いて、ひとりの上品な老人が入ってきました。正一君は知りませんでしたが、それは主人の松波博士なのです。いま研究所から帰ってきたのかもしれません。老博士は小さな木の箱を大事そうに持っていましたが、それを部屋の真ん中のテーブルの上において、ふたを開こうとしています。
そのとき、ドアの外から誰かが呼んだらしく、博士はそのほうを向いてなにか言っている様子で、しきりに口を動かしていましたが、「うるさいなあ」というような顔で、いそいでドアの外へ出て行きました。木の箱はテーブルの上にのせたままです。すぐ戻ってくるつもりで、そのままにして出て行ったのでしょう。しかし、博士はなかなか戻ってきません。道具のない部屋はガランとして静まりかえっています。壁紙が新しいので、電灯の光がいやに明るく見えるのです。
正一君はこちらの勉強部屋の窓から、じっとそこを見ていました。「きっと、いまに何か起こるぞ」というような、妙な感じがしたからです。
すると、はたして、むこうの明るい部屋の中で、なんともいえないふしぎなことが起こりました。小さなテーブルの上に、とつぜん白っぽい物があらわれたのです。そして、そいつがそこにおいてある木の箱のほうへ、スーッと這いよっていくのです。
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