「小林君、私にはさっぱりわけがわからないのだが、この中で誰が犯人だというのだね?」
恩田さんが腑に落ちない顔つきで尋ねました。
「こいつです!」
小林君は、山口青年の顔の前に人差し指を突きつけて叫びました。
「えっ、それは章太郎の家庭教師の山口君だよ。透明人間とは、たびたび取っ組み合いをしたことがあるくらいだ……」
「だから、怪しいのです。あれは、こいつの一人芝居ですよ。さも透明人間と取っ組み合っているように、一人相撲をとって、投げ飛ばされて見せたりしたのです」
ああ、なんてことでしょう。すると、この山口青年が犯人だったのでしょうか。それにしても、わからないことがたくさんあります。
「ふうん……すると山口君はいったい誰なんだね?」
恩田さんが、妙な言い方をしました。
「二十面相です!」
小林君が、ずばりと言い放ちました。
「えっ、二十面相だって?」
「刑事さんたち、こいつを捕まえてください。こいつが怪人二十面相です!」
小林君が、地下室に響き渡る声で怒鳴りました。
◇
山口青年は、おとなしく手錠をかけられました。無実の罪だと言わんばかりの、あっけにとられた顔つきです。
「小林君、説明してくれたまえ。山口が犯人だとしても、いったいこの金庫の中の真珠のゾウを、どうして盗むことができたんだね?」
恩田さんが不思議そうに尋ねました。
「それは、午後十時に盗んだのではありません。もっと、ずっと前に盗んでしまったのです」
「そんなはずはない。私は十時少し前に、金庫の扉を細目に開いて、ゾウがこの中にあることを確かめたのだよ」
「なぜ、細目に開いたのですか?」
「それは、透明人間がこの部屋にいるかもしれないというので、開けたときに盗まれないように二、三センチしか開かなかった。しかし、ゾウははっきりと見えた」
「それは、偽物だったのです」
「えっ、偽物だって?」
「そうです。これをごらんなさい」
小林君は金庫に近づいて中を覗き込み、何か小さなグニャグニャしたものを拾い上げて、恩田さんに見せました。
「これですよ。これが、あなたが見た真珠のゾウの正体です」
恩田さんは、そのグニャグニャしたものを受け取って、両手で引っ張ってみました。それは大きなゴム風船のようなものでした。色は真珠色に染めてあります。よく調べてみると、四本の足のようなものがあって、その先に小さな鉛の重りがついていることがわかりました。
「あっ、これはゾウの形をした風船だなっ。色も本物とそっくりだっ」
恩田さんがびっくりして、みんなの顔を見回しました。
「そうです。あいつは昼間のうちにここへ忍び込んで本物のゾウを盗み、この風船の偽物と入れ替えておいたのです。恩田さんはこの金庫へ何か入れるときに、山口を連れて地下室へ入ったことはありませんか?」
「それはたびたびあるよ」
「じゃあ、そのとき、山口は金庫の錠の暗号を覚えてしまったのです。恩田さんは山口が気がつかないように開けたのでしょうが、利口な泥棒には、あなたの腕の動かし方だけ見れば暗号がわかってしまうのですよ。もうひとつ、地下室の入り口の戸にも錠が降りていますが、これは普通の錠ですから、針金一本あれば僕だって開けることができます。二十面相には、普通の錠なんてないも同じことですよ」
「ふうん、そうだったのか。私はゴムの偽物を本物だと思い込んで安心していた。ところが、十時になって開けてみると空っぽになっていた。それは風船が破れて、小さなゴムの塊になって隅っこの方に転がっていたから、気がつかなかったというわけだね。しかし、どうして風船が破れたんだろう?」
「それは、このおもちゃのピストルです」
小林君は、さっき山口のポケットから取り上げたピストルを見せました。
「金庫の扉を開けるとき、まだ全部開かない前に、山口がこれで風船のゾウを撃ったのです。そのとき、風船の破れる音がしたはずです。しかし、扉を全部開いてみるともうゾウの姿はなくなっていたので、そのほうに気を取られて、音のことなど考える暇がなかったのです。きわどい早業です。恩田さん、金庫を開くとき少し開いて、しばらくためらっていたのではありませんか?」
「そう言われれば、いっぺんには開かなかった。もしなくなっていたらと思うと、怖くてね」「そのすきに、このピストルを撃たれたのですよ。山口はきっと、金庫のすぐそばにいたにちがいありません。そして、あなたがたが扉を少し開いたときに、姿が見えないようにしてこのピストルを撃ったのです。おもちゃですから、大きな音はしません。風船の破れる音のほうが大きかったのです。しかし、金庫の中に風船があるなんて、思いもよらないことですから、音がしてもそれほど気にしなかったのです。それよりも、ゾウがなくなったことで頭がいっぱいだったのです」
恩田さんは、小林君の説明にすっかり感心して、松波博士と目を見合わせました。風船の偽物を考えだすなんて、二十面相の知恵はふしぎな知恵ですが、それをすぐに見破った小林少年の頭も、ふしぎな頭です。手錠をはめられ、刑事たちにとり囲まれた山口青年は、ニヤニヤ笑いながら、この問答を聞いていました。これが、ほんとうに二十面相なのでしょうか。二十面相だとしたら、どうしてこんな平気な顔でいられるのでしょう。
「小林君、きみの知恵には感心したが、ほかにも、まだわからないことがたくさんある。きみには、なにもかもみんなわかっているのかね」
恩田さんが、たずねました。
「ええ、わかっているつもりです。むろん、ぼくだけの知恵ではありません。明智先生が、なにもかも見ぬいていらっしゃるのです。ぼくは、あらかた明智先生におそわってきたのです」
「じゃあ聞くがね、山口がひとりずもうをとったというけれども、透明人間があらわれたのは、そのときばかりじゃない。姿は少しも見えないで、二十面相の声だけ聞こえたことが、たびたびある。部屋のどこかにスピーカーをかくしておいて、遠くからしゃべっているのかもしれないと思ってよく調べたが、そういうしかけはなにもなかった。あれはどういうわけなんだね」
「腹話術ですよ」
「えっ、腹話術?」
「ひざのうえに人形をのせて、人形と話をする芸があるでしょう。人間のほうは口を少しも動かさないでしゃべるので、人形がしゃべっているように見える、あれですよ。二十面相は腹話術の名人です。部屋のあっちこっちから、声が聞こえるように見せかけるなんて、わけもないことです」
腹話術! やっぱりそうだったのです。
小林少年は、恩田さんに尋ねられるままに、二十面相の秘密を、つぎつぎとあばいていきました。そして、透明人間なんているはずはない。あれは、みんな山口青年のおしばいだったと、そのわけを説明するのでした。
「山口が、目に見えないやつとひとりずもうをとってみせたこと、それから、腹話術で透明人間がいるようにみせかけたこと、それはわかった。しかし、まだわからないことがいろいろある。章太郎の部屋で、夜中に花びんがひとりでに宙に浮きあがったり、タバコが空中でだれかが吸っているように、スパスパ煙をはいたりした。また、庭のツバキの花が、もぎ取られるように枝を離れ、宙に浮いたまま、動かなくなった。
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